第3話 AREK AND HIS FRIENDS
アレクサンダー・ジョーンズ三世はこのときまだ弱冠二十一歳の青年サメであった。
チャームポイントはぱっかりと裂けたワニ口と意外とかわいいルビー色の瞳。
なんか偉そうな名前の通り、彼は名門サメ騎士の家系の出であり、長男坊として将来を嘱望されていた。けど。
『辞めちまえおまえ』
『えーマジで』
あまりの才能のなさに弱冠七歳にして家を勘当された。
すごい仕打ちである。
彼は途方に暮れて街をさまよった。
だが。不思議なもんで彼は死ぬことはなかった。友人を作ってそいつを頼ったり、ちょっとした日雇いの仕事をこなして日銭を稼いだり、あるいはうまいこと大人の同情を買って飯を奢らせたり。むしろ案外楽しい生活を送っていた。
そのうちに。
『ハッハッハ! おまえいいな』
『なにが?』
『いやホントそういうところがいいんだよ』
『なにがってだから』
なぜだか。偶然酒場で出会った鮫魔王にイタク気に入られてしまった。
結局アレクは魔王に身柄を引き取られ、そのまま鮫魔王軍に入隊。持前のなんとなく周りを巻きこんでのらりくらりと生き残る技術で、諜報部隊としてまあまあの活躍をした。
――で、現在。
彼は海底五千メートルの超深海にある、魔王がメカケを囲うために建造した小さなアジトに仲間のオンナと共に潜伏していた。
「ああ……いいわ……AJくん……すごい指使い」
「だろう……?」
「もっと攻めて……思いっきりやって……早く入れてええええ!」
「おまえも……動けよ……」
「うん……ああでもダメ! 動けない! ぜんぜん動けない! もうやっちゃって! あなたが好きなようにやってえええええ!」
「ヒカリ……!」
その瞬間。扉が開いた。
「朝っぱらからなにをやってるんだ貴様ら」
扉を開いたのは金色の髪の毛と褐色の肌が特徴の人間の少女メグだった。
彼女の視界には、一方はベッドにもう一方はソファーに座ってゲーム機を手にしているアレクとヒカリが飛びこんできた。
「なにをって。ゲームしてただけだよ」
アレクはベッドから一切動く事なくそう答えた。
「なんでゲームしててあんな声が出るんだ」
「こいつに聞けよ。俺は普通の声しか出してねえぞ」
「ごめんごめん。ちょっとコウフンしちゃってさぁ。エッチなことなんてしてないから安心してね。貞操観念がないから平気でオトコの部屋に入るだけ。AJくんは安全だしさ。悪い意味で」
AJというのは恐らくイニシャルからとったあだ名であろう。
「とにかく。近所迷惑だからもうやめろ」
「近所なんてないよー?」
「言われなくても辞めるよ。こいつとやってても全然面白くない。人をコキ使うばっかりで全然自分で動かねえんだもの。一人でヤってたほうがずっとマシだ」
「あっはっは。言葉だけ聞くとエッチな話みたいだねー」
メグはアレクに詰め寄り人さし指で胸の辺りを押した。
「だいたい。朝からゲームなんかやってるんじゃない。訓練をしろ訓練を」
「は~。おまえはガキのころからそればっかし」
「貴様が進歩しないから同じことばっかり言われるんだ。図体ばっかりデカくなって」
「自分は全然でっかくならないくせに」
「なに!? おいそれはどこのことを言っているんだ!」
ヒカリはニコニコと頬杖をつきながらその様子を見ていた。
「仲良しでいいなー幼馴染みって憧れる」
するとアレクはハテ? とアゴに手を当てる。
「同じやつに拾われてガキの頃から一緒に住んでるのって幼馴染みっていうのかな?」
「あー言わないかもね。でもなんて言うんだろう? 義理の兄妹ではないし、同棲馴染み? 同じ屋根の下のムジナ?」
「ああわかった。穴兄妹だ」
メグは深い溜息をつく。
「……もういい。まったく二人そろって朝からだらしない顔をして」
「えーでも顔のことならメグたんの方おもしろいよ」
「確かに」
言う通り、今まで描写しなかったがメグの顔にはなぜか大量のレモンスライスが張られ、それはそれは面白いことになっていた。
「馬鹿者。これはレモンパックだ。やらないとお肌が荒れるのだ」
「……相変わらずナゾに美意識が高いな、ぜんぜんキャラに合わん」
そう言われて見てみると部屋着もなかなか可愛らしい赤と黒のボーダーのふわふわパジャマだ。髪の毛も毎日トリートメントを欠かさない甲斐あってサラサラかつ艶がある。
「へーメグたん、イシキタカイケイだねー。かっけー」
「おまえも少しは意識を持て。なんだそのだらしない格好は」
ヒカリは猫のキャラクターの顔がでっかくプリントされた白Tシャツ一枚だけでボトムスなしという格好であぐらをかいて座っていた。
「大丈夫大丈夫。ギリギリでパンツ見えない丈だし乳首透けないように厚めの生地だから」
メグはその胸部のふくらみによって大きく顔が歪んだ猫を見てギリリと歯を噛み締めた。
「いやたしかに見えないんだが、逆に気になって仕方がねえぞ」
とはアレクの弁である。
「えー? じゃあちょっとだけ見る?」
「みるみ……ぎゃあ!」
メグがアレクの腹部に思いきり親指とひとさし指を突っ込み、そしてぎゅっと力を入れた。
「このバカザメ! それでも誇り高き旧鮫魔王軍の一員か!」
ちなみに。通称バカザメという鮫は実在する。本名はウバザメ。大口をぽかーんと開けて
無防備に船に近づいて来て簡単に捕獲されてしまうことからその名がついたとか。ちなみにジンベエザメに次ぐ大きさを誇る巨大な種である。
「やめろ! 肝油を攻めるのだけはダメ! イヤ! お願い! ヤメテ!」
肝油とは。サメやエイの仲間の肝臓に含まれる液体である。彼らは浮袋を持たないため、海水よりも比重の軽い肝油で肝臓を満たすことで浮力を得ている。サメにとって大変重要なものであると共に人間にも栄養食品として重宝されるていることはご存じであろう。
アレクはあえぎ苦しむ。でもメグはやめない。
ヒカリはなぜだか両手をほっぺたに当てながらそれをじっとみていた。
「うわあ……いやらしい……実質セックスだよそれは」
メグはたっぷり二分、肝油をセメたのちようやく指を離す。
「はあはあ……昇天するかと思った……」
「……ちょっとやりすぎたか。ともかく。今日は大事な仕事があるだろう。早く朝飯を作ってくれ」
そういってメグはアレクたちに背を向けた。
ヒカリがアレクにひそひそと耳打ちする。
「あんなにツンツンしたあとに朝ご飯つくってくれだって。おもしろいねぇ」
「まああいつはそういうのまったくダメだからな」
「へー。ぽいぽい」
「聞こえているぞ」
「わかったわかった。やるやる」
「わたしも準備しよ。今日は晴れ舞台だからなー。朝ごはんできたら教えてね」
メグとヒカリは部屋を後にした。
アレクも可愛らしいイルカ柄のエプロンを着用し、朝食の準備を開始する。
アジトの間取りは、中央に大きなダイニングキッチンがひとつ、それを囲むようにベッドルームが三つあるというものだ。一度に何人も女を連れ込むための構成なのだろうか。真偽は不明であるが、これは三人で居住するには実に塩梅のよい作りであった。
「おーい。出来たぞー」
アレクがオタマでフライパンを叩くという古典的方法で招集をかけると、二人はいそいそとベッドルームから出て来て食卓についた。
おしゃれな木製のラウンドテーブルに並ぶのは目玉焼きにベーコン、トースト、サラダ、ヨーグルト、コーヒー、牛乳。この辺りの味覚は人間と変わらないらしい。
「いただきまーす」
「いただきます」
メグは分厚く切られたトーストに目玉焼きとベーコン、サラダをたっぷり乗せ、そいつにマヨネーズをぶっかけると、サメのごとく二口や三口でそいつ飲みこんだ。さらに牛乳を豪快に飲みこみ、プハーという息を吐く。いつものような無表情だが心なしか目がキラキラしている。
「いつみてもすごーい。気持ちがいいねえ」
「もうちょっと落ちついて食べろよ」
「ふん。おまえたちと違って朝の訓練をしていたから腹が減っているんだ」
「そんなもんなのかなー?」
「めっちゃくちゃうまいからだろう? 俺の料理が」
「まあそれもある」
「なんでそこは素直なんだよ!」
「かーわーいーいー」
対して。ヒカリはコーヒーをちびちびと飲んでいるだけであまり料理には手をつけていない。
「おまえももっと食べろよ」
「うーんちょっとまだ胃が起きてないってゆうか」
などとガサツにお腹をさする。胸がふるえてアレクにとって少々目のやり場に困る。
「こっちに来てからは割とケンコーテキな生活してるけど、その前はバキバキの夜型だったからね。四時ぐらいまで起きてたりとか」
「そんな時間までなにしてるんだ」
「そりゃあもちろんシャークチューバ―の活動に決まってるじゃん」
アレクはポンと手(ヒレ?)を打つ。
「やっぱ忙しいんだな。でももうかるんだろう? 月いくらぐらい?」
ヒカリがそっと耳打ちをする。
「えっ……マジ……?」
「まじまじ」
「すげえなお前。さすがに尊敬するわ」
ヒカリはガハハなど笑いつつトーストのはしっこをちぎって口に運んだ。
「いやーでもわたしなんてまだまだだよ。目標のチャンネル登録数一〇〇万人が遠くてね。なんかこう改革をしないといけないなと模索ちゅう」
「そうか。それでもすげーと思うけどな。俺もやってみようかなー」
「ロレンチーニオーバードライブは使えるの?」
「一応な。おまえみたいに強い電波は出せないが」
「じゃーやってみよー」
「うん。どういう風に――」
そこでちょうどパン一斤を食べ終わったメグが口を挟む。
「アレク。やめとけあんなもの。馬鹿が馬鹿騙して金巻き上げて、虚業もいいところだ」
その言葉に日ごろ常にへらへらしているヒカリも少々ムッとした表情を見せる。
「へーそんなこと言うんだったわたしオリちゃおうかなー」
アレクが血相を変えてメグの方に身を乗り出す。
「バカ! 余計なことを言うな! 謝れって!」
「なんだ。おまえは私よりもこいつの方が大事なのか?」
「わぁ。メグたんそれはカワイイを通り越してめんどくさい女だよ?」
「なんだと貴様この脳味噌まで脂肪分の――」
アレクはメグの後ろにまわりこみ、口を塞いだ。
「んーーー!」
「いやいやしかし。まあともかくさ。おまえのおかげで仲間がたくさん集まったのは事実だからさ。ありがとうな。こいつも本当は感謝してるんだよ」
「ふーん。どーかなー?」
不機嫌な様子でコーヒーをスプーンでかき混ぜる。
「とりあえず今日の『宣戦』の方はよろしく頼むぜ! ホントおまえだけが頼りだからさ」
両ヒレを合わせてゴマをする。するとヒカリは機嫌を直したのかわからないが、ニッコリと笑顔を浮かべた。
「まあ他ならぬAJくんにそう言われたら仕方ないかー。それに登録者増やすチャンスでもあるし。ほいほい。頑張りまーす」
アレクはほっと胸を撫で下ろした。だが安心したのもつかのま。
「いって!」
メグの歯が口を塞いでいた手に突き刺さった。
アレクはメグを睨み付ける。
メグは頬を膨らませてそっぽを向いていた。
「いってえな! こんなに歯型できるくらい噛んだら歯ァ折れるぞ!」
「黙れカスザメ」
ちなみにカスザメというサメも存在する。全長二メートルほどの中型種でエイのようなひらべったい体が特徴。大変美味であることでも知られている。ちなみに英語ではエンジェル・シャークという。カスと天使じゃあえらい違いである。
「おまえはだいたい昔っからなにかといえばすぐバイオレンスだ。ちょっとは女性らしくなれ!」
「わたしの胸部が女性らしくないといいたいのか!」
「ウルトラC的なセクハラ被害妄想はやめろ!」
そんな二人の様子を見ていたヒカリが突然、
「クソが!」
などと叫びながら机を叩いた。
二人の時間がぴたりと止まる。
「ど、どうしたの?」
「クソがぁ! ホントカワイイなこの二人! メグたんはいい歳ぶっこいてヤキモチ焼いてぷんぷんしてハリセンボンみたいに膨らませてるし! AJくんは自分が噛まれてるのに相手の歯の心配してるし! いい子かよ! 好きだわああ! チッキショー! わたしに足りないのはこれかあ!? 性格悪いのは隠せてもこの微笑ましさは出ないんだよなあ! だから男はよくても女性人気がない! いっそのこと悪役路線でいったほうがいいのか!?」
クソがと言いつつも大変楽しそう。
アレクとメグはポカンと口。
やがて。嵐が過ぎ去ったようにヒカリが落ちつきを取りもどした。
「はー。ごめんごめんついテンション上がっちゃって。オタク特有のキモイ発作だから気にしないでね。はー。キマったキマった。じゃあわたし準備の続きするねー」
コーヒーを飲み干すとふんふんと鼻歌を歌いながら自室に戻っていく。
アレクとメグはそろって頭の横でくるくると人さし指を回した。
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