第9話 ATTACK OF MOB SHARK
ピンク色の髪をオールバックにしたブーメランパンツ姿の男がパツキンギャルの手を引く。
ホテルのロビーから連れ出そうとしているようだ。
「いいから早く行こうぜ! PONGPONG!」
ポンポン! というのはチャラ男が発する擬音のようなものらしい。ウェイウェーイってのはもう古くて今はこれらしい。知らんけど。今ここにいるということはこんなヤツでも勇者五芒星軍の一員であるらしい。
「えーヤダー! ぜってー肌焼きたくないし! マジでクソ丸水産なんですけど!」
「まあまあいいから見てくれよ。この素晴らしい海を。ヤバくね? マジでバイブスブチ上げのアゲアゲエブリ騎士じゃね?」
ここはワイキキキキ先端海岸。キラウェイビーチほどの知名度はないが、その雪のように真っ白な砂浜とエメラルドグリーンの海水の美しさは世界一とも言われている。このときも海に入って泳ぐもの、ビーチで日光浴をするものが数十人もいた。
だが。ギャルはそれを見て首を捻る。
「たしかにヤバ谷園の広東風カニ玉ってくらいキレイだけど。なんか奥の方汚くない?」
「奥の方が汚い? おまえのアソコじゃないんだか――ん? ほんとだ」
チャラ男とギャルの言う通り、沖の方に行けば行くほど二級河川の濁流のごとく茶色みがかかっていた。
「ゲロクソキタネエと思う今日この頃のオレだぁ……」
「ねえ! 『汚み』が近づいてきてない!?」
「――!? 逃げ――!」
チャラ男とギャルがその濁流がドロかなんかではなく『背が茶色いサメの大群』であることに気づいたときにはもう遅かった。
「ぎいやあああああああああああああ!」
「いやああああ! おいしくない! おいしくな――!」
濁流は海岸にいた人間すべてを飲みこんだ。
あるものは首をぶっちぎられ、あるものは丸のみにされ、あるものは腹辺りに嚙み付かれ内臓をぶちまける。
海水はピンク色ににじみ、真っ白い砂浜はケチャップでもぶちまけたような有様となった。
彼らは『ヨゴレ』と言われるサメの人鮫族である。それは人間が勝手につけた名前であり、自分たちがヨゴレだと思って生きているわけではない。
彼らのリーダーと思われるひときわ大きな個体が叫んだ。
「第一陣! 『ブラウンシュガーズ』! ミッションコンプリート! このまま上陸します!」
『ビリビリー! ハローシャークチューブ! 六兆ボルトのハンマーロリ巨乳! ヒカリ・アローナ―です!』
ヒカリはいつものように『思い切り媚びてブリっこをした、しかしどことなくサバサバとした本質が伝わるような(アレク談)』不思議な魅力ある声とポーズでWEBカメラの前にしゃしゃり出た。
彼女の前方には操縦桿を握るアレクとその横でふんぞり返って座るメグ。
二人の姿もカメラにはバッチリ写っている。もはや視聴者にもお馴染みである。
『さあ時刻は午後十三時! いよいよ始まりました! 歴史的大襲撃超事件が! おお! 早くもすんげえ閲覧者数! ありがとう! がんばるからね! えーっとじゃあまずはっと』
ヒカリがすっと指をさして指示を出すとアレクが操縦桿の小さなボタンを押した。(いつもこういう感じなのでアレクは視聴者たちから『パシリザメくん』と呼ばれていた)
するとジンベエザメサブマリンの口腔から、ミニサイズのジンベエザメロボットが羽ばたいてゆく。
『いまのカワイイの見えた? こいつは『ミニミニジンベイドローン(カメラ付き)だよ』こいつを操って各地の襲撃の様子をお送りします。えーっと。カメラチェンジ!』
パシリくんがレバーを引くとカメラが切り替わり、視聴者の瞼の裏のスクリーンには小奇麗な店舗がズラりと並んだ映像が流れる。
『ここはアラララララショッピングセンターっていうそうですよー。なんか税金が免除になる免税店があるってことで欲の皮が突っ張ったヒューマンのババアどもがたくさん訪れるそうです。つーか税金ってなんだよ。テメーらなんの疑問も持たずに払ってるけどホントばっかじゃねーの? って感じです♪』
スクリーンにはショッピングをするご婦人方の映像が映る。
「あら奥様。そちらの大きなバッグステキですわね」
「ええそうでしょう? ジッパーなんかイカつくていいかんじ。買っちゃおうかしら」
かなりお年を召しているように見えるが恐らく強力な戦士なのであろう。
「でも中身はどうなってますの? 買うならちゃんとカクニンしておかないと」
「ええ。頭を中に突っ込んでガッツリカクニンしますわ! あらあ中もステキねえ。内臓なんて黒々赤々として――ん? 内臓?」
夫人の首は鋭く尖ったジッパーに嚙み付かれてぶっちぎれた。レディースファッションフロアにゴロンと転がる。
『おおおおお! やった!』
『ババアザマアアア!』
『ん!? カバンがサメだったってこと!?』
視聴者から(文字による)大歓声があがる。
アレクも『ちょうしいいじゃない。おっぱいもでかいし』などとコメントを打つ。
『彼はね変異種人鮫族の『バッグシャーク』くんでーす。今回、彼みたいな面白シャークをたくさん集めてるから、衝撃映像をお楽しみにね!』
――惨劇は続く。
若い女性がどうでもいいヤツへのお土産にしようと思って買ったマカダミアンナッツからはかわいらしいミニナッツジョーズが現れるし、ご当地グッズである南国ティティーちゃんはよく見ればキャットシャークだ。ストレス溜まってそうな中年がええ臭いやっつってハイビスカス・キャンドルを嗅げばそれはガスシャーク。とにかくお土産というお土産が全て鮫まみれになっている有様のようだ。
「おいおいヒカリ。店の人とか素人さんには手を出すなよ」
「大丈夫。大丈夫。それとなくチラっと言い含めてあるから」
「それとなくねェ」
それぞれがこころゆくまで人間を食べる。食べまくる。
これは間違いなく衝撃映像だ。
閲覧者数がドンドン増える。コメントの数も凄まじくたびたび表示がバグっていた。
「たくさんの再生とコメントありがとう! おお! 『投げエサ』もすごい!」
投げエサとは。シャークチューブの配信者に対して回線を通じて金銭を寄付するシステムである。われわれの世界でも似たようなシステムがあることはご存じの方も多いであろう。寄付する側にはなんのメリットもないシステムがなぜだが人気配信者の懐にはアホらしいほどの金額が寄付されるらしい。
『ん? なにこれ! とんでもない額入れてくれてる人がいる! すんげえ! ありがとねー! オカネさいこーーーーー!』
――そんな事態にも関わらず。
勇者はこの日ものんびりとビーチで過ごしていた。
心地よい波の音を聞きながら長めのビーチチェアに寝転んで目を閉じている。
そこへ。
「えいっ!」
幼馴染みの少女がジュースを頬に押し当てて脅かす。
ラブコメにおけるひとつのテンプレートムーブである。
「ああ。ありがとう」
「ふふふ。なんかニコニコしながら寝てたね。楽しい夢でも見ていたの?」
勇者はなにか含みのありそうな笑顔を浮かべるとこんな風に応える。
「うん。カワイイけどゼニゲバの女の子がね「オカネさいこーーーー!」って言いながら暴れてる夢だよ」
「なにそれー変なのー」
少女は口に手をあてて笑った。
「だからねいっぱいお金を上げたんだ。彼女に」
「やだー。でもそういう変な夢って見るよね。わたしも――」
『さあ今度はアララララグルメストリートにやってきました! ここでは変な風に加工した食べ物を原価の数兆倍の値段でふるまってるみたいですよ。食いものなんてハラにたまりゃあなんでも一緒なのにねぇ。このメグたんもどえらい食い意地が張っててさ、人間っていうのはどうしてああもいやしいんでしょーか』
「殴るぞおまえ」
「やっめとけって」
『じゃあちょっとあの店に入ってみましょうか』
ドローンが入店したのは『エッグイズ・エブリシング』という店だった。
ハウラニー島で産まれた軽食店で今や全世界にチェーン店が存在する超人気店だ。
名物はパンケーキで、なかんづく薄いパンケーキを親の仇みたいに積み上げまくった『パンケーキ・タワーマンション』の人気は絶大であった。
さきほど入店したカップルもこれを注文してパシャパシャと写真を取っている。
「そういえばヒューマンリージョンではちょっと前までこんなのが流行ってたらしいよ」
女の方が立ち上がって『パンケーキ食べたい♪ パンケーキ食べたい♪』などと歌いながら変な踊りを踊った。すると。
――ニンゲン食べたい♪ ニンゲン食べたい♪
パンケーキの一枚がなにやら放歌しながら飛び出してきた。
その物体は男の喉笛に食いつき、のどぼとけを噛み千切り、さらに女の方ののどぼとけも噛み千切る。女はオカマだったのだ!
『彼はパンケーキジョーズくん。カスザメの変異種人鮫のひとつですねー。彼以外にも食べ物系の変異種シャークくんはたくさんいるよー』
名物のロコモコ、ポキ丼、スパムおにぎり、アサイーボール、かき氷、エッグベネディクト。あらゆるものがサメであった。ココナッツを割ってジュースを飲もうとすればちっちゃいドワーフランタンシャークが背ビレを出して泳いでいるし、高級フランス料理店ではキャビアが孵化してチョウザメが金持ちの目玉をおいしく頂いた。ちなみにチョウザメは『サメ』と名前に入ってはいるがサメ族ではない。ちなみに全然近い種類でもない。
「おっ。チョウノくん。活躍してくれてるじゃん」
親友の活躍にアレクが腕を組んでうんうんとうなづく。
『あらら。悪食なヒューマンのみなさん。食べるつもりが逆にパックリといかれちゃいましたねえ』
メグはアレクにミニジンベイの進路を変えるように指示を出す。
パシリザメくんは素直に従った。
『さーて次はメインディッシュですよ! いよいよ! 悪の総本山! チンカスの枢軸! オマンキーたちの反逆児を殺しにいきます!』
ミニジンベイは『キラウェイビーチ』の方に進路を取った。
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