第5話:今もこれからも背負っていく。

「本当にすいませんでした!」

「え、ちょっと急に何? 千草、どういう事?」


 放課後の誰もいなくなった教室、一年二組でそれは行われていた。俺は二人から少し距離を取って、遠くから眺めていた。

 柳斗真の唐突な土下座。それに驚いた霞はスカートを慌てて抑えて、パンツが見えないように隠した。


「まあ、あれだ。噂を流していたのが、そいつって事だな」

「千草くんの言ってる通りです。僕が綾瀬さんの噂を流しました」

「それは何となくこの前に千草の家に泊まった時からわかってたよ」


 霞は今日の昼休みになぜ俺が教室に行ったのかも理由はわかっていると思った。だから俺は彼女を晴人の所へ行かせたのだ。変に気を遣わせないために。


「ごめんなさい。本当に僕はしてはならないことをしました。何言われても僕はそれを受け止めます」


 そこから彼は俺に話したように、霞にもこれまでの経緯を話した。


「————と言う事なんです。本当にすいませんでした」

「そういうことなんだね。でもそれって結局、自己保身だよね。自分の身を守るためだよね。私を犠牲にしただけで」

「そうです。僕はあなたに嫌われる事を恐れた。あなたには嫌われたくなかったんです」

「私の体操服を嗅いで、気持ち悪い事をした。でもそれで私があなたを嫌うかなんてわからないじゃない。私次第でどうにだって変わる。嫌われるような事をしたのは紛れもなくあなただよ。あまりにも自己中な考えじゃない?」

「……」

「黙ってないでなんか言ったらどうなの? 私はあなたが余計な事をして、余計に傷つく事になったんだよ。いつかバレる日がくるかもしれないのに、それを最後まで隠し通そうとしてるところも気に食わないよ」

「その通りです。僕が千草くんにバレるまで隠し通そうとしてました。僕の過ちです」


 いつもは温厚な彼女だが、流石に許す事はできないと思っていた。一年以上、彼女は大多数の人間に嘲笑を浴びせられてきたんだ。無理もない。


「あなたの気持ち悪い行動がもし夏樹から聞かされたとしても、私は多分信じなかった。気持ち悪いって思うかもしれないけど、そんな事今更言われたって、それを知らずにここまできてるんだからどうでもいいよ」

「ごめんなさい……本当にごめんなさい」


 何度も何度も頭を下げてはあげてを繰り返し、謝罪していた。ぼたぼたと涙を流しながら。


「許さないよ……。何で柳くんが泣くの? 泣きたいのはこっちだよ! あなたがこんな事しなかったら私はもっと学生生活を楽しんで暮らすことができたの……今更、遅いよ……」


 霞の怒りという感情が溢れ出て、体が震えていた。そして悲しみの感情で涙がこぼれ落ちた。

 もっと充実していたはず。その通りだ。こいつを含め、三人が全て壊した。その事実は今もこれからも変わらない。


「僕は千草くんに協力します。贖罪として、僕が広げた噂の撤回をします。許しを乞うわけではありません。僕のケジメです」

「そんなのは当たり前だよ。あなたはこれからもずっとこの出来事を背負って生きてくの。今後こういう事をしない。誰かが困ってたら、その人を助ける側に周るの! わかった!?」

「わかりました。僕も千草くんのように手を差し伸べられるような人間になります」

「ならもういい。許す許さないの問題じゃないから。まずは噂の撤回のために千草に協力することだけ考えてね!」


 そう言って、駆け足で俺の方へ飛んでくる。


「うわーん! 千草ぁー!」


 抱きついて、とにかく泣いた。彼女の感情が今どこにあるのかわからないけれど、よく頑張ったと頭を撫でた。


「よしよし、よく頑張りました。霞は偉い子だ。よく我慢できた」

「千草がいなかったら椅子で殴ってたよぉ」


 ですよね。今にも殴りかかりそうな雰囲気な所あったもんね。


「俺は霞なら我慢できると思ってたよ。暴力じゃ何も解決しないからね」

「うん。わかってる。それに千草の前ではそんなことできないよ……嫌われちゃう」

「ははっ、何それ、でも俺も柳と話してる時、めっちゃ足つねって我慢してたよ」 


 何やかんや霞はとても優しい。今日はご褒美になんか食べに連れて行ってやろう。


「千草も偉いね。そういう所すごく好き」

「あの……」


 声に反応して、その方向に顔を向けると、こちらを向き背筋を伸ばして立ち上がった柳は頭を下げた。


「二人には多大な迷惑をかけて本当に申し訳ありませんでした! 噂の撤回と千草くんに言われた事は必ずやります。すいませんでした」

「じゃあとりあえず今から豊田夏樹に電話してくれ」

「わかった」


 携帯を取り出し、豊田に電話をかけて、その携帯を渡してもらった。


『もしもし、どうした柳』


「どーも、久しぶりだな。月城だ」


『何か用かな?』


 俺の声を聞いて、声音が変わる。

 

「ああ、その通りだ。明日の放課後、時間空けとけ。話がある。柳と俺で二人でお前に会いに行く」


「私も行く!」


 へっ!? 何で? 会いたくないでしょ? てか上目遣いで、抱きつきながら急に大きい声出すなよ……びっくりするだろ。


「何で?」

「一発殴りたい!」


 シュッシュッとシャドーボクシングみたく俺の後ろで腕を動かしてるのが分かる。


『僕殴られるのか、また』


「まあそういう事だな。覚悟しとけ。あんたの高校まで行くから、逃げんなよ」


『面見せるなって言ったくせに、自分から見にくるんだね』


 わかってるよ! でも会わないとお前のバックにいる人間が誰かわからんだろ。確信に近付きたいから仕方なく行くんだよ。


「まあ致し方なくな。あとこの電話で分かってるとは思うけど、もう柳はお前の指示には従わないからな」


『遅いんだよ。バーカ。じゃーな』


 電話越しにバカにされ、電話を切られた。

 何が遅いのか、よくわからないけど明日になれば分かるか。


「電話、ありがと。明日、頼むな」

「もちろんです。力になると約束したんで。いつだって言ってください」


 こうして柳斗真の謝罪は終わった。許してもらったわけではないけど、とりあえず柳は一歩進めたのだろう。

 霞もこの噂を早く終わらせたい、そう思っての明日だ。


「霞、いつまでくっついてるつもり? もう帰ろう」

「うん。帰ろっか。手繋ご?」

「いいよ。はい」

「珍しく素直だ!? 明日は雪!?」


 降らねーから……って言いたい所だが、十二月なので何とも言えないのであった。

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