キャンプ⑤
「誰もいないねえ」
まなみは何でも楽しそうだ。キャンプ場の水場は数少ない灯りがある施設。夜は必然的に虫が集まってくるんだが、まなみにとってはそれすら面白いようだ。
「流石にちょっと気持ち悪いな……」
「康貴までまなみみたいになられたら困るわ……」
そう言って顔を洗い始める愛沙。
化粧とか、がっつりしてるイメージはないにしてもまったくないなんてことはない、と、秋津に聞いたことがある。そのあたりいいのだろうか?
いやそもそもクライミングのあとにシャワーを浴びてから化粧してるかどうかもわからないんだが……。
「どうしたの?」
「いや、まぁいいか」
不思議そうにしながらもそのまま顔を洗い始める愛沙。気にしてないならいいだろう。
俺も歯を磨き始めようと動き出したところで再び筋肉痛が襲ってきた。
「歯磨きはダメなのか……」
ここまで色々作業をしてきたが腕に来る基準はわからなかった。何かを押したり引いたりは意外と出来るんだが、ものを持とうとするときつい。
晩飯がカレーで助かったと思う。箸を使えたかと言われたら怪しい……。少し落ち着いたが飲み物すら持つのがしんどかったくらいだ。
「康貴……もしかして……」
「多分愛沙もなるぞ」
俺より被害がひどいのは愛沙だ。絶望的な顔を浮かべる。
「んー? んーんんんー?」
まなみが歯磨きを口に突っ込んだままどうしたの? と聞いてくる。
「いや、筋肉痛でな。多分愛沙、歯磨きめっちゃ時間かかるぞ」
「んー!」
「一回口ゆすいできたらどうだ……?」
まなみが何か喋ろうと必死になっている。促すとすぐに口をゆすいで戻ってきた。
「康にぃが歯磨きしてあげたら良いんじゃない?」
何を言い出すんだ……。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
呆れているとまなみが愛沙を引っ張って何か耳打ちしている。
愛沙から小声で「ほんとに……?」とか聞こえている。良からぬことを吹き込まれてるのは間違いない。
「愛沙、何言われたかわからないけど」
「康貴、ちょっとお願いしようかなと思うのだけど……」
まじか……。
「……いや?」
その聞き方はずるいと思う。
「やっぱりちゃんと歯は磨いたほうがいいから」
「まぁ、それはそうか……」
口を開けて上目遣いの愛沙にドキドキする。
「はい。康にぃ」
「あぁ……」
歯磨き粉のついた歯ブラシをまなみに渡される。
人に歯磨きなんかしたことないぞ……どうすればいいんだ……。
「ほらほら! はやくはやくー!」
「わかったよ」
不安そうな愛沙の表情とまなみの声に急かされ歯ブラシを口に入れる。
「んっ」
「痛かったか?」
「んーん」
大丈夫だと目で訴える愛沙。奥歯から少しずつ、磨いていく。なんだこれ……緊張する。
「大丈夫か?」
「んっ」
喋れない愛沙は妙に子どもっぽいなと思っていたが、徐々に頬が赤らんできて涙目になってきて変な色気がある。
顎に手を添えてるせいで距離も近いし色々やばい……。
「はいっ! 終わり!」
「んんんんー!」
「お礼はいいから早く口をゆすいでこい」
なんで歯磨きだけでこんなドキドキするんだ……。
愛沙が離れてホッとしているとまなみが近づいてきて耳元に顔を寄せてくる。
「ね。良かったでしょ?」
何も答えられず黙り込むしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます