第8話 XDAY EVE

 ――その日の深夜。

 アレクはベッドから体を起こすとパジャマ姿のままアジトのベッドルームを抜け出した。

 なるべく音を立てないようにこそこそと忍び足で中央の居間を歩くと、そのままアジトの出入口の扉を開く。

 外に出れば無論そこは深海世界。彼は服が濡れないように気泡で体を覆う術を起動、それから当たり前といえば当たり前だが実に達者な泳ぎでわずかな距離を泳ぎ、ジンベエザメサブマリンに辿り着いた。

 彼のお目当てはどうやらサブマリンの宴会場に設置されたワインセラーの中にあるもののようだ。

 ど・れ・に・し・よ・う・か・な。とけっこう迷ったのち、その内の一本を取り出し、ついでにワイングラスも取ってテーブルに置く。

 彼は普段は決して酒飲みというわけではないが、たまには飲みたくなる夜がある。という程度には酒が好きだった。

 グラスに入った赤色の液体をちびちびと口に運んでいると、ギイと音を立てて入り口の扉が開く音がする。

「メグか」

「なぜわかった?」

 メグが少々驚いているのはアレクが扉に背を向けて座っていたからだ。

「足音でなんとなくな」

「そうか」

「まあ選択肢も少ないし」

 メグはアレクの対面の椅子に腰を降ろす。

「やるかい?」

「少しだけ」

「グラス出すよ」

 しばらくの間二人は無言でグラスを傾けていた。

 カチカチ……という時計の音が聞こえる。

 アレクはこのまま静寂を楽しむのもいいなと思いつつも口を開いた。

「珍しいじゃん。おまえがつき合ってくれるなんて」

「たまにはな」

「まあ俺もたまにだけどな。俺たちゃそういう所だけはオヤジに似なかったな」

 二人は生前の鮫魔王の酒豪ぶりを思い出して苦笑いした。

 それからまたしばらくの沈黙。

 今度先にメグが口を開いた。

「眠れなかったのか?」

「まあな」

「素直だな」

「オヤジたちがいたころは闘いの前の日だからってこんな風に不安になることもなかったが。――あ、すまん」

 目からぽろりと涙をこぼすメグ。いい加減慣れないといかん、などと自嘲しながらパジャマの袖で涙を拭う。

「仲間がたくさん集まってくれたのはよかったけどよ。あの頃の仲間はいないんだと思うとちょっと……な。実力はあるんだろうけどなんというか信頼感というか――」

 言葉の途中で、メグはアレクのツンと伸びた鼻さきをデコピンの要領でパチンと弾いた。

「……いて。おまえなァ」

「バカなこと言ってるからだ」

「どういう意味だ」

「忘れるな。わたしがいるだろう」

 アレクはメグのよく見慣れた顔をじっと見つめる。

 彼女と過ごした長い時間、その中の様々な思い出がアタマをよぎった。

「そうか。そうだったな。おまえがいたな」

 アレクがそういうとメグは珍しく穏やかに微笑み、それからグラスに残ったワインを飲み干した。アレクも同じようにグラスを空にする。

「――よし。じゃあもう寝るか」

「えっ!」

「なにかあるのか?」

「……なにもない。でもバーカ。バカザメ」

 メグは足早にサブマリンを後にしてしまった。

 アレクはなんだよ……と呟きながらワイングラスとボトルを片付けると、同じようにアジトに戻る。今度はよく眠ることができた。

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