第3話:陽本晴人はいつだって優しい。

 次の日の昼休み。

 俺は霞に昼は一緒に食べられないから晴人と食べてとトークだけを送っておいた。

 目指すは彼女のいる教室。柳斗真に会いに行く為に、急いでパンを齧っていた。


「そんなに急いでどうした?」

「いや、ちょっと用事があってな。霞がきたら一緒にご飯食べてやってくれ。俺もう出るから」


 そう言って口に放り込んだパンを飲み込んだ。


「わかった。霞先輩は知ってんの?」

「伝えてある。頼んだ」


 教室を出て、二年の教室へと向かう。一年の教室から二年の教室は一階下なので階段を降りればすぐに着く。因みに二年の下の階は三年のクラスになっている。若い一年は階段を上がらせ、上級生である三年生は楽をするという年功序列式になっているのだ。

 ともあれ階段を下りるだけなのですぐにたどり着く。霞のクラスは三組だったはず。順に一組から、二組、三組へと歩いていく。

 教室につき、トントンと扉をノックし、近場にいた女子に声をかけた。


「すいません、このクラスに柳斗真くんっていますか?」

「柳? あぁ、教室で真ん中で一人で弁当食べてる子だよ」


 目視で確認すると、想像していた柳とは随分違った。髪は長くて目が見えない。物静かそうな人だった。周りにも溶け込まず、一人で黙々と弁当を食べていた。

 さあ行こうと教室に足を踏み入れた時、一人の少女が椅子の音を大きく立てながら立ち上がった。そちらを向くと霞が立っていた。それもそうだよな。居て当たり前だし。


「千草? どうしたの?」


 椅子の音と、霞の声に反応するように周りの視線はこちらへ集まる。やめてぇ見ないでぇ……。

 ぱたぱたと歩み寄ってくる彼女は犬のようだ。少しばかり心配そうに、そして嬉しそうにしている。だが、今日用事があるのは霞じゃない、そこの男だ。霞の手を取って、廊下へと連れ出す。視線と嘲笑がうるさいから。


「会いにきてくれたわけじゃないよね?」

「……まあそうなる」

「だよね。なんとなくはわかってるつもりだから……」

「晴人が待ってるから行ってやってくれ」

「うん……わかった」


 しょんぼりしながら階段の方へ向かって歩いて行った。わざと冷たくしてる訳ではないのに、少し言葉が冷たかったかなと後悔した。



****



「ねー晴人くん。千草が昨日から冷たいんだけど。なんか聞いてる?」

「なんも聞いてないですね。なんか急いで飯食って、どっか行きましたよ。理由は言わなかったですよ」

「そっかー。まあなんとなく理由はわかってるんだけどさー。冷たいんだよなー」


 私が悪いことなんてわかってるけど、それにしても分かりやすいくらいに態度に出てるんだよなぁ。もうちょっとなんとかしてくれないかなぁ。キスした事は悪いけどさ。


「昨日、なんかあったんすか?」


 興味なさそうに聞く晴人くんに少々むかつく。だって、質問する割りにはこっち見ないし、弁当に夢中だし。あ、お茶飲み始めちゃったよ。もう少し興味持てよと思ったので、ちょっとだけ驚かしてやろっと。


「昨日キスしちゃったんだよねぇ」

「ブフッ!!」

「きたないー」


 手で咄嗟にに抑えるが、飛び出して手がお茶まみれになったみたいだ。ざまーみろーだ。


「いや、あんたのせいでしょ……急に爆弾発言するから……」

「勢い余っちゃってというかさ。我慢できなくて。えーい! いっちゃえー! って感じでしちゃった」

「ノリでするからでしょ。もうちょっと千草の気持ち考えてやって下さいよ。あなた達が想い想われなのは見てたら分かりますし。ちゃんと今の関係終わってからしたかったんじゃないんですか? そりゃ千草だって思うところはあるでしょうし。俺だったら嫌だなぁ」


 え? 今なんて? 想い想われ? それってどういう……? 有川ちゃんが好きなんじゃないの?


「もっかい言って?」


 怪訝な顔をしながら、『だから』と前置きして話始める。


「ノリでするか————」

「そこじゃなくて! その次の次っ!」

「あなた達が想——いやっ、なんだっけなぁ。なんて言ったか忘れました。なに言ったかやぁ? 忘れてしまったがね」

「唐突な名古屋市長ばりの名古屋弁!? 誤魔化さないでよ!」

「忘れましたごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げて、お弁当を食べ始めた。これはもう答えないという意思の表れだな。こいつっ! 嫌なやつだ!? 類は友を呼ぶとはこの事か!?


「要約するなら霞先輩は生き急ぎすぎ。もっとスローペースでいいんですよ」

「でも千草もキスして来たもん」

「ブッーー」

「きたない」


 この光景、今さっき見たよ。


「いやっ、だからあんたが……ってもうこれいいわ!」

「あははははっ! 晴人くん面白いね。漫才のツッコミでもやったらどう?」

「やりませんよ。……で、千草がキスした経緯は?」


 なんて言えばいいのか私にはわからない。癪だったのかなぁ? それとも私の唇をもっと堪能したかったから? 不意だったから? 多分、堪能したかったんだと思う。ふふっ私ってポジティブだなぁ。


「先輩、顔。にやけてますよ」


 その声に反応して、顔を慌ててペタペタと触り、元に戻した。


「それで、考えてみてどうですか?」

「私の唇を堪能したかったんじゃない?」


 そう言ってわざと指で唇に触れると、晴人くんの視線は私の唇に移る。そして素早く目を離した。


「女の子ってね、意外と今の視線とか、胸とか脚を見てるの気付いてるから気を付けた方がいいよ? まあそんな事言われても見ちゃうよね」

「べべっ別に! 見てないですよ!」


 動揺が隠し切れてないのが可愛いなぁ。千草もこんな感じだった。

 彼はごほんっと咳払いをし、人差し指を立てる。


「先輩はわかってるかもしれないけどさ、やっぱり急にされるより、自分からしたかったのではないですか? タイミングってあると思うし。千草はオープンスケベに見せかけたムッツリスケベですよ。多分同じ事考えてたと思います」

「ねぇ、それって私もムッツリスケベって言ってるよね? そうだよね?」


 げっ、バレた……。みたいな顔しなくてもバレてるよ……。

 また咳払いをして、晴人くんは話を戻した。


「……まあそれは置いといて、二人は最近、近づき過ぎな気がします。もうちょっと今の関係なら離れるべきです。そしたらもっと大切な気持ちがわかると思います。後少しで決着がつくなら尚更。千草なりのケジメも分かってやって下さい」


 晴人くんも千草も自分の考えを持っててすごいなと改めて思わされる。大人び過ぎてて、不安になっちゃうよ。

 千草が信頼をしているだけあって、彼もまた思考が近くも感じる。やっぱり類友だ! 当初は悪く言ってごめんね。憶測で決めつけた私が間違ってったよ。


「何のケジメかはよく分かんないけど……分かったよ。押してダメなら退いてみろ作戦! って感じでいいんだよね?」

「…………それでいいんじゃないんですか」

「今の間は何かな?」

「特に他意はないです」


 思い返せば、私は気持ちを千草に押し付けてばっかだよね。退いたことはない。だって気持ちが止まんないし、離れたら彼も離れて行く気がして……重いなぁ私。

 少しだけ距離を取ってみようかな。

 適切な距離を。

 ご飯を頬張りながら、そんなことを考えてみたり。できるなんて約束できないけど。

 年上なのに少しばかり情けなくなった昼休みだった。

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