第2話 THREE STARS
――それは光だった。
青色。
黄色。
赤色。
三つの光が甲板に舞い降りる。
「アレク。どうする?」
「全員殺す」
「オッケー♪」
三つの光はごく短い会話を交し、それから『暴れ』が始まった。
「ぎいいいやああああ!」
「なんだこいつら!」
三つの光は散らばったサメたちをローキックで海に蹴り出しながら、バンダナガイズを襲った。
「がは……!」
「ぎゃああああ! 死にたくな……!」
まったく容赦のない襲撃ぶり。あるものは剣で、あるものは素手で、またあるものはよくわからない武器で、確実に死に至らしめていく。
「ガーハハハハハハ! 弱い弱すぎるぞ!」
青い光は異形の物だった。優に二メートルを超える体躯、鮮やかな藍色の顔面、ワニのように前に突っ張って大きく裂けた口。そのクセ仕立てのよいタキシードにマントなんぞを羽織って二本足で歩いている。
「つ、強い!」
「なんだ貴様! 名を名乗れ!」
「バカ! こんな怪物に名前なんかあるか! すいませんなんでもありません」
「名前ぐらいあるわ! いいか我が名は―――」
怪物は地獄の底から湧き上がるような声で名乗りホザいた。
「誇り高き元鮫魔王軍は残党! アレクサンダー・ジョーンズ三世!」
「――!」
「鮫魔王軍だと!?」
「くたばれ! 『サメトモ・サモン』!」
怪物は両手を大きく広げて、ものすごい必殺技を放つ雰囲気を放った。
「……あ?」
「なにも起きないじゃねえか……」
「ちょっと遅れているようだ……突然だったからな。あ、きたきた」
「はあ?」
「!? うえええええ!」
次の瞬間。
どこからともなく落下してきた巨大な『ヒトデ』によって、三人の男は押しつぶされた。
黄色い光は小さな背丈の人間だった。
性別はおそらく女性。
艶のある褐色の肌。後ろで結んだ長い金色の髪の毛。よく整った目鼻立ちをしているが、釣り上がった目に宿るするどい眼光は対するものに強烈な威圧感を与える。黒いビキニ状の戦闘服にさきほどの『怪物』とお揃いの黒いマントを羽織っていた。
そんな彼女に突っかかっていくものが一人。
「キミきゃわいいねえ。名前はー?」
先ほどの青バンダナのチャラ男だ。
少女は案外素直に質問に答えた。
「元鮫魔王軍四天王。メガン・モクスリー」
「へーキャワワワワワワイイ名前だね! 鮫魔王軍ってなんだっけ? ラインやってる?」
などとチャラほざきながら、さきほど噴水を起こしたときのように呪文を詠唱する。
青バンダナの頭上にするどく尖った透明な槍が現れた。
一本だけではない。どんどん増える。
――数十本の切っ先が金髪少女に向く。
「アクア・ジャベリン!」
大量の槍が少女に突き刺さった。
「ハッハア! ザマミロ水産!」
水しぶきが上がり少女の姿が消える。
――女は消滅した。そう確信する青バンダナだった。が。
「汚い水だな。肌が荒れるではないか。こんなもの喰らったら」
「バカな!!!!」
少女は前髪についた滴を指で払う。それから。
「サメハダ・イミテーション・アクア・ジャベリン」
低いがどこか甘い部分のある声でそうつぶやいた。
すると無数の透明な槍が少女の頭上に浮かぶ。
数はさきほどとは比較にならない。数百本はあるだろうか。
空が槍で埋め尽くされる。
青バンダナはそれを呆然と見上げることしかできない。
「死にたく――」
槍は青バンダナを完全に消滅させた。
「わあわあ! すっごいヒト殺しちゃってマース! 楽しいいいいいい!」
赤い光も人間に近かった。
性別は女性。さっきと違い『おそらく』と言わないのは胸部に大変大きくてやわらかそうな物体が付随しているからだ。逆に言えば……まあそういうことだ。
『人間である』と言わないのは彼女の臀部から桜色の尾びれのような、尻尾のようなものが伸びて床についているからだ。
金髪の少女ほど整った顔立ちではないが愛嬌のあるタヌキ顔。そのスジのマニアにはたまらない両側八重歯。短く切ったピンク色の髪の毛からは大変活発な印象を受ける。
「なんだこのエロい女!」
ヘソが見える丈のYシャツに赤いネクタイ、桜色のスカートとニーソックスというポップな、そしてけっこうエッチな格好をしていた。
「とんでもなくつええ!」
活発そうなルックスに違わず、素手にて人間の頭部を次々に吹き飛ばしていく。
「なにもんだ貴様は!」
「あっ。ごめんね。自己紹介が遅れました! 私は――」
少女はくるくると回転しスカートをひらつかせながら、顔の横でピースサインを出した。
「二人の助っ人で人鮫族のシャークチューバー! ヒカリ・アローナです! チャンネル登録よろしくね! 登録しないと食べちゃうぞー! しゃくしゃく!」
イタイセリフのわりにさっぱりサバサバとした印象の声でそのようにホザく。
対峙するバンダナガイたちは皆一様にフリーズドライ状態となった。
そんな中。
「くたばれえええええええ!」
赤バンダナの男が赤く燃え盛る剣で斬りかかった。
「あっつい!」
少女が着ていたYシャツとネクタイが燃え、白い下着が露わになる。
「でもざんねーん。これ水着なんだー。だって泳ぐかもしれないからさあ」
そう言いながら男に殴りかかる。
だが。男はそれを簡単にいなし、炎の剣を今度は下半身にヒットさせた。
スカートが燃える。下の水着が露わになる。
「あっつーーーー! もーこんなにサービスする気なかったのにぃ」
それを聞いて赤バンダナはくくと笑った。
「随分と余裕だな」
「そりゃねー。だって一ミリも本気出してないもん」
「出して見ろよ」
「言われなくてもやるよ! ハンマーヘッドオン!」
すると。側頭部から赤く透明な突起物が現れた。
少女のシルエットがハンマーのようなものに変化する。
「キミはけっこうサメに詳しいみたいだね。じゃあこれがなにをするものか。わかるよね?」
突起物が突如、赤い電撃のエフェクトを放つ。
「ロレンチーニオーバードライブ! ビリビリシャークケージ!」
電撃は次第に実態化。赤く透明な檻となって赤バンダナを閉じこめた。
「くっ! こんなもの!」
「ああ。ムダムダ。絶対に逃げられないし、もがけばもがくほど魔力を吸われちゃうよ? きみ程度だったら一分もあれば――」
そのセリフを最後まで聞くことなく、赤バンダナの肉体は消滅し後には骨だけが残る。
「あー。一分ももたなかったねー。つまらんつまらん」
やれやれと後ろを振り返ると怪物男のアレクと金髪少女のメグがちょうどそこにいた。
「そっちは調子どう?」
「楽勝に決まっている」
アレクが答える。メグは質問には答えずにピンク髪少女――ヒカリに苦言を呈する。
「またそんな格好になって。本当に貴様は品がないな」
「えー? だってテキがさあ、ワザと服が破れるような攻撃してくるんだもん」
「おまえがワザと破れやすいような服を着ているんだろう」
「まあそれもあるけどさ」
「下らないこと言ってる場合か。残りも殺って――」
アレクがテキのほうを振り返ると。
「逃げろーーーー!!」
バンダナガイたちはアレクたちに背を向け甲板の手摺に足をかけ、海に飛びこんでいった。
「あーあ。ばっかでー」
やがて。
ぎいいいやあああ! という悲痛なさけびが聞こえた。
海面が紅に染まる。
内臓や肉片がぷかぷかと浮かんだ。
コリコリという咀嚼する音、ごっくんと飲みこむ音。
「まったくう。海の中じゃサメにかなうわけないのにねー」
「ははは。実に愉快だ」
食事を終えた鮫たちは船の方を一瞥するとゆっくりと泳ぎさってゆく。
「じゃあなー。今度飲みにでも行こうや」
アレクはなんだかヒトの良さそうな声でサメたちに手を振った。
血塗れの甲板には三人以外はなんにもいなくなり、海も元のしずけさを取りもどす。
三人はしばし、まんまるい月と無数の星々を映し出す黒いキャンバスの美しさにみとれていた。
「くくく。我らが新生鮫魔王軍に死角なし。だな」
やがて。アレクがそんな風に口を開く。
「おー! もちろんだよ」
ヒカリもアレクの肩を叩きながらそんな風に答える。が。
「さ、鮫魔王軍……」
なぜか。メグの目から大粒の涙がボロボロと零れる。
どんどんあふれて止まる気配がない。
アレクは「またか」というように溜息をつく。
「『魔王』という言葉を聞くたんびいちいち泣くなよ」
「とはいえ貴様……! 思い出すであろうが……!」
ボロボロに涙で濁った声でそのように述べる。
「やっぱり軍団の名前変えるか……?」
「じゃあさじゃあさ『ヒカリチャンネル』なんてのはどう?」
「おまえ要素しかないじゃねーか! しゃしゃんな!」
メグが涙を拭いながら呟く。
「必ず……必ず……カタキを取ります……お父様……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます