旅行会社デート
「お姉ちゃんと康貴にぃ、せっかくだから旅行会社に行って行き先決めてきたらどう?」
まなみのその一言で、俺と愛沙は駅前の旅行代理店にやってきていた……のだが……。
「えっと……入らないのか?」
「……こ、康貴から入って」
乗ってきたバスの中では「あれが良いこれが良い」と元気だった愛沙だが近づくにつれて口数が少なくなってきていたのだ。
「大丈夫か……? なんか体調が悪いとかなら別の日で――」
「それはだめっ!」
「おお……」
「だめ……だけど、その……とにかくっ! 康貴から入って!」
なんとなくわかった。愛沙は顔が強張っていて、ちょっと赤くなっていて、それでいて俺の腕をつまむように持って離れようとしない。
いやまあ気持ちはわかるというか……俺も感じてるんだけど、要するにこれは緊張してるんだろう。
中のお客さんを見ると、女性同士のグループが一つあるくらいで、あとは全部カップル……いや夫婦に見えるからな。
なんとなくこう……緊張感はある。
とはいえここまで来たんだし入るしかない。
「いくぞ」
「……っ!」
コクリと小さくうなずいた愛沙を見て、意を決して扉を開ける。
「ようこそお越しくださいました」
「……」
扉を開けるとすぐにスタッフの女の人がやってきて案内してくれる。
愛沙は緊張してるのかギュッと俺の手を掴むだけなのでとりあえず俺が先導して椅子に座った。
案内してくれた女性の人はそんな俺たちを見て微笑んでいた。
「ご旅行の行き先や日程、ご予算など、決まっているところはございますか?」
お茶をもらって名前とかを記入して、ちょっと落ち着いたところで本題に入った。
「えっと……伊豆とかの温泉旅館に行きたくて、予算は今まさに貯めていってるのでどのくらい必要かを聞こうかと思って」
愛沙は相変わらず喋れそうにないので俺から説明をする。
なんとなくの予算感はパンフレットを見てきたんだけど、色々キャンペーンとかがあって最終的にどうなるのかがいまいちわからなかったんだ。
ちなみにまなみが持ってきたパンフレットは全国各地バラバラすぎて現実味のある距離の旅行先が伊豆しかなかった。
「なるほど。泊数は一泊でよろしかったですか?」
改めて聞かれると本当に良いのかという気持ちになるな……。なんか愛沙が喋れなくなった理由が改めてわかった気がする。
「……はい」
「そうしますと、学生向けのキャンペーンプランで、一泊お一人様一万円から……当日かかってくる細かい費用を計算しても一人一万五千円くらいあればご案内出来る場所がございますね。こことか……こことか……」
「おお……」
パンフレットやチラシを広げて旅館を見せてもらう。
思ってたより安くて色々あるみたいだ。
「夕食、朝食付きで海側の和室のお部屋ですね。こちらは露天風呂からの景色もよくておすすめですよ」
ここに来てようやく愛沙が身を乗り出してくれはじめた。
良かった。
ずっと固まられてたらどうしようかと思ってたから。
「あとはこちらは特典で貸切露天風呂がサービスになっております」
ピクッと愛沙が動いたのがわかる。
そういえば貸し切りに妙にこだわってたな……。
「あとは伊豆方面は動物園が多いのでそこに合わせるのもありですね。ここはバスで動物園までいけますので。一日目は宿で温泉とお食事を楽しまれて、次の日は朝食を取ったら動物園に行ってお帰りになるとかでしたらお車がなくても十分楽しめますよ」
「そういえば旅館以外でなにかすることを考えてなかったな……」
「でしたらレジャーから選ぶのもありかもしれませんね。宿からバスや徒歩でレジャー施設に行けるところだとこの辺りが……」
さすがプロというか、どんどん色々と出してくれる。
その中に……。
「康貴、これ……まなみが好きそう」
「こっちもそうだな……って」
いままなみのことを考えても……。
……いや、愛沙も俺も、確認するまでもなく考えが一致した。
「三人でも大丈夫ですか? 人数」
「え? あ、はい! もちろんです」
改めて愛沙と顔を見合わせる。
「ありがと」
愛沙は笑ってそう言っていた。
初めての給料の使い道は、俺も愛沙も最初から決まってたみたいだった。
◇
帰り道。
「愛沙」
「どうしたの?」
値段も問題なさそうで日程も確認をした上で旅行の申し込みを済ませた帰り道。
三人で行くという選択は間違ってなかったと思う。でも、俺は愛沙の彼氏だから……。
「二人でも旅行、行こうな」
「……! うんっ!」
ぎゅっと腕に抱きついてきた愛沙の表情は、さっきまでのお姉ちゃんの笑みとはまた違う輝きを見せてくれていた。
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