イルカショー

 結局イグアナに夢中になっていたらあっという間にイルカショーの時間になった。


「ごめん」

「ふふ。大丈夫、意外と可愛いところがあるなと思ってみてたから」


 直球でそう言われて気恥ずかしくなる。

 なんというか、たまにこうして愛沙は母性のようなものを見せてくるのがずるい。


「まなみを探そう」


 無理やり話をかえてごまかす。


「そうね。まあまなみのことだから一番前にいるだろうけど……」


 イルカショーは濡れる。

 そのため席は3列目あたりのそんなに濡れない席から埋まっていく。


「あ、康貴にぃー! お姉ちゃーん!」

「やっぱり……」


 まなみは半円状に囲まれた観客席のど真ん中の一番前の席を陣取っていた。


「レインコート、買うか」

「そうね……」


 2人ともまなみを無理に移動させる気はないのでレインコートを買うという選択肢が生まれる。


「買ってくるから先に行っててくれ」

「お金」

「今日はまなみのご褒美だから」


 なにかいいたげな愛沙を振り切るように売り場に向かう。後で絶対払おうとしてくるだろうけど。


「あ」


 2人にしたらナンパとかされるか? いや水族館に男だけで来てるってことはあんまりないか。


 ちらっと振り返って確認するがそれらしい様子はなかった。

 それでもちょっと急ぎ目で買い物を済ませて戻ると、またまなみが消えていた。


「なんで?」

「えっと……係の人について行っちゃった?」


 愛沙も混乱しているようだった。


「まさか……」


 考える間もなくショーの始まりを告げる音楽が鳴った。


「とりあえず、これ」

「ありがと」


 レインコートを渡して席につく。イルカたちが出てきて水をばしゃばしゃこちらに飛ばしてきていた。


「もうこんなに濡れるのか……」

「買っててよかったわね」


 まなみがいないなら後ろに下がればよかったのではないかという話もあるがいまはまぁいい。


「みなさーん、こーんにーちはー!」

「あ、あの人」

「どうした?」

「うん。まなみがついていったのあの人だなって」


 イルカたちがひとしきりはしゃいでいったあと、ステージのようなところに立ったお姉さんが元気に声を張り上げていた。


「あの人に……?」

「うん」


 となるともう間違いない。


「今日のゲストはイルカちゃんたちもびっくりの可愛いいいいいい子を連れてきちゃいましたっ!」


 ここのイルカショーは毎回希望者を募って参加させてくれるイベントがある。普通は小さな子のためのものだが、まなみはギリギリそのラインに乗ったのかもしれない。見た目というか放つオーラが幼いから。


「それでは! まなみちゃん、お願いしまーす!」

「はーい!」


 やっぱりまなみだった。


「じゃあまなみちゃん、右手をあげてくれるかな?」

「こうですか?」


 まなみが言われるがままに右手を上げる。

 すると前にいた3匹のイルカたちが真似をするように右ヒレをあげていた。


「そのまま手を振ってー!」

「はーい」


 パタパタとまなみが手をふるとイルカたちもパシャパシャと水を叩くようにヒレを振る。

 ほほえましい光景だ。


「上手ー! そしたら今度はまなみちゃんの好きなように動いてみて!」

「好きなように?」

「イルカさんたちが真似してくれるからねー!」


 まなみが笑ったのが見えた。嫌な予感がしてレインコートのボタンを慌ててしめた。


「わかりました! えい!」


 元気よく返事をしたまなみが宙を舞った。

 そのまま空中で後ろ向きにくるっと一回転して着地する。いわゆるバク宙だ。


「え……」


 固まるお姉さん。どよめく会場。そして……。


 ――バッシャーン


 見事にまなみの動作をコピーした三匹のイルカたちによって、俺たちはレインコートでは防ぎきれないほどビシャビシャにされてしまっていた。


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