BRAVE X SHARK

しゃけ

第1話 DARK OCEAN

 黒いマストに黒い船体。

 闇を纏った密漁船が真夜中の南アトランティス海を航行していた。

「アニキ。こんなところにゃあロクな獲物がいねーんじゃねーですか?」

 青いバンダナをした下っ端船員が広い甲板のド真ん中で寝っ転がりながら尋ねる。

「強いて言うなら『ヤツラ』がいるくらい?」

「くくく。まあ下っ端のおまえにもそろそろ教えてやってもいいか――」

 質問に答えたのは甲板の端で手すりに寄りかかっていた赤いバンダナの船員だった。

「今回の狙いはその『ヤツラ』さ」

「ええ?」

「奴らの『ヒレ』がさ『ヒューマン・リージョン』のチャイナって国で高く売れるんだよ」

「ほー!」

 青バンダナが立ち上がる。

「ついにワシらも異世界密輸デビューっすか!」

 赤バンダナはニヤりと口元を歪ませ、咥えていたタバコを海に吐き捨てた。

「博打だけどな。なにせ向こうに勝手に行くのは重罪だ」

「いいじゃないですか! となると。このあとは『カルカド』に直行?」

「そうなるな」

「よっしゃ! そうとわかりゃあ魚群探知をマジメにやるぜ!」

「……いままでサボってたんかおまえ。なんのため雇ったと思ってる」

 青バンダナは甲板に両手と両ひざを着くと意識を集中し始める。

 彼の掌がぼんやりと青色に光った。

「おっ!? 来てます来てます! 大群が至近距離! 百メートル以内!」

「なんだよ……じゃあとっくに準備OKだったんじゃねえか」

 赤バンダナが首にかけていた笛を吹くと、いろとりどりのバンダナガイたちがぞろぞろと船室から現れた。あっというまに甲板がむさくるしい空間へと変わる。

「よおし! それじゃあ始めるぞ!」

「ん? アニキ。そりゃあなんっすか?」

 赤バンダナは甲板に無造作に置かれた、十メートルはあろうかという鉄パイプのようなものを軽々と持ち上げて肩に抱えた。

「これはなあ『電極』だ」

「でんきょく? 電気がビリビリするやつっすか?」

「ああ。ヤツラにはな『ロレンチーニ器官』ってものがあって、電流を感じ取ることができるらしい。なんでも一億分の一ボルトの電流をもキャッチできてエサを感知するのに使うらしい」

「へー。すげーじゃん。よくわかんないけど」

「まあ要するに。こいつを海にブチこむと、バカ丸出しで寄ってくるってわけだ」

 青バンダナはパチンを指を弾いた。チャラい仕草である。

「そのあとはおまえの仕事だからな! サボったら殺すぞ!」

「オッケーでーす」

「じゃあいくぞ! 野郎どもも準備はいいか! 作戦通りいくぞ!」

 屈強なバンダナたちがカトラスやらなんやらの武器を振り上げて怒号を上げた。

「うりゃあ! 電極投入!」

 恐ろしく長い鉄の棒が漆黒の海に突っ込まれた。

 次の瞬間。その先端から七色の火花が線香花火の如く散る。

 色彩豊かでエキセントリックなその光景。

 われわれの言葉で言えばインスタ映えであった。

 バンダナガイたちも思わず見とれる。

 ――やがて。

「来たぞ! ヤツラだー!」

「えっ? どこっすか?」

「背びれがこっちに向かって来てるだろうが。よく見ろ」

 閃光のおかげでよく見える。海面には大量のひらべったい三角形の物体、いや生物が浮かんでいた。

 その数およそ百。船に向かってくる。

「げええ。オレこういうのダメなんすよー。細けえもんが大量にあんの見るとじんましんでるっつーか」

「うるせえ! 言ってねえでさっさと『釣り』やがれ!」

「わかってるっすよ。いくぜー『アクア・ファウンテン』!」

 男がどこかチャラいリズムで呪文を詠唱すると海面が青白く光った。そして。

『ファウンテン』の名の通り海面から無数の噴水が高々と上がった。

「……これだけはホントすげえと思うわ。ばかのクセに」

 そしてその噴水は三角形の物体――というよりその『本体』を宙空に巻き上げた。

「ほう。こうしてみるとなかなか美しく見えなくもねえっすね」

 雨のごとく降ってくるのは長さで五メートルはあろうかという巨大な物体。

 弾丸のような流線型のボディ、そして背中や横腹に配置されたシャープなヒレは見るものすべてに『こいつ絶対泳ぎはええ』という印象を与える。先端に位置する巨大な三角形の尾びれもそのイメージをさらに強める。そしてなによりもっとも顕著な特徴は――

「ひょお。噛まれたらいたそー」

 大きく裂けた口内にビッチリ生えた凶悪なキバ。鋭角な二等辺三角形でさらにノコギリのようなキザのついたそいつは噛まれれば痛いではすまない。もんのすごい痛くてそんで死ぬであろう。

 そう。彼らがつりあげたのは――

「うおおおお! サメだ! サメだ! サメの雨!」

 大量、もしくは大漁のサメが甲板でぬるんとバウンド。あっという間に全体を埋め尽くした。コバルトブルーの背中と真っ白なお腹が甲板をキレイに彩る。

「百匹以上いるぞ!」

「えーっと一匹一〇万ダラーとしたら……」

「やったー! 金だー!」

「――言ってる場合か!」

 はしゃぐバカ共を諫めるように、赤バンダナが床を踏みつける。

「いいから! 言ったとおりにやれ!」

 うーい。などと返事をしながらバンダナガイたちが仕事を始める。

「……うえっ」

 男たちは転がったサメたちの突起した部分、ヒレのみをカトラスで次々と切り落としていく。サメたちは潜血ともに無残な弾丸と化する。

 ――そして。

「うりゃあ!」

 その弾丸を男たちは次々にあるいは投げとばし、あるいは蹴とばし海へと放擲する。

「うえええ。きめー。なんでこんなことするんすか?」

「サメみたいなもんはヒレ以外は臭くて食えたもんじゃねーから売れねえんだ」

 この男たちのやることはあまりに残酷すぎる。よくもこんなことを思いつくなサイコ野郎とおっしゃるか。ところがどっこい。これは現実にも盛んに行われていることであり『フィニング』などという名前もある。

 弾丸が海へと次々に投擲される。

 ヒレは甲板の隅に置かれた巨大なつづらに雑に放り投げられどんどん積み上がってゆく。

 そんな中。

「や、やめろ……」

 その声に男たちが思わず振り返る。

「なにが……目的だ……」

 声を発しているのは足もとに転がったサメだった。

「ほう。アニキ。こいつら。『人鮫族』みたいですぜ」

「そのようだな。まあ『ほとんどサメ』の種類みたいだが」

 赤バンダナの男がその『人鮫族』の傍らに立つ。

「おい。なにをしているかと聞いたな」

 五メートルもある巨体のヒレを握りしめて軽々と持ち上げた。

「オレたちはな『捕食』をしているんだ。なぜならオレたち『ヒューマン族』はな。この『ブルーリージョン』で一番強い種族だからだ」

 ヒレを素手で引きちぎり『残骸』をラグビーボールのように蹴飛ばした。

 はるか遠くでぽちゃんと音を立てる。

「もっとも。オレはサメなんかまるで食いたいと思わんがな。スイーツ一筋だから」

 船員たちは一瞬、息を飲んだ。

 しかし。すぐにまた乱痴気騒ぎが始まる。

「おい! どっちが遠くに飛ばせるか競争しようぜ」

「えー? でもそんなの小さいヤツ持ったヤツが有利じゃん」

「じゃあ一番でっかいヤツを一番遠くまで飛ばしたら勝ちルールでいこうぜ」

「いいね!」

「じゃあでっかいの探して……おおおおっ!?」

 船がグラリと横方向に揺れた。何匹かのサメが無傷のまま海に落ちた。

「な、なんだありゃあ!」

「で、でけえ……のか?」

 男たちの視線の先。そこにはまたもや三角形のヒレがあった。

 ただし。大きさがケタ違い。

 船の甲板に届きそうなくらいにでっかく飛び出していた。

 そしてその異様な大きさとは裏腹なかわいらしい水玉模様で彩られている。

「ありゃあジンベエザメだな」

 赤バンダナがつぶやく。

「全長十二メートルセカイ最大のサメ、いや全ての魚類の中でも最大らしい」

 青バンダナは「ひょえええ」などど驚嘆と感動の声を上げた。

「こりゃあいい。ヤツラのヒレは一枚一〇〇〇万ダラーを下らない」

「で、でもアニキ。あんなでかいヤツに勝てるんで」

「問題ない。ヤツラは『ヘタレ』だ。なにせあの図体でプランクトンしか食べな――うおっ!」

 再び船が大きく揺れる。

「なああああ!? でっけええええ! ひええええええ!」

『ヘタレ』が急浮上しその姿を現した。

 全長がどれくらいかもはやよくわからないがすくなくともは十二メートルではとてもきかない。全身に水玉の模様。サメにしてはひらべったい体。でっかく裂けたガマグチサイフのような口。つぶらな瞳。

 そいつは全身をあらわにすると飛び上がった。

「げえええええ!」

 そしてそのまま――

「……ねえアニキ! アニキってば!」

「なんだ!」

「ジンベエザメってのは……空を飛ぶんですかい?」

 そいつはぷかぷかと空中に浮かび、月明かりを遮って甲板に影を落としていた。

「飛ばねえ! あいつはジンベイザメじゃねえ! サメでもねえ! つーか生き物でもねえ! 見ろ!」

 真上に位置するジンベエザメ? の腹を指さす。そこには明らかに動物の体の模様ではないものがあった。

「『WHALE SHARK SUBAMRINE』!?」

 青バンダナが読み上げた通り、Youtubeの動画のサムネイル画像のようなやたらとくっきりとしたフォントで描かれている。

 やがてその文字は二つにぱっかりと割れた。

 そして。

「――!!」

「――――!?」

 なにかが降ってきた。

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