第2話:初めての味。
ファーストキス。
それはレモンの味と言われているが、昨今苺味と変わっている事を最近知った。
世の中は甘酸っぱさから、ただの甘々に変わりつつあるらしい。
正直、その時何を食べていたかによると思う。割と俺はリアリストであるので、自分が体験したことを元に今語っている訳だ。
だけど、霞とのキスは何の味もしなかった。むしろ霞味だった。風味というか甘いというか……。
とにかく、ただ思ったのは唇ってこんなにも柔らかいんだという事くらいで、味はしないという事にしとこう。
大丈夫。多分……理性は保てれているはず。もう一回したいという欲を抑えつつも、まだ固まったままでいるし、この体勢しんどくない? 霞も同様にそのままの態勢だった。
「千草……ごめん……」
「ファーストキスだったんだけど……」
「私も……」
「なんかもうちょっとちゃんとしたかったわ」
「ごめん」
「だからさ……これでおあいこにしましょう」
全然欲を抑え切れていない理性。再びキスをした。柔らかい唇の感触を忘れないように今度はしっかりと自分の意思で。
「んっ……」
唇が離れたくないと言う。だが、しっとりとゆっくりと離れていく。余韻だけを唇に残しながら。
「今ので最後だから。次はないですよ。悪いけど今日は先に帰ります」
「待って……ごめん、ごめんなさい……」
彼女は謝るが、それを聞かなかったフリをして、告げるだけ告げ、立ち上がり屋上を後にした。
****
屋上を出てすぐ、ふにゃっと腰が抜けその場に座り込んだ。
かぁぁっと込み上げるように顔が赤くなる。手で顔を覆い、自分の行動に悶絶した。
何やってるの!? 自分何やってるの!? 初めてのチューだよ!? 付き合ってないのに! なにしてんのぉぉー!? 自分が恐ろしい、怖い! おぞましい! 欲深い、変態で、気持ち悪い、性の塊じゃないかぁ。もっとしたいとか思っちゃってごめんなさい。軽いキスより先のそれ以上を求めてしまってごめんなさい。来世は理性の化物として生まれ変わるので許してくださいお願いします。
それでも余韻はまだ唇に残ったままで、思い出す様に少し唇に触れる。
「はぁ……すごい柔らかかった……」
キスをしてしまった。向こうからと俺からと。結局だめだとわかっていても、身体がいうことを聞かない。人間は実に欲深しいと初めて体感した。
このままここに居ても霞と鉢合わせてしまうので、力の入らない足腰に気合いを入れて立ち上がり、その場から離れる事に。まるで今の自分を俯瞰して見てみたら、生まれたての小鹿の様に階段を下っていく姿は実に滑稽に見えるだろう。
校門まで来ると、見覚えのある生簀がない奴が誰かを待っている様だった。
「やぁ、久しぶり」
「どーも」
「待ってたんだよ。君を」
「別に用はないですけど」
「あるよ。僕がね」
なんだよ。今俺はそれどころじゃないんだよ! 霞とのキスで頭一杯なんだよ! 察しろマジで!
「そこの喫茶店でも行かないかい? 奢るから」
「はい? 急に何ですか? 暇ですか?」
「暇なんだよ。付き合ってよ僕に」
まあ奢りなら? 行ってやらんこともないけども……。
「なるべく手短におねがいしますね。僕も暇じゃないんで色々と」
「わかってるよ」
彼は微笑みながら返事をするが、いつも目は笑っていない。掴めないよね、だからさ俺はあなたが朝原周が彼女に固執する理由が気にになる。
喫茶店へ入り、あったかい飲み物が運ばれて、朝原先輩は一口飲み、ふぅーと一息ついて話を始める。
「いつまで偽装カップルは続くのかな?」
「わお、バレてましたか? 一応今はセフレになってるんですけど」
「見てたらわかるよ。君は彼女に好意があるようには見えないからね。セフレなのも嘘だってわかってる。所詮噂だからね」
見ててもわかってないですけどね。俺は霞が好きだ。彼女の好意が俺に向いてる事が分かっていても尚、諦められないというのはそれだけ彼女が好きって事は伝わりますけど、でもね、あなたが例えこれからする質問に『好き』と答えても俺は譲る気はないし、さっさと諦めて離れていってほしいと思ってる。
「やっぱり先輩は霞が好きなんですか?」
コップに手をやり、注がれたコーヒーに目をやった。その返答は聞かなくてもわかっているけど、一応聞いておく。
「好きだよ。君よりずっと前から好きだった。君は彼女を呼び捨てにする様な間柄だった?」
ですよね。知ってます。
「前からですか……でもそれが何だって言うんですか? あなたの方が前から好きだった、だから邪魔をするなって言いたいんですかね? 呼び捨てにしたのは、わざと言ってみたんです。先輩の反応を見てみようってね」
「君はやっぱり掴めないなぁ。壁が何枚も何枚も立ち塞がっているね。高校一年生には見えないな。寧ろ歳上にすら感じるよ」
「そのまま返しますよ」
僕は歳上なんだけど言いながらおかしそうに笑う。いや、そうなんだけどね? そっちはどうでもいいから。
「もし、僕が霞先輩の事を好きだったらどうするんですか? 手を出すのはやめてくれます? ほら、噂とか……あるしね?」
この人なら何となく伝わるだろうと迂遠な言い方をしてみた。
「君が好きだったら、僕には勝ち目はない。分かっているよ。でもね、そんなに簡単に諦められないのも事実なんだよ。ちゃんと言葉で伝えたいって思ってる。僕の気持ちをね。それに噂なんてどうとでもできるから問題はない」
うーん……。捉え方は色々ある言い方をして逃げてくるな。
「ならデートなんて誘う必要ないですよね。僕だったら素直に告白して当たって砕けて、今頃1人で家で泣いてるところですよ。あなたが噂をどうとでもできるなら、もっと早く霞を助けるべきだったと俺は思います。だって、彼女は誰かに見つけて欲しかったんですから。でもあなたはそれをしなかった。それが出来なかったのが今回勝敗の分け目だったってことじゃないんですか?」
「そうかもしれないね。僕がタイミングばかりを伺って己が為になってた。結局自己保身だ。振られるのが怖くて、逃げていた」
逃げているんじゃなくて、あなたは彼女から寄ってきてくれることを期待していただけだ。ある程度関わっていたから自分に縋って、頼って欲しかっただけだろ。今までの行動が全て物語ってるじゃないか。彼女は自分に好意がある相手の事くらいすぐ察する。だからそれはただの傲慢だ。
「じゃあ残念ながらもうあなたには勝ち目がないですね。手を引くなら今ですよ」
「引かない。僕は彼女と付き合いたい。前も言ったはずだよ。僕は『別にくれ』とは言っていないし、幸せにできるのは僕だ」
平然と装っているものの、言葉の端々は荒くなってきていた。そろそろ潮時だな。
コーヒーカップに入った珈琲を一気に飲み干し、カチャリと音を立てて置く。
「そうですか。じゃあ僕も一つだけ、——彼女が好きなんです。それに誰もあげるとは言ってないですよ。別れて欲しくて今こうやって話をしてる事はわかってますから。じゃ、ご馳走様でした。次もまた話せるといいですね」
「君はいつも邪魔をするね。気に入らないよ」
店を出ると、外はもう夜の装い。冬は暗くなるのが早過ぎて時間感覚を失う。
霞はちゃんと帰っただろうかと少し心配になったので、スマホを取り出し、念のため電話をかけた。
『もしもし……』
「あ、霞ちゃんの愛しの千草ですけど。先輩、ちゃんと家帰りました?」
『……うん……今電車降りて歩いてる。あの……さっきはごめんね』
「いいですよ。別に怒ってないですから、考え込む必要はないし、ただ突然で恥ずかしかっただけですから」
『本当? なら良いんだけど……』
「じゃあ今日はこれで。ただの安否確認でした。また明日」
『うん。また明日。……千草好きだよ』
「はいはい、知ってます」
『冷たい』
ブツッ、ツー、ツー、ツー。
唐突に切られる。怒って今膨れっ面なんだろうなと想像して笑ってしまう。
いつからか彼女は積極的になった。止められないと言っていた気持ちも行動してるからこそわかっている。
——もう少しだけ、待っててください。
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