まなみのため
「えー!? 二人のための旅行なのにっ!」
「でもほら、ここ爬虫類ばっかり展示してる動物園って。まなみこういうの好きでしょ?」
「それは……違うの! 今はそういう話じゃなくてっ!」
いつ伝えるかは愛沙と何回か話し合ったんだが、結局家庭教師の帰り、いつものようにご飯をご馳走になるタイミングにした。
予定を抑えるためにも愛沙たちの母親には事前に伝えてあったので、驚くまなみをニコニコと見つめるだけだ。
「はぁ……せっかくのチャンスを私に使っちゃうなんてー」
まなみが机に突っ伏してそういう。
「これまなみ。お行儀が悪いわよ」
「でもお母さんー。お姉ちゃんと康貴にぃが!」
「ふふ……二人ともまなみが大好きなのね」
「それは……もー!」
まなみはうなりながら夕飯に出されていた大皿から肉じゃかをしこたまかっさらってパクパク頬張ってから、ようやく切り替えたのか顔を上げた。
「せめて私に相談してから決めるべきだったと思う!」
じゃがいもを口に運びながらまなみが言う。
「そしたら絶対何かしら理由をつけて断っただろ」
「う……それは……」
「まあまなみがどんなに断っても、私たちは最初に給料を使うのはまなみにって決めてたんだけど……」
「だったらなんか適当にシャーペンの芯とかくれれば十分喜んだのに〜」
まあ確かにまなみならそれでも小躍りして喜んでくれた姿は想像できるんだけど……。
「良いじゃない。私は三人がまた仲良く遊んでるのを見れて嬉しいわ〜」
「お母さんー。二人はもう恋人なんだよ! 私がいたらお邪魔になっちゃうよー」
「あらあら。私からしたらまだまなみにもチャンスがあるように見えるけど」
高西母による爆弾に愛沙が構える。
具体的には隣でしらたきを食べようとした俺の腕を突然抱き寄せて可愛い威嚇を始めていた。
「こ、康貴は渡さないけど……まなみも一緒がいいの!」
「お姉ちゃんはわがままだなぁ」
「うるさいっ!」
愛沙なりの懸命の威嚇のようだった。
「康貴にぃ、お姉ちゃんはまた別でデートしてあげるんだよ!」
「それはもちろん」
お金を貯めて愛沙との旅行は俺が全部出せるくらいにしたいとも考えている。
そのための稼ぎ口の話も実はもうもらっているから……。
「むー……まあそれなら……でも良いのかなぁ」
「良いわよ。私が言ってるんだから」
威嚇モードを解いて人参をつかんだ愛沙がそう言う。
「私と康貴にぃが混浴しても?」
愛沙のにんじんがお皿に落ちた。
「あはは! まあそれは冗談だけど、貸し切りのお風呂は私とお姉ちゃんの二人かなあ」
「そうね……そもそも流石に二人では入る気はなかったわよ!」
そうなのか。
それはなんというか……いや良かっただろう。二人で行って変な空気になるよりはよっぽど……。
残念ではないといえば嘘になるけど……。
「へえー。そっかそっか。じゃあ三人ならいいのかな?」
「さんに――もっとダメに決まってるじゃない!」
「もっとだめなんだ?」
「当たり前でしょ! もう……康貴っ!」
「いまの流れで俺が怒られるのかっ⁉」
まなみにからかわれて顔を赤くする愛沙。
とんだとばっちりだがまあ、そうやってる愛沙も可愛いと思えるようになったから良いんだけど。
「なんか納得いかないわ」
愛沙はそんなこと言ってるけど。
そんなことをしてるとまなみが改めてこう言った。
「はぁ……しょうがないお姉ちゃんとお兄ちゃんだなぁ」
まなみが俺をお兄ちゃんと呼ぶのはいつぶりだろうか。
それが何を意味しているのか、何も意味はないのかはいまいちわからなかったけど……。
「もう……しょうがないなぁ……」
改めてそうつぶやくまなみの笑顔はとても柔らかくて、この選択は間違ってなかったと俺と愛沙が思うのに十分な表情を見せてくれていた。
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