プールデート3
愛沙に手を引かれて連れてこられたのはこの施設で最も大きい流れるプールだった。
屋内外にまたがる施設のうち、外の施設の外周を覆うように流れるので、移動がてら入ることも出来る。膨らませた浮き輪に愛沙を乗せ、遠慮がちに縁に手をかける。
愛沙と至近距離で目を合わせる羽目になった。
「……なによ」
「いや、ごめん」
手を離して離れようとしたら、愛沙が手を掴んで引き戻される。
「……康貴が持ってきた浮き輪なんだから、使ったら良いじゃない」
「そ、そうか……」
ぎこちないながらも再び距離を詰める。
「……」
「……」
お互い顔が赤い。言葉もないまま一周流されてきた。
「愛沙……」
「なに……」
「ウォータースライダーとか、興味ないか?」
「なくは……ない」
「じゃ、いくか」
「ん……」
そのまま半周、言葉もなく流される形で目的地を目指す。
周りのカップルが同じような体勢で流れているのを見ると、同じような状態の自分たちの姿が浮き彫りになるようで妙な気持ちになった。
「ふふ……ちょっとぉ、いま触ったでしょー?」
「えー? わかんなかったなぁ」
「きゃっ! いまのは絶対触ったぁ!」
俺と愛沙とは決定的に心の距離が違う様子を見せつけられている。いや、あれをやりたいかと言われれば……。
愛沙を見るとそのカップルを凝視して顔を真っ赤にしている。
そりゃこんな可愛い子と触れ合えたらまぁ、男として嬉しくないはずはない……。が、今じゃない、ここじゃないと言い聞かせる。
熱に浮かされた頭を冷やすためにあの日の愛沙の言葉を思い出す。
「私もちょうど、夏っぽいことはしたいけど、クラスの子達と約束はしてないし……男子と出掛けるのってなんかちょっと……まあでも、康貴なら幼馴染だし、無害だし、私の夏っぽいことをするためってだけなら、一緒に行くけど……」
妙に必死な姿を思い出すと変な期待や気持ちが湧き上がるが、言葉通りに受け取っておいたほうが俺の精神衛生上良い。つまりあれだ。決して周りの様子に浮かれたり合わせたりしちゃいけない。
今愛沙が俺と一緒にいるのは俺が“無害”だから。そう自分に言い聞かせて、改めて愛沙に向き直る。
「大丈夫? 顔が赤いけど」
「焼けたかもな。じゃ、並ぶか」
ごまかすようにウォータースライダーの列に並びに向かう。
「ちょ、ちょっとまって……」
潜るのを嫌がる愛沙は浮き輪から出るのに苦戦している。
ちょっと子どもの頃を思い出す光景に安心感を覚えて手を差し出す。
「ありがと……」
浮き輪を受け取ってから、改めて手を取って引き上げる。
「じゃ、行くか」
「ん……」
取った手をぎゅっと握りしめられて驚くが、不思議と離す気にはならなかった。
「なに……」
「いや」
顔を背ける愛沙の顔が赤いのが、怒っている赤さでないと確信を持てたのはこのときが初めてだったかもしれない。
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