プールデート4

 スライダーをはじめとしたアトラクションの多さに助けられ、ぎこちないながらもひとしきり遊び尽くすことができた。

 屋外で遊び尽くし疲れた俺の提案で、室内施設に入って落ち着くことになった。


「ここ、こんなことになってたのね……」

「そうだな……」


 洞窟型の施設の中は40度近い温泉のようになっていた。


「ちょうど休憩できてよかったんじゃないか?」

「そうね」


 スペースを見つけて腰を下ろす。湯気でよく見えていなかったが、ここはカップル御用達らしく、周囲はほぼ全てカップルで埋め尽くされていた。当然距離も近い。


「ねえ、もうちょっと近づかないと、場所が……」

「あぁ……」


 カップル向けにスペースが分けられているせいでそういうことも起こるらしい。

 ほとんど肩が触れている状態でなお、身を寄せてくる愛沙を避けるスペースはなかった。


「んっ……」


 この状況でその声は本当に勘弁してほしい……。

 それでなくても温泉に2人で入ってるような錯覚に陥るんだ。実際に横を見れば水着を着ているのはわかるんだが、それを確認してしまうとそれはそれで変な気持ちが沸き起こること間違いなしという八方塞がりの状況だった。素数でも数えるしかないかもしれないと思っていると愛沙のほうが口を開いた。


「ねえ。康貴」


 お互いに顔をそらしているので表情はわからないが、多分その顔は、ここ最近で一番やわらかいものだ。


「なんだ?」

「あのね……私ずっと、康貴に謝りたくて……」

「謝る……?」


 愛沙の言葉を待つ。


「ん……。私ね、自分でもこの性格が、嫌になるときがある……」

「なんでまた……」


 普段、俺以外に接しているときの愛沙の性格が悪いなんて全く思わない。その証拠にクラスで間違いなく中心として周囲に人が集まり、クラスメイトたちにも慕われているし、仲が良くなかったとしても、相当な人気になっている。


「私は多分、甘えてたんだと思うの」

「甘え……?」

「そう。康貴のこと、家族みたいに思ってる」

「それはまぁ、そうやって育ったからな」


 俺たちは本当に兄妹か、姉弟か、そういう風に幼少期を過ごしてきている。


「そう、ね……。でもね、だからって、私達は血がつながってるわけじゃないから」

「そりゃそうだ」

「それを、わかってたはずなのに、私は康貴がどこにも行かないと信じて甘えてたんだと思う」


 甘え……か。それをいうなら俺だって多分、心のどこかで愛沙は特別で、愛沙にとってもそうだと思って過ごしてきたと思う。


「進学して、距離ができちゃって、自分でもよくわからなくなって……。それでも康貴なら、見捨てないでくれるだろうなって思ってた」

「そりゃまぁ、見捨てたりはしないけど」

「うん。でもやっぱり、距離が開いちゃえば、兄妹じゃない私達は簡単には戻れない」


 そうだ。だから俺は愛沙と離れたし、愛沙もそれが良いんだと、そう思っていた。


「私ね、康貴がまなみの家庭教師って形でうちにくるようになって、また家族みたいになるんじゃないかって、勝手に思ってた」


 愛沙の言葉の意味はなんとなくわかる。

 ただやっぱり、距離の開いた俺たちが自然と距離を詰めるのは難しかった。


「まなみのおかげでここまで来て、流石に姉として私も、しっかりしなきゃって思ってね」

「おう……」


 愛沙がそこで初めてこちらを向いた。俺も釣られて目を合わせる。


「私は素直じゃないから、多分康貴が優しくってもそういう態度を、これからも取るときがあると思う」

「そうだな」


 思わず笑ってしまう。そんなことを面と向かって言う愛沙に。

 そんなものはもう、今更なんだ。これまで何年それに付き合ってきたと思っているのか。


「ふふ。うん。康貴がそれでも許してくれるから、私はそれにたくさん甘える」

「すごい宣言だな」

「うん。でもその代わりね」


 ぐっと愛沙の顔が近づいてきて、ドキッとする。


「私も康貴に、なにか出来ることを探す」

「なにか……?」

「そう。何か。もちろん普段の態度も気をつけるけど……」

「それがすぐどうこうならないのはよくわかってるからいいよ」

「むっ……」


 子どもっぽく膨れる愛沙だが、反論はできないらしかった。


「ま、そんなに気を使わなくていいんだよ」

「でも……」

「俺は今日、愛沙がそう思ってくれてるのを聞いて、嬉しかったから」

「……ん」


 家族だったあの頃のようにと愛沙が望むなら、普段の態度だってあの頃の素直になれない愛沙のままだと思える。


「なによ……」

「いや、すっかり人気者になって、あの頃とはぜんぜん違うと思ってたからさ」

「そう簡単に変わらないわよ」


 変わらないまま甘えられたのが家族だけだったってことか。そこが変わっていないならよかった。


「あのさ」

「なに?」

「これからもよろしく」

「ん……」


 なんとなく、口に出した言葉が愛沙に届いたところで、2人とものぼせてしまいどちらからともなくそこを出ることを決めた。


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