第4話:強がり、君は偽物。

 学校に辿り着き、校門にて俺と先輩は別れた。一年と二年は同じ棟に教室があるが下駄箱は違う場所にある。

 靴を履き替え、一年のクラスがある三階まで向かっていると、ちらほらと耳障りな声が届いて来た。


「あの子さぁ、昨日有川ちゃんに告って振られた子だよ」

「うっそ! マジ? かわいそう。かっこいいのに! あははははっ」

「それでさぁその後、あの有名な綾瀬先輩と屋上に一緒に居たらしくて……二人で何してたんだろうねぇ」

「絶対ヤってたでしょ! ウケる。どんだけ盛ってんだよって話だね。学校じゃなくて家でヤれよ」

「さっきも朝から一緒にいてイチャついてらしいよ」

「きんも~、結局面食いでヤりたいだけだよねぇ」


 こうなる事は分かっていたけど、実際その立場になるって辛いものがある。あの人はいつもこういう状況にいるんだと思うと相当辛いだろうな。

 今、彼女は大丈夫なのか? 一年でこれほど噂になってるということは、二年でもそれなりに噂は広まってるんじゃないかと心配になった。


「おはよう。千草」

「あぁ、晴人か。おはよ」

「あのさ……昨日ごめんな……」

「はて? なんの事だろうか?」

「えっ? でもほら噂になってるし、俺が余計なこと言ったから……」


 あぁ……これは知らぬ存ぜぬじゃいかないか。ここで素直に謝ってきたと言うことは、おそらく彼は白のはずだ。…………パンツじゃないよ?


「あんまり気にしないでくれ。俺の事思って教えてくれたんだろ? だったらそれでいいじゃないか。お前が言わなければこんな事になってなかったとか思ってないし、恨んでもない。気に病む事じゃない。だからいつも通りに接してくれるならそれで良い。俺は自分が見た事、感じた事しか信じないんだ」

「ありがとう……」

「じゃ、俺寄ってくとこあるから先教室行っててくれ。後一つだけお願いがある。もしHRまで戻って来なかったら野木センに保健室に行ったとでも言っといて」

「どこ行くんだ?」

「それは秘密。頼んだ」

「分かった」


 晴人と別れ、別館へと続く渡り廊下を歩いて屋上を目指した。

 鍵が開いているかも分からないが、なんとなくいる気がした。なので途中、自販機に寄って温かいお茶を二本買い、階段を上がり扉の前に立つ。


「ふぅー。開いてますように」


 扉の前で手を合わせ拝む。

 そしてドアノブに手を掛け、ノブを回した――――ガチャリ……キィー。

 開いた。

 彼女は居る。

 ドアを開き、屋上へと出た。少し歩きドアの上のスペースをみると――――居た。

 反応がないな。気づいてないのか? 寝転がってる。残念ながら黒の紐パンは見えない。非常に残念。

 ハシゴを使い、上に登った。彼女は寝ていた。カバンを枕がわりにして。


「寝てんのか……」


 寝て居る彼女の隣に腰を下ろし、顔を覗き込むと…………頬に涙の跡が残っていた。


「泣いてたのか……。一人で抱え込むなよ。それに……周りの持ってる印象に合わせるなよ。俺は分かってるんですよ?」


 誰も彼もが、一つの噂で一人の子が傷ついている事に何故気付かない。

 人が安易に発した曖昧な噂を信じて、本当の真実には蓋をして。

 今ここで泣いていた奴がいるのはなんでだ。よく知りもしない奴らが、根も葉もない事を見てもいないのに、ちゃんと話を本人から聞いたわけでもないのに、なぜ蜚語ひごを撒き散らす事ができる。


 人は勝手な憶測で人の価値を決めつける。

 当人が違うと声を上げても、皆が言っていることだからと一蹴される。同調圧力とはこういう類のものにうざったいほど蜘蛛の糸のように纏わりついてくる。剥がしても剥がしても、剥がしきれないように糸が絡まり合って、さらに複雑にしているんだ。


 噂だけが一人歩きして、誰一人疑う奴もおらず真実を知ろうとしない。

 彼女が誰と行為をしようが関係ないだろ。自分から抱いた数でも言って回っているのか? 違うだろ。それに彼女が迷惑かけたのか? それも違う。

 俺は自分が見た事と関わって感じた事しか信じないようにしている。だから、昨日の今日で分かった。彼女は虚像だ。ビッチという自分を作り上げた、ただの偽物でしかない。


 俺は怒っている。噂の発信源となる奴と、ここにいるビッチと不確かな噂の張本人に。

 噂の根源は何処だ。誰だ。そもそもビッチという噂だけが流れているのは何故だ。具体的な事は何も言われていない。

 そして自分を誤魔化して、何もかも諦めているようなこいつに。

 この噂には何か原因があるはず。悪意、遊び、妬み、嫉み。


 …………だあぁー! 考えても分かんねぇ! 本人に聞いてみるしかない。

 でも寝てるしなぁ。……もう少しだけ寝かせてやるか。寝てる時は何も考えなくていいから気が楽だしな。俺も寝よっと。

 ブレザーを脱ぎ、曝け出されている綺麗な脚に掛け、彼女の方へ向いて寝転がり、頭を撫でる。


「んっ……すぅーすぅー」


 寝息を立てて気持ちよさそうに寝ている。


「あんまり無理しないでください。こんな姿みたら俺も辛いです。できる事なら力になりますし、俺は味方でいますから」


 そう言いって、目を閉じ眠りについた。

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