第2話:待ち合わせ、握る手と手。

 寒空の下、放課後にデートをするために校門で一人、ぽつんと待っている。

 季節は冬へと向かうように日々寒々しくなり、木々も色を変え始めており、時折吹く風がキンッと鼻を刺激する。鼻頭を赤くして、寒さに身を捩り、手を擦ってはふぅーっと息を吐いて、なかなか来ない彼女に少しイラつく。

 他の生徒たちは駄弁りながら、遊びや予備校、家路へと向かうために校門を出て行く。


 これはよくあるシュチュエーションかもしれない。

 校門で彼女を待つ彼氏とは、周りから見る印象はどう映るのだろうか。そもそも彼女を待っているかなんて、恋愛脳なあんぽんたんくらいしかいないのかもしれない。それぞれの瞳に映る印象は、その人の現状の気持ちに左右されている気がする。


 校門でただ立ってる奴にしか見えない場合だってある。人を待ってる、あるいは待ち伏せしてる気持ち悪い奴にも見えたりする。なんだそいつ心すさんでるな。

 とにかく、俺が周りから見られる印象は様々で、風景の一部でしかないのだ。変に周りの視線を意識してることが自意識過剰だと思う。

 何が言いたいのかといえば、今の俺は自意識過剰だということ。それに尽きる。


 ちらほら聞こえてくるせいで、余計にそれを増長させていると言わざるを得ない。長い時間、こうも噂されていると慣れてしまう。慣れたくないんだけどね? 同じ噂でよくもまあ盛り上がれる事よ。一々気にするのもめんどくさいし、めんどくさい。だけどやはり気にしてしまう。俺が中々いい顔してる奴と呼ばれていることに。中々じゃなくてかなりに噂を変更してもらっても問題ないです。

 詰まる所、世の中暇な奴ばっかだと。もっと他に関心を持ったらどうですか。ニュースみろニュース。時事ニュース見てそれ語り合え。

 そんな苛立ちを思い耽っていると、それはそれは可愛い声と共に、ぱたぱたと駆け足で近づいて来る者に掻き消される。


「千草ー! お待たせ! 待った?」


 少し息を切らしながら、小首を傾げ尋ねてきた。

 こういう時、一般的には『待ってないよ。今来た所』とか言うだろ? 1時間待ってても同じ事言うだろ? 神経やばい。絶対心の中で『まじでおせーわ、いい加減にしろ』って言ってるはずだ。一回許したら何回でも遅刻するぞそいつまじで。

 したがって、俺は正直に言うのだ。


「普通に待ったわ。遅いし、帰ろうと思った」


 彼女は顎に手をやり、眉間に皺を寄せ、うーんっと唸りだした。何? 威嚇? でも可愛いから威嚇になってないよ?


「でも待っててくれた。千草はやっぱり優しいよね」


 予想と違う反応に、少しばかり困惑した。ちょっとばかりいじめてやろうとしたのに彼女は全然慌てなかった。

 自分のペースに持ち込もうとしたのに、逆にペースを掴まれた感が否めない。


「確かに待ってました。でも次はどうかなー」

「どうかな? そうやって言って私を焦らそうとしても無駄だよ。効きません。じゃあ早速デートに行こう!」


 手を掴まれ、引っ張られる。出し抜けに握られたので、心臓が跳ね上がる。


「ちょっ! 手繋ぐ必要ある?」

「大いにあるのです。私達は付き合ってるんだから。ほら、それに朝原先輩もあそこにいるから丁度いいよ。見せつけとこ!」


 ニシシっと笑いながら、横目で見る彼女の方向を一瞥すると、確かにいた。めっちゃこっち見てるやん! ふぇーん、怖いよおねえちゃぁん。

 勿論のことだが、デートはお断りして頂いている。だが、向こうも諦め悪く未だに誘ってくるらしい。

 その都度、俺と付き合ってるから遊べないと断っているのだが、どうも簡単には噂を信じないみたいだ。ここ最近、誘いが多くなって来ているらしい。というかあんたらどういう関係性なんだよ。しつこい男は嫌われますよ、先輩。


「んで、どこ行くんですか?」

「んー? パルコ?」

「決めてないのかよ……まあいいけどパルコでも」

「じゃあ決まりね。パルコへれっつごー」

「はいはい。れっつごー」


 放課後なので、それなりに下校している生徒はたくさんいる。だから周りの目はより一層、俺達へと注がれていた。こんなに堂々としたことは今までになかった。彼女も気にする素振りは見せないし、何より大胆不敵になったものだな。


 冷静を装ってはいるがド緊張状態だ。女の子の手を握るなんて幼稚園ぶりだぞ。

 握られた手の感触はとても柔らかく、小さく感じた。

 少しだけ、少しだけ。と指を絡めて握り返す。

 それを見た彼女は満面の笑みで、「千草、私の事大好きだね」と言うのだ。


 俺はなんて返すのが正解のなのかわからなかったけど、少なからずこの気持ちは彼女を好きなことには間違いないだろう。この気持ちは言葉で表すならなんて言うんだっけ。……すぐには出て来ない。

 もし、これが恋と言うならば、俺が有川きさに抱いてる気持ちは何なのだろうか。


 やはり言葉にするのは難しかったので返事はせずに、きゅっと手を少しだけ強く握った。

 彼女もそれに答える様に少しだけ力を入れ、優しく握り返して来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る