噂は一人歩きする

第3話:ビッチくさい。

 ————次の日。

 季節は秋、もう十月後半に差し掛かっている。

 このくらいの時期から朝起きるのが辛くなり、布団からも中々出られなくなってくる今日この頃。

 惰眠したいところだが、覆いかぶさっている羽毛布団を剥がし起き上がった。


 フローリングは夜の寒さを吸収したかのように、ひんやりと仕上がっている。だからそこに足を置くのが嫌だった。だが、そうもいかないので覚悟を決めて足を降ろす。

冷たさが足先に伝わり、ブルブルと上に向かって全身を震わせた。


「うぅ~寒っ。学校行きたくない。布団が彼女……」


 とはいえ、学生の本分は勉強なので仕方なく学校へ行く準備を始めた。

 本当に学校へ行きたくない。布団が恋しいとかさむいとかじゃなくて、昨日の一件が……。あんなことがあり学校へ行きたいって思う奴とかいるのかな? いるなら是非とも今すぐ俺の所まで来て、その気持ちを教えて頂きたい。


 それから準備を済ませ、学校へと向かった。

 高校までは電車を利用して通学。そこから徒歩五分くらいの坂道を登った所に学校がある。この坂道がまた結構な角度の傾斜で校門にたどり着くまでにへばってしまう。高校生になって早半年。この坂道だけは慣れない。

 電車を降りて、例の坂道を必死になり登っていると、いつの間にか隣で歩いていた綾瀬霞に声を掛けられた。


「少年、おはよう」

「おはようございます」

「堅いなぁ。敬語じゃなくてもいいんだよ? それとも少年は年上には敬語じゃないといけないのかな?」

「いやいや、全然喋れるよ。今日のパンツは黒?」

「ほほーう」


 感嘆の声をあげて何を納得したのかよくわからんが、今のは流石にきもいし、少しやりすぎたか。


「少年は何色だと思う?」


 彼女はスカートを徐々に徐々にまくりあげ、ギリギリのところで止める。


「ちょっ! こんな所で見せようとすんな! てか見せてなんて言ってない! やめてぇ」

「私の勝ちだね。恥ずかしがり屋さんっ」


 ちょっと待て。いつの間に勝負になってたの? 勝ち負けの基準は? ……まあどうでもいいけど、やっぱこの人ビッチだわ。うん。噂通り。


「朝から先輩は元気ですね」

「朝から千草に会えたからね」

「そうやっていつも色んな男を落としてるのね。逆に女の落とし方とか知りません?」

「………………」


 何この沈黙。


「あははははっ。やっぱり千草は面白いね。そういう所好きだよ」


 黙ったと思ったら、ケラケラと腹を抱えながら笑い始めた。


「はいはい。安易に好きとか言われると意識しちゃうからやめてくださいね。男は単純だから好きって言われたら好きになっちゃうもんなんです」

「それは女の子も一緒だと思うよ。好きって言われたら気にしちゃうもん。その人の事」

「例えそれが告白だったとしても?」

「そう、告白だったとしても」

「じゃあ昨日告白した子が俺のこと好きになるの?」

「さあ、どうでしょうね」


 にへらっと笑い、後ろに手を組んだ彼女は一歩前へと出て、振り向き立ち止まって一つの質問を投げかけてきた。


「もしその子が千草の事好きになったらどうする?」

「そりゃあ付き合うでしょ」

「そうなったら私のセクシーなパンツも見れなくなっちゃうね」

「ぐっ……平気だもんね! 別に見たいなんて一言も言ってないもんね!」


 一歩。さらに一歩。段々と近づいてくる彼女。

 向かい合って見つめ合う。もちろん他の生徒もいる上り坂。


「なんだよ。てか近い……」


 迫り来る彼女の顔。何? ここでキス? 致し方無い。俺は覚悟を決めて受け入れる。……なぜ受け入れちゃってるのかなぁ。そして目を閉じた。


「今日は黒の紐だよ」


 キスではなく、彼女は耳元でそう囁いた。

 妖艶な声音で発せられた声に俺は少しばかり興奮してしまった。それと同時にキスだと思った事が恥ずかしくなってきた。

 一瞬、何の事か分からなくなったがすぐ理解する。


「マジで!?」

「ふふっ。マ・ジ!」


 黒かつ紐。想像するだけでえちえち。こんな学校一の美女ビッチが黒の紐パン穿いてることを誰が想像するだろう。今現在、この人が穿いている下着の色と種類を知っているのは俺だけ。謎の優越感。

頬が緩み、さぞ俺の顔は今気持ち悪いだろう。


「えちえちすぎる……」

「何その言い方! 面白い! キスだと思って目を閉じたくらいに面白い。私とキスしたいの?」


先輩はからかうように、唇を人差し指で触る。

その動作が相まって唇に視線が奪われる。だが、ドキマギしながら手をブンブン振り否定した。


「やめてっ! 全然したくないんだからねっ!」

「いいよ。しても……はいっ」


 目を閉じた彼女は少しだけ顎を出し、待ち構えてる。

 俺は彼女の頬に両手を当て、高鳴る心臓の音を抑えながら、顔を近づけ————パチンッと軽く叩いた。

ここで冷静になる俺、マジ紳士。


「痛ったぁぁ~」

「ばかか。するわけねーでしょうが。もっと自分を大切にしろ。安易にキスするか」

「受け入れてたくせによく言うわ」

「それとこれは話が別だし、場所考えろ。そんなことしてるからビッチって言われるんだ」


自分で言って、どこが別なのか教えてほしいと思ってしまう。


「千草にならされてもいいよ」

「まだ会ってからで言っちゃうあたりがびビッチくせーんだよ。からかわんでください。ほれ、行きますよ」

「え? あ、待ってよー」


 半歩先を歩き、後ろをてくてくとついてくる先輩。後ろに顔だけを向けて話しかける。


「先輩は今日も放課後、屋上にいるの?」

「なんで?」

「なんとなく。聞いてみただけです」

「ふーん。じゃあ私先行くね。また後で!」

「誰も行くって言ってないけど」

「少年はくるさ、きっとね」


 意味深な言葉だけを残して、足早に去って行ったしまった。

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