買い出し

「あー、藤野。ちょっといいか?」


「ん? はい」




 教室に来た教師に呼ばれる。


「これ、買い出しを頼む」


 渡されたのはメモ用紙と封筒。

 基本的にはこの手の話は生徒会が担当していたはずだが、あちらが忙しくなるとこちらに話が飛んでくるわけだ。


「はい……」

「悪いな」


 と、教師の後ろから覗き込むように乱入者が現れた。


「んー? 買い出し?」

「お、入野か! ちょうどいい。藤野と買い出しだ」

「おっ。いいよいいよー! 行こっか康貴くん!」

「部活見学はもう良いのか?」

「んー、もともと入る気もあんまり無かったしね! まなみちゃんみたいになるかも?」

「あー……」


 有紀はいろんな意味でまなみの強化バージョンだからな……。まなみのような活躍も十分可能だろう。


「男子の方でも、野球とかなら役に立ちそうだったよ!」

「やっぱお前、男なの……?」

「あははー! さ、いこいこー!」


 押すな押すな。まなみと一緒でどこにそんな力がと思うほどのパワーで連れていかれる。

 途中学年が同じ奴らに出くわすが有紀は終始こんな調子だった。


「入野さん……? だっけかな? 良かったら――」

「あははー! 急げ急げー!」

「ええ……」


 今の隼人と並ぶサッカー部のイケメン先輩だった気がする。ガン無視していったなこいつ……。


 俺はされるがままに有紀に背中を押されて下駄箱に連れてこられていた。

 そして……。


「困った!」


 下駄箱を出た瞬間だった。

 チャリが一台しかないことにそこでようやく気がついたのだ。

 俺はこの時期、こんなこともあるのを見越して自転車通学にしていたんだが、転入生の有紀はそんなこと知るはずもない。


「ま、もともと一人でもいけるし」

「走るよ!」

「なんで俺がチャリでお前が走るんだ」

「え? だってその方が早いし?」


 それはそうだが絵面がひどい。有紀は中身はともかく見た目は美少女なのだから。


「じゃ、どうする?」

「仕方ないから歩いていくしかない……」


 買い出しは別に徒歩でも行ける距離ではあるが、できればチャリがあると便利、というくらいのところだ。


「ふふーん。良いことを思いつい――」

「だめです」

「えー。いいじゃーん。けちー! ちょっと康貴くんの後ろにのってぎゅってするだけじゃーん」


 倫理的な問題以上にこんな生徒たちが大量にいるところでそんな目立つマネしてたまるかという気持ちだった。

 ただ荷物を持ち運ぶ意味でチャリはあったほうがいいので駐輪場には向かう。


「もー。でも歩くのはなんか身体がうずうずしちゃうから走る!」

「そうか」

「康貴くん。自転車乗らないと、追いつかないよ?」

「それは……」


 そうだろうな……。


「というわけで、ゴーゴー!」

「結局こうなるのか……」


 促されるまま自転車に乗る。駐輪場から校門のほうへ駆け出した有紀は確かに、チャリがあってよかったと思えるスピードで疾走していた。


「っておい! お前道わかんないだろ!」

「んー? 大体こっちな気がする!」

「そうだけど……いやなんでだ……」


 勘と勢いだけで目的地を嗅ぎ分ける謎の能力に驚きながら慌てて有紀を追いかける。もうこの当たり、常識を問うのが無駄なことはまなみでよくわかっているのでツッコミは入れるのはやめた。

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