最終章:始まりがあれば、いずれ終わりも訪れる。
第1話:それは唐突にされたものだった。
十二月に入って早半月。もうすぐ冬休みだ。
あれから一ヶ月ってところだろう。
噂もここ最近では聞かなくなってきた。周りの印象は割と書き換えられていたみたいで俺達がセフレだと思わない人のが多かったのか、霞の俺へのベタベタ具合を見て判断されたのかは定かではない。
確かにセフレはあくまでも身体の関係でしかないし、必要以上に一緒にいる必要はないしな。偽装カップルが功を奏したと言えるだろう。
だが、誰からも接触はない。ここに関しては計算外れだった。
さて、今日は久しぶりに屋上へという事で初めて霞と一緒に屋上へ来た。
初めて会った時から気になっている事があって、それが今日やっと判明する事に!
俺はいつも鍵が開いている、それか霞がいつも先に屋上にいる時しかここには来たことがない。だからどうやって開けているのか気になっていたのだ。
いつも通りに座り、この隣で鼻歌を呑気に歌っているこいつこと綾瀬霞。こいつはすごい才能がある。
どうやって開けるかなと見ていると、「じゃじゃーん!」とか言い始めて鞄から取り出したのは二本の針金。
カチャカチャと鍵穴に差し込んで三十秒足らずで鍵を開けたんだぞこいつ……。
ただのピッキングだ。これは将来有望な空き巣犯、もしくは鍵師になるのでは? そして安定のドヤ顔。
何でピッキングが出来るようになったかは知らんけど、やはりそこまでしてまで一人になりたいと思う時期があったのかと思うと辛くなる。でもそのおかげで会えた事には感謝してる。
ふと初めて会った日を思い出した。
あの日はきさに振られて、無我夢中になって走り出したら止まらなくて、とにかく一人になりたくて思い付いたのがここだった。そしたら先輩がいた。パンツ見せ付けながら。
「ふっ」
思い出すとあん時パンツしか見てなかったな。そういや最近パンツ見てねーな。先輩今日何色のパンツ穿いてんだろ。
「何一人で笑ってんの? 気持ちわるー」
携帯をぽちぽちといじりながら、普通に悪口を言った。
あっという間に時間は過ぎて行く。今日に至るまで色々あった。一緒に弁当食べたり、泣いたり、プレゼント交換したり、買い物に行ったり、最近私服デートもした。まるで本当のカップルのように彼女と時間を共有した。これは紛れもない事実で、それでも偽りで。
こんな風に特に会話もなく過ごせるようになるまではそんなに時間は掛からなかったな。一緒にいても落ち着く。
霞と会うまでは一日がすごく退屈で、スロー再生されているかのように時間が過ぎるのが遅かった。
今はむしろ時間が足りないと思うくらい。
俺、好きなんだな……この人が。と改めて思った。
だから……そろそろ決着を決めようじゃないか。まだやらなければならないことがある。
「あのさ先輩、俺と写真撮ってくれないですか?」
「何でまた? どしたの?」
そう言いながら頭をよしよしするのやめて? 頭おかしくなってないから。手を払い、ごほんっと一つ咳払いをする。
「考えてみてくださいよ。俺は先輩との写真一枚も持ってないのに、先輩は持ってるじゃないですか? ずるくないですか? いや、ずるいんですよ」
「そんなに欲しいならお泊まりした時のあげるけど?」
「だめですっ!」
全力否定! だってその写真は俺だけが知ってるプライベートな霞ちゃんじゃないですか。他人には見せれない! 違う! 見せるものじゃない!
「そんなに怒らないでよ……どうしちゃったの……」
「とにかく写真が撮りたいんです!」
「わ、わかったから……ちょっと待って?」
おもむろに鏡を取り出し、手櫛で髪を直し始めた。そんなことせんでも可愛いから。
「じゃあ俺の前に座って下さい」
「はい?」
ぽんぽんと座れるように脚を広げたコンクリートを叩く。
「ちょっと待って、ほんっとにどした!?」
「いいじゃん。勝手にほっぺにキスした人に比べたら、ちゃんとこうして欲しいって伝えてる」
「まだ言うの? それ」
いいから早よ座らんかい! 無言の抵抗のため、コンクリートを叩き続けた。
ついに観念した先輩はちょこんと俺の前に座る。ふわっとシャンプーのいい匂いが香る。そしてスマホを取り出して、カメラを起動させた。
「ねぇ、わざわざこうして取る必要あるの? カップルみたいじゃん」
「うるさいなぁ。カップルだからいいんだよ」
と言いつつも当本人こと月城千草の心臓は爆発寸前でございます。これにプラス今から抱きしめますよ。さん、にー、いち……ぎゅっと。
「ひゃあっ!」
「じゃあ撮りますね。いきますよー」
にひゃっと彼女の笑った顔と俺の顔が画面に映される。いい感じだ。あとでホーム画面に設定しとこ。
「よし、ありがと。もう満足」
振り向いた彼女は固まる。
「えっ、急に冷たっ」
突然の塩対応にたじろぐ先輩は不満げに頬を膨らませていた。その顔をつまむと、ぷすっと間抜けな音と共に空気が抜けていく。
「何期待した? キス?」
「別になんもー」
口を尖らせ不服そうにぶっきらぼうに答えた。
「もし、俺が先輩の事を好きになったらどうします?」
「そりゃあ付き合うでしょ?」
「そっか」
「ねぇー聞いといてその答え何さー」
「すいません。なんとなく聞いただけです」
写真をもう一度見返すと自分も幸せそうに笑ってるように見える。
俺ってこんな風に笑えるんだなと。
見せて見せてと前から手を引っ張り自分に見えるように持ってかれるので、少し前のめりになる。
「あ、千草笑ってる」
「はい、笑ってますね。いい感じです」
写真と今、同じ体勢でいる。
真横には彼女の顔がある。どんな顔でこの写真を見てるんだろうと顔を横に向けると……彼女も同時にこちらを向く。
「あっ」
至近距離で目が合ってしまう。
「あっー……えっと、せんぱ……んっ」
それは突然だった。
香るシャンプーの匂い、そして小さな柔らかい唇が自分の唇に触れた。
冬の寒さを忘れるように体は熱くなる。
五秒くらいだっただろうか……。まるでこの場所だけは時間が止まっているかと思うくらいに触れていた時間は長く感じた。
彼女の唇が離れても言葉が出ず、そのままの体勢で体温は上がっているのに、氷のように硬直してしまう。
「ごめん……我慢できなかった……」
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