第6話:嫉妬、欲深さは、愚考でしかない。
次の日、俺達は豊田夏樹に会うために、三人で豊田の通う高校の前まで来ていた。
うちの高校からはそれ程の距離はなく、十五分くらい電車を乗って辿り着いた。
「夏樹は逃げないよね?」
霞が少しばかり不安そうに尋ねてくる。確かにもう既に学校から帰っている可能性もあるが、あいつのことだ多分ちゃんと来るはず。
「まあ大丈夫だろう。柳、電話掛けてほしいんだけど」
「わかった」
携帯を取り出して、電話を掛ける。
「もしもし、柳だけど。……うん。駅前の喫茶店? 名前はなんてところ? うん。わかった。じゃあ今から向かうから」
「何だって?」
「なんか外で話すのは寒いから、駅前の喫茶店にいるらしい。名前聞いといたから早速向かおう」
先に言えよ。ただの二度手間だろ。ほうれんそうも出来ないのかあいつは。でもこんな所でブツブツ文句言ってたって仕方あるまい。向かうとしますか。
「ねーねー、千草。寒いなぁ」
ふぅーっと手に息を吹きかけ、手の平をわざとらしく温める。……手を繋ぎたいってことね。わかったよ。
「はいはい。普通に言ってくれればするから」
「じゃあ腕組んで引っ付いていい?」
「いいよ。どんとこいっ!」
「お言葉に甘えさて……っどーん! わぁ、千草の体あったかーい!」
この人は無邪気だなぁ。これから豊田と会うのに、意外と緊張してない。この前は唐突だったからかもしれないけど、今日は会うってわかってるからかいつも通りだな。顔も強張ってないし、大丈夫そうだな。胸も柔らかいし、最高……。
「あのさ、一つ気になってたことがあるんだけど、二人は本当に付き合ってるの? 傍から見てるとさ、ただのカップルにしか見えないんだけど」
彼の言いたいこともわかる。だって必要以上にくっついてるからな俺達。偽装カップルといっても、この距離感だと偽装には見えないだろう。それに俺達はお互いが好き同士で好意を持っている。
「あくまで偽装カップルですよ。今は」
「それって……」
「察しのいい男は嫌いだなぁ」
「これ以上は踏み込まないほうがいいみたいだね」
柳は意味を理解して、それ以上に追及はしてこなかった。当人の霞は気にもせず歩いていた。
しばらく無言が続き、俺と霞は並んで歩き、柳が先導する形で喫茶店へと向かった。
****
喫茶店に着き、豊田の隣に柳を座らせて、対面に俺と霞が座る形をとる。席に座ると、豊田の口は開く。
「やあ、久しぶりだね」
「本当は会いたくなかったんだけどな。お前にどうしても話を聞かなければならなかったから仕方なく来たんだ。んで、その顔どうした? お前に指示してるやつにでも殴られたか? 余計な事をしたから」
霞は座るとともに、机下に置いている手を握ってきた。やはり怖いのか。さっきまでの元気は上っ面の仮面だったようだ。
「そこまで分かってて、ここにたどり着くまで時間が掛かりすぎじゃないのか。なぜもっと早く来なかった」
「まあその前に、お前はまずはやる事があるんじゃないのか?」
豊田は霞の方へと顔を向け、頭を下げる。
「そうだね。……霞、迷惑をかけてごめん。俺の欲深さに君を傷つけることになってしまったことを詫びたい。すいませんでした」
彼の謝罪は受け取れないな。迷惑、傷つけた事を謝るのは当然だが、その理由は言わないのは何故だ。欲深さだけでは何も伝わらないだろ。その根底にあるものを言わない限り、勿論の事、彼女も俺も許すことはできない。
「そんな言い方で私が夏樹を許すとでも思ってるの? 私はあなた達を許すことなんて到底できない。というか許すつもりもない」
「そうだよね。今までした事、君に暴力を振った事もこの場で謝らせてもらいたい。謝罪は受け取られないことくらい分かってる。だけど、君を陥れたのは間違いなく僕だから。本当に悪かった。浅はかな考えですまなかった」
机に両手を置き、再び頭を下げた。
柳が言ってた通りに、彼も後悔していた。
「ちゃんと理由を言って。欲深さだけじゃ何もわからないし、伝わらない」
ぎゅっと握りしめられた手はもう震えていなかった。
「もちろん。話すつもりで来た。月城君、君にも迷惑をかけてすまなかった」
俺の事なんてどうでもいい。さっさと理由を話せ。
「じゃ、理由を聞かせてもらおうか」
豊田は首肯し、何がきっかけだったのかを話し始めた。
「まず僕がこの噂に加担するようになったのは、ある人から持ち掛けられた話だった。その話が霞をどん底まで落としてやりたいという話だった。初めは断った。そんなめんどくさいことしたって何も自分にメリットなんてなかったからね。そしたら手伝ってくれる代わりにお金を支払うと伝えられた。んで提示された金額は五万。それを何回か貰った。働かなくてもこれほどにもらえる仕事なんてないからね。目がくらんで僕は協力することにした」
「だから欲深さってことか」
「そういうことだね。今となっちゃこんなにも広がるなんて思ってもみなかったから、本当に申し訳ないことをした。初めはどうせ広がんないだろって軽い考えだった」
で、その結果、噂はすぐに広まってしまったと。自分のお金欲しさに流した噂が彼女をこんなにも傷つけるとは予見してなかったと。心底腹が立つな。
「クズじゃない。夏樹ってそんな人だったの? 私もっといい人だと思ってた。暴力的だったのは若気の至りだって、ただの嫉妬だからって、許せることじゃないけど、どこか仕方ないと思ってたのに、見損なったよ。それにお金だけで協力する? 私に仕返ししたかったんじゃなくて?」
「それもあった。一週間で振られた仕返しをしようと思ったから。僕が原因なのに被害者面して、霞に原因があったってすり替えていた」
「あんたの幼稚なせいであたしは全部……全部失ったんだよっ!」
「ごめん」
彼女と繋いでいた手は離されて、その手はコップを持ち、それを豊田の顔をめがけてぶっかけた。
ぼたぼたと落ちていく水。これくらいはされてもしょうがない。これで済むだけましだと思った方がいい。
「そうされてもお前は文句を言えないからな。怒りに任せてお前がしてきた事となんら変わらないんだ。もし手を出そうもんなら俺が許しはしないからな」
放心状態だった。隣にいた柳がタオルを豊田に渡す。だが、それを受け取ろうとはせず、手で顔を雑に拭く。
「夏樹の事は許せない。もう会うのは今日が最後だから。見かけても話しかけないで、金輪際。二度と顔も見たくない」
霞は立ち上がり、その場から離れようとした。だが、まだ聞きたいことは聞けてない。
「霞、待って。まだ聞きたい事があるから、ここに居たくないのは分かってる。だから別の席でもいいし、外に出てもいいから、どこかで待っててほしい。今日は一緒に帰りたいんだ」
「……分かった。あっちの席で待ってる」
了承し、霞は席を外した。
「さて、そろそろお前のバックにいる人間の事を聞かしてもらおうか」
「話すとも。僕にこの話を持ち掛けた人は————朝原周だ」
やはりそうだったか。確信がなかったが、校門で待っていたあの日からあいつだと思ってた。豊田が流した噂は、多分だが、こいつが勝手にした事で朝原は知らなかった。豊田はあの日、俺の発言を利用して、柳に近づけさせ、いずれ自分の所へと俺を来させる為に噂を流した。昔の女が他の男といるという憎しみがあったかもしれないが、その結果、豊田の思い通りに俺がここまで来たという感じだな。
「遅いんだよ。もっと早くここまで辿り着くべきだった。あの人は恐ろしいくらいに綾瀬霞に執着してる。僕の顔は今、結構痣だらけだろ? セフレっていう噂、利用させてもらったんだけど、それが彼の耳にも入ることは分かってたんだ。だからこのありさまだよ。
……あの日、もう勝てないって思ったよ君には。僕が彼女に声を掛けた時にすぐに君に助けを求めていたからね。
僕は嫌われていて、朝原なんて付け入る隙すらない。もう終わりにしようと何処かでずっと考えていた。で、あの日がきっかけだったわけで、少し意地悪言ったのも事実。君が言ってたことは全て正しかった。正直、羨ましかったし、悔しいとも思った。あそこまで頼られている君が。だからこれは自分なりのケジメ。本当にすまなかった。
話を戻すね。……あの人は霞の初めてがほしいんだ。気持ち悪いだろ? 付き合いたいのは当たり前の事で。だからどん底まで落として、優しくすれば自分の所に来るだろうっていう思惑だ。決して自分からはいかない。あの人は昔から自己顕示欲の集合体さ」
他者に認められ、そして求められたいか。
「プライドが高いから、告白するっていう考えは元からなかったって感じか?」
「そう。結局、自分から告白できない勇気のない憐れな人だ」
ついに捕まえたぞ。朝原周。
俺はお前を許しはしない。
「それとあんまり彼女を一人にはさせていけないよ。だいぶ朝原先輩はきてる。何するか分からん。僕は結構ボコボコにされただけで済んだけど、霞の場合は……言わなくてもわかるよね? ちゃんと傍にいてやってくれ。僕にできるのはここまでだ。本当にすまなかった。霞にもまた伝えといてくれ」
「ああ、感謝する。……けどおまえを許すことはない。俺も霞もな。柳、俺が常に一緒にいられるわけではないから、教室にいるときはお前が何とかしてくれ。霞にも事情は話しておく」
「彼女の身が危険なのは分かったよ。教室にいるときは何とかする。それですぐ千草君に連絡いれるよ」
あとは、朝原が霞に近づく前に俺が決着をつけるしかないな。なんとかして、あいつと会う方法があればいいのだが……。あっ、写真。あれをSNSに投稿すれば、朝原は俺に接触してくるかもしれないな。こういう時、男は浮気と一緒で相手を責める。だから霞には行かないだろう。あくまでも予想でしかないけど。タイミングだけはちゃんと考えないと。
「じゃあ俺はもう行く。霞が待ってるしな。これ代金だ」
「いい。ここは僕に持たせてくれ。これ以上何もできないから。……月城、本当に気をつけろよ」
「大丈夫だ。お前に心配されるほどやわじゃない」
豊田の最後の一言は、重みがあった。朝原の怖さは彼が一番知ってる。だからそれを懸念してのことだろう。
俺は立ち上がって霞の元へと向かった。
****
「霞、お待たせ。帰ろうか」
「遅いよぉー待ちくたびれたぁー」
ぐでーっと待っていた別の席で倒れこむ。
そんなに時間たってないんですけど……。早く帰りたかったのは分かるけども、あの話聞いてなかったら、あなたを危ない目に合わせることになるんだからね? 聞いても危ない目に合うかもしれんけど、知ってる知らないじゃ全然ちがうんですから。
「とりあえず店から出ましょう。代金は払ってあるから大丈夫です。行きましょう」
「ふぁーい」
店を出てると、店との寒暖差のせいなのか、とても寒く感じる。ふぅーと息を吐けば、その息は白くなって風と共にきえていく。
周りには仕事終わりの会社員や部活を終えた学生などが行き交っている。もうそんな時間なのかとおおよその時間を把握した。
駅に向かい、歩きながら先ほど豊田夏樹に言われたことを霞に説明することにした。
「あのさ、霞。噂の根源が分かったよ」
「誰?」
「朝原周」
返答に驚いていた。まさか彼だとは思いもしてなかったみたいで、無言になっていた。だが、それが真実だ。
「そうなんだ。朝原先輩か……なんか複雑だなぁ」
「何が複雑なの?」
「だって噂が流れている間、気にせず話しかけてくれてたし、私の中では一番疑わない人だったから」
それが狙いだったんだよ。
もし、もしだ。あの人に霞が惚れていたら……いや、こんなこと考えるのは無粋だ。
「豊田曰く、霞はもう朝原に近づかない方がいいらしい。あいつ顔ケガしてただろ? あれやったの朝原らしい。だいぶキレてるらしいから。あいつが本当に気をつけろって言ってた」
「でも会いに来たらどうするの? 教室に来られたらどうしようもなくない?」
「柳が何とかしてくれる。俺に連絡するように言ってある」
「分かった。近づかない。私がやばくなったら千草は助けてくれる?」
寂しそうに聞くが、そんなの答えは一つしかないだろ。
「もちろん。何があっても霞を助けるよ」
もう失うのは、嫌だから。
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