風邪がうつって

「まじか……」


 ベッドの上。掲げた体温計に表示された数字は、38度を超えていた。


「これは……結構しんどいな……」


 昨日まなみはなんとピッチャーとしても活躍して勝利を収めていた。それでいて今日はサッカー部の助っ人らしい。タフ過ぎる……。


 まなみがピッチャーになった後半戦の段階で嫌な予感はしていたので早めに帰宅したというのにこの有様だ。今日はたしか親が帰ってくる日だったはず。飲み物とか、頼もう。

 メッセージをなんとか出したあと、吸い込まれるように眠りについた。


 ◇


「あれ……?」


 おでこに熱冷ましが貼ってある。自分でやったわけじゃないはずだ……。


「帰ってきてたのか……?」


 母さんたちが帰ってきてたならうるさくて起きそうなものなのに……そんなひどかったのか……?


「おーい」

「あら、起きたのね」

「え?」


 部屋に入ってきたのは小さな鍋を持ったエプロン姿の愛沙だった。


「これ、食べられる?」

「あ、あぁ……」


 よくわからないけどテキパキベッドの周りを片付けていって鍋にはいったお粥やらスポドリやらを並べてくれた。


「まずは飲み物」

「はい……」

「これ、は……ちょっとまだふらついてるわね」


 待て待て。なんで愛沙がいるんだ?

 俺は親に連絡したよなと思い携帯を確認する。


 《大丈夫ー? ごめーん。お母さんたちが帰るの明日だから、愛沙ちゃんにお願いしちゃった》


 まじか……。


「なに?」

「いや、ごめんな、わざわざ……」

「康貴がいま謝れば謝るほど、私も同じように気にします」

「あー……」

「というわけで、気にしないで」

「そうか……」


 まぁ、そうか……。俺は別になにも苦じゃなかったが、愛沙は忙しくないんだろうか……?

 大丈夫か?


「不安そうな顔しなくても、味見もしたわ」

「その心配はしてないんだけど……」

「じゃあ食べて早く元気になって」

「ああ……」


 お粥を受け取ろうとするが愛沙が制した。


「今の康貴、思ってるよりふらふらだから」

「そうなの、か?」


 自分ではよくわからないな。


「だからほら……ふーふー…………はい」


 赤い顔を俯かせてスプーンをこちらに差し出す愛沙。


「はい……?」

「だから、えっと、あーん!」


 半ば無理やりくちにツッコまれた。


「あつっ」

「あっ! ごめん! えっと、タオルタオル」


 バタバタと慌てる愛沙を見て何故か安心感を覚えた。


「ありがとな……」

「なんで今言うのっ!」


 たしかに何にお礼を言ったかわかりづらいなこれ……。俺が変態みたいだ。


「多分食べられるぞ、自分で」

「ダメです」

「ダメなのか……」


 また口元にスプーンが突きつけられる。


「今回はちゃんと冷ましたわ」

「そうか」

「だから……もうっ! あーん!」


 迫り来るスプーンに口を開ける。


「ど、どう……?」

「はふい」

「熱い、ね。でもそのくらいでも丁度いいでしょ」

「美味しい……ありがとう」

「どういたしまして……」


 結局なにか意地になった愛沙にお粥はすべて食べさせられてしまった。

 お互いかなり恥ずかしい思いをしたことは、言うまでもなかった。


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