第7話 THE SHARK KILLER

 人生の半分以上をシゴトでドブに捨てるヒューマン族と違い、人鮫族は『鮫生』の九十五パーセントを遊んで過ごすため、逆にあまりレジャーとか観光といった概念はない。

 従ってブルー・リージョンに『観光スポット』というものができたのはヒューマン族が入ってきてからのことである。

 その中でももっとも歴史が古く、人気が高いのがハウラニーと言われるリゾートアイランドだ。敷地面積は一五三四五㎢。日本の四国を一回り小さくしたくらい。

 遊園地やゴルフ場、巨大ショッピングモールなどさまざまな商業施設が作られた一大観光名所ではあったが、なんといっても目玉はその美しいビーチ。中でもこの『キラウェイビーチ』の人気は圧倒的であった。なんとここの海の水は隣接するキラウェイ火山の地熱の影響により常に『温水』なのだ。しかもただ暖かいだけではなく、日本の箱根の温泉のごとく火山から有効成分まで溶けだしている。そのためこのビーチは季節を問わず一年中、サーフィンや海水浴バーベキューを楽しむ客に加え、ただ浸かるために来たご老人や温泉マニアたちでごった替えしていた。


 ――ただし。今日だけは例外。


「わーホントにあったかい! そーれ!」

「キャッ! ちょっとやめなさいよね!」

「あっ……かめさん」

「はわわわ! 水着が取れちゃいました!」

 ビーチにいるのは背格好様々だが、いずれも華のあるキラキラ輝くような四人の女の子。

 それから――

「みんなー。バーベキューの準備ができたみたいだよ」

 サラサラしたブラウンの髪の毛に白い肌、細い体の優男だった。

 四人の女の子のウチ一番年長と思われる娘は彼の方を振り返ってこう言った。

「はい♪ 勇者さま」

 本日このハウラニー島は『勇者五芒星軍』によって貸し切られていた。なんでも『鮫魔王』討伐一周年記念に一週間ほどのバカンスを楽しんでいるらしい。

 海から上がってバーベキューのテラス席につくのは五人の少年少女たち。一見してそうは見えないが彼らは殆ど彼らの力だけで鮫魔王を倒した『メインパーティ』の五人であり、その彼らがキラウェイビーチを堪能中とあっては他のものたちはちょっと近づけないらしい。

「じゃあさっそく焼いていこうか」

 テーブルに並ぶのは切り落としにされたホホジロザメ、大メジロザメの内臓、それに丸ごと一匹のミツクリザメ。こいつらをこのバカでっかいバーベキューコンロに乗せて好きな塩梅に焼くわけである。

「豪華ですねぇ」

「ま、この私にふさわしいといってもいいかしらねえ」

 それ以外にもカスザメのフライやサメの牙のからあげ、巨大な甕にたっぷりと注がれたフカヒレスープ、サメ肝油のウォッカカクテル、さらにはネコザメの卵のスイーツなどというものまで並べられていた。

 これぞハウラニー名物のサメバーベキューフルセット。

 もっとも。この時代、ハウラニーに限らずどこでもサメ食べ放題ではあったが。

「わあ! ホントに美味しいね!」

 栗色の髪の毛をおかっぱショートカットにした女の子が幸せそうに頬に手を当てながらつぶやく。小さめの身長でややぽっちゃりとした体型ではあるが、青いビキニからあふれたその大きな二つの『丸いもの』にはなかなか犯罪的なものがある。まあその体は元々はオートマトンであり体型にもし罪があるとして彼女の責任ではない。製作者の趣味がアレだというだけである。

「そういえば、小さいころはよくこうやって一緒にごはん食べたよねー」

 彼女は左隣に座る勇者をうるうるとした目で見つめながらつぶやく。

「うん。懐かしいね」

「あのころと比べたら二人とも大きくなったよねぇ」

「そ、そうだね」

「ちょっと……! どこ見ながら言ってるの!」

「ご、ごめん」

「あっ怒鳴ってごめんね。恥ずかしかっただけなの。あのね。私フィンくんになら――」

 見つめ合う二人。――だが。

「ちょっとアンタたち! すぐに二人の世界に入ろうとしないでよね! 『人間』の頃からの幼馴染みだかなんだか知らないけど!」

 勇者を挟んで反対側に座る少女もまた大変な美少女であった。目つきはやや鋭いが完璧に整った顔立ち、金色の髪の毛を黒いリボンでツインテールに結んで、白のフリルがあしらわれたワンピース型の水着に身を包んだ姿は大変華やかだ。胸こそまな板の形状ではあるがほっそりとした体、特にその脚線美は素晴らしい。オートマトンを作ったヤツを褒め称えたい気分である。

「わたしは勇者のことなんかぜんぜん好きじゃないんだからね! だけどぜんぜん好きじゃないヤツが相手でもそんな風にやられたらちょっとムカツクっていうか! 好きじゃないけどなんか妬ましいってゆうか……いや妬ましいってゆうのは違うな、なにせ好きじゃないだから。とにかく辞めなさいよね! ちなみに大事なことだからもう一回言っておくけど私は勇者のことなんか全然好きじゃないんだからね!」

 ひとつのセリフに『好き』という言葉は五発も入れながら少女は勇者を至近距離で指さして喚いた。――そこへさらに。

「じゃま」

「ギャッ!」

 もう一人の少女がツンデレ少女が座っていたイスをひっくり返して勇者の腕に抱きつく。

 幼馴染みとツンデレに比べてかなりちっちゃいっというかロリロリした女の子である。キラキラと輝く神秘的な銀色の髪の毛。白い肌と黒いゴシックロリータ調のセパレート水着のコントラストが大変美しい。いっけんしてエロチックさはまるでないようにも思えるが、その真っ白な首から鎖骨にかけたラインは大変にいやらしく、オートマトン製作者に対してはこのド変態めという言葉を送りたい。

「ねえ。このスイーツ美味しいよ」

 そういって彼女はテーブルに置いてあったネコザメの卵のスイーツを口に咥え、

「お兄ちゃんにも食べさせてあげる」

 勇者の唇にそっと口をつけると、スイーツを舌で転がして口の中に差し入れた。

 そして舌を入れたまま動かない。

「キャー――!」

「なにしてんのよアンタ!」

 幼馴染とツンデレが悲鳴を上げる。

 だが。

「ひゃあああああああんんん!」

 そいつをかき消すほどの大音量の奇声を上げたのは黒髪をアップにした女性。勇者たちより少々年上で、他の女の子三人に比べてると地味な顔立ちをしているが、その胸部たるや! 『地味顔の爆乳』というのははっきり言って霊長類オス全員が大好きな女性の種類である。ありがとう! オートマトン製作者!

「む、胸の谷間に! 真っ白でドッロドロのフカヒレスープがこぼれちゃった!」

 彼女はテーブルの上にズドーンと身を乗り出し、対面に座る勇者の顔を胸の谷間に挟んだ。

「勇者さまぁ……拭いてくださぁい……お口でぇ……」


 ――彼らのそんな大騒ぎの様子を、マイクロドローンのカメラがとらえていた。

「見ましたかみなさん! あんなエロいメス四匹もはべらせてなんというイケ好かない男でしょうか! やっぱり殺すべきですねありゃあ!」

 ヒカリのチャンネルでは『大襲撃前日祭』とやらが放送されているようだ。

「アレク。あれどう思う?」

「羨ましいそしてけしからん」

「む。おまえはちゃんと人間にも欲情するのだな」

「いまさら? ってゆうか『にも』ってなんだ。サメにはせんぞ」

「ではなぜ……」

「なにが?」

 メグはそっぽを向いてなにも答えない。アレクは首を傾げる。

 なぜかコメントが荒れた。

「えー。もうなんども言ったけど! 作戦決行はいよいよ明日! 今日中にハウラニー周辺の海に集まっておいてね! よろしくよろシャーク!」

 ヒカリはあいかわらず、にょさいなく必要事項を視聴者に伝えていた。


「ふう。おなかいっぱい」

 勇者たちは食事を終え、まったりとアイスコーヒーやジュースなんぞを飲んでいた。

 さっきまでの大騒ぎは一旦収まったらしい。

 店員たちが後片付けを終えたころ、幼馴染みの少女が勇者の腕に抱きついて提案する。

「フィンくんフィンくん。プールに泳ぎに行きたいなー。それかダイビングもいいかも」

「なに言ってるのよ! こいつはこの私とショッピングにいくんだから!」

「ゆうえんちいきたい……」

「わたしパンケーキが食べたいですぅ……真っ白い生クリームをどぴゅどぴゅかけて」

 勇者にしなだれかかる四人。カラダのあらゆる部分が密着している。

 また始まった! と店員は呆れた目で五人を見ていた。

「ま、まあまあ。僕の体はひとつだからさあ。順番ということで……ん……?」

 あらゆる感覚器の性能が常人の十六倍であると言われる勇者がなにかに気づいた。

「なんだかさわがしいな」

 遠くからなにか地鳴りのような音が聞こえる。それと共に砂浜が微弱に震動しているのも感じられる。ごく小規模な地震がずっと発生し続けているようなその感覚。

 他のメンバーもやがて異常に気が付く。

 一般人である店員はキョトンと首を傾げていた。

「なにかあったのかなあ」

 勇者は情報を収集するべくスマートデバイスを取り出す。

「えーっと。こういうエタイがしれないときに見るサイトと言えばやっぱり『ザ・都市伝説』。ええとなになに――。ふーむ。ほほーう」

「なにかわかった?」

「んー……別に心配することもないみたい」

「そう?」

「まあアンタがそういうんだったら大丈夫なんでしょうね」

「うんうん。そんなわけだから。遊びに行こうよ」

 五人はワイワイと砂浜を後にする。

 勇者は少女たちには聞こえないくらいの音量で、

「面白くなってきた」

 と呟いた。

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