第87話 完了の話
教会に着いたトゥユはあまりの兵の少なさに、何か罠でも仕掛けられているのではないかと疑った。だが、こんな所で時間を取っていると城から兵がトゥユを探しに出てくる可能性もあるので思い切って教会の中に入って行く。
月星教の総本山と言う事で普段は人でごった返している教会の中は静まり返っており、信者の姿も見当たらなかった。
「サーシャの話だと人がいっぱいって事だったけど、誰も居ないならちょうど良いわ」
これが罠なら仕方がないと割り切っているトゥユは礼拝所の近くに上に登る階段を見つけた。なるべく音をたてないように静かに階段を登ると、さすがにそこには兵が警備をしていた。
三人の兵の警備など今のトゥユにとっては物の数に入らない。姿を見られることなく兵に近づくと一瞬にして兵の首を刎ね飛ばした。
「うーん。罠かと思ったんだけど、この感じだと本当に人が少ないだけみたいだな」
罠の可能性を否定するとトゥユは手当たり次第に部屋を開けて回った。中には兵が休憩している所に出くわしたりもしたのだが、その全てを斬り伏せて行く。
何段か階段を登ると、今までの部屋とは違う豪華な作りの扉がある部屋の前に辿り着いた。
「大体こういう部屋に偉そうな人が居るんだよね」
大した警戒をする事もなく扉を開けて部屋に入ると、そこにはルトラースがヨームと会話をしている所だった。
「何者だ貴様! ここはルトラース様の部屋だぞ出ていけ!」
ルトラースとの会話を切ってトゥユの元に近づいてきたヨームをトゥユは無言のまま切りつけ、一瞬にして命を奪った。
トゥユは認識していなかったのだが、ヨームはトゥユに薬を飲ませた張本人であり、気付かない内に恨みを晴らしていたのだ。
今のトゥユは誰に飲まされたとか関係はなく、だれの指示で飲まされたのかが重要であり、その意味で本当に恨みを晴らすべき相手は目の前に居るルトラースだ。
「貴様は……。そうか、思い出したぞ。いつぞやに貧民街の者と一緒に教会の前でたむろっていた奴だな」
サーシャと一緒に教会を見に来た時の事を思い出したルトラースはトゥユに睨みを利かせる。このような状況になっても余裕のあるルトラースにトゥユは嫌な感じがするが話を続ける。
「そうよ。私は貴方に薬を飲まされたの。その時の恨みを晴らしに来たのよ」
トゥユの言葉にルトラースは目を剥いて驚いた。今まで散々研究をしてきても成功しなかった薬を使った実験が成功していたかもしれないからだ。
「馬鹿な事を言うな! あの薬の成功者は二つ名を持つ二人と、今ここに居る二人の四人だけだ。それにどこで薬を飲んだと言うのだ!」
ルトラースの後ろに控えていた二人が前に出た。確かに雰囲気が今までの兵とは違い、その強さが肌で感じられる。
「覚えてないのかしら? 王国にあった名もない村の事を」
「有り得ん! あの村で薬を飲ませた者は全員死んだはずだ。しかも焼却処分をしたはずだ。それなのに生き残りなど居るはずがない!」
やっと村の事を思い出したルトラースは机を叩いて否定する。だが、いくらルトラースが否定をした所でここにトゥユが居る事が生き残りの居た証左だ。
「フン! 貴様が嘘をついているかどうかこの二人を相手にしてみれば判る事。行け! 目の前の少女を殺すんだ!」
前に出ていた二人の兵がルトラースの命令によってトゥユに襲い掛かってくる。一人はトゥユが持っているものよりも小型の戦斧を持ち、もう一人は大剣をもって攻撃してきた。
両者共に人間ではありえないほど筋肉が膨れ上がり、一撃を食らってしまえばただでは済まないのが想像できるほどの圧力だった。
だが、それも薬を何倍も薄めてやっと得られた程度の効果だ。原液を飲んだトゥユと比べるのは申し訳ないほど実力に差があった。
「貴方たちも犠牲者ね。大丈夫、すぐに私が全部終わらせるから。貴方たちは先に行っていて」
一瞬だった。トゥユがゆらりと体を動かすのと同時に戦斧を振るうと、二人の兵はその場に崩れ落ち、豪華なカーペットをその血で汚した。
「馬鹿な! まだ調整が完全ではないとは言え、薬を飲んだ者たちの攻撃だぞ。それを一瞬で……。有り得ん……」
自分の作り上げた兵が一瞬にしてトゥユに殺されてしまった事にルトラースは現実を受け入れられないでいた。
「貴方のやっている研究は所詮この程度の物。この程度の物で多くの人の命を奪うなんて許せないわ」
倒れている兵の間を通り抜け、トゥユはルトラースの目の前までやってきた。机をはさんで対峙する状態にルトラースは何とか生き延びる方策を練る。
「ま、待て。私を殺した所で研究は続くぞ。研究施設は他にあるんだ」
自分を殺したからと言って悲劇が止まるわけではないと訴えるルトラースだが、トゥユは優しく応える。
「大丈夫よ。イエーニー城の施設は壊したし、帝都城の施設も壊してきたから。残っているのは貴方だけよ」
トゥユはエヴラールとの戦いの後、地下通路を通って帰ろうとした時に他にも地下に繋がる階段を見つけたのだ。その階段を下りていくとイエーニー城にあったものよりも大きな施設があり、ここが研究施設の本拠地であることを確信した。
本棚や机を戦斧で破壊し、燃えやすいようにすると、外にあった蝋燭の火を使って研究書類に火をつけると、炎は研究施設を燃やし始めた。
「何だと! 私の今までの研究成果が……。許さん!!」
トゥユに気付かれないように机の下に仕込んであった剣を取り出し、トゥユに向かって剣を突き出すが、ルトラースの剣の腕ではトゥユを傷つける事はできなかった。
道端に転がっている石を避けるような感じで剣を避けたトゥユは、今までの全ての恨みを込めて戦斧をルトラースに叩きつけた。
刎ね飛ばされた首は後ろにあった窓を破ってそのまま落下して行き、部屋に残った体は後ろに倒れこんで汚い血を撒き散らした。
「やっと終わったわ。これでロロットもナルヤも少しは私を許してくれるかしら」
何とかロロットたちと約束した通り教会の中で敵と目された人物を倒す事はできたが、教会は帝国の至る所にあり、教会自体の壊滅まではトゥユ一人では厳しかった。
どうするか考えていると一人の女性が部屋の中に入ってきた。
「貴方は誰ですか? どうして……」
そこまで言いかけて辺りの様子を目にしてしまった女性は腰が抜けてその場に崩れ落ちてしまった。トゥユはその女性の所まで近づくと、首に戦斧を当てる。
「貴方は誰? 教会の人?」
「私はレティシア。月星教で巫女をやっている者です。貴方はもしかして以前、教会の前でルトラースと言い争いをしていた方では?」
腰は抜けてしまっているが、レティシアはトゥユが頭に着けている仮面を見て、以前、会議の時に教会の前で言い争いをしている人物の事を思い出した。
「何? 貴方あの場所に居たの?」
あの場所に居たのはトゥユとサーシャ、それにルトラースと数名の衛兵だったはずだ。トゥユは一生懸命記憶を呼び起こして考えるがレティシアと会った記憶は何処にもなかった。
「私はこの上の部屋から様子を見ていたのです。そうですか。その時の恨みからこんなことを……」
トゥユがルトラースの部屋まで来て凶行を行った理由を勝手にその時の事だと思い込んだレティシアだったが、即座にトゥユから否定される。
「あの時の事であの人を襲ったわけじゃないわ。貴方は知らないかもしれないから教えてあげる」
トゥユはルトラースがやってきた事を洗いざらいレティシアに話した。村を襲ってトゥユを殺した事、城の地下で実験を行っていて事、その全てをだ。
その話を聞いたレティシアは静かに目を閉じると覚悟を決めた。
「私を殺してください。部下のやった事は私にも責任があります」
閉じていた眼を開いたレティシアは覚悟を決めた目でトゥユを見つめた。その瞳は死ぬ事への恐怖より、自分が何もできなかった事への怒りの色を浮かべていた。
トゥユがレティシアの首から戦斧を離し大きく掲げると、レティシアは再び目を閉じた。
だが、何時まで経っても戦斧が振り下ろされないため、不思議に思いレティシアは目を開けるとトゥユは戦斧を肩に担いているだけだった。
「どうしたのですか? 私を殺さないのですか?」
トゥユから殺気を感じられないレティシアは何がどうなったか理解できなかった。
「殺すよ。ちゃんと殺してあげる。だけど、首を斬る訳じゃないわ。貴方には教会を解散してもらう。それが私が貴方を殺すと言う事」
キョトンとするレティシアだが、すぐにトゥユの言っている事を理解した。首を斬る代わりに教会に死んでもらうと言う事だ。
それはレティシアが放置してしまった膿を自分の手で処理しろと言われているみたいで簡単な作業ではない事は想像できるが、レティシアは間を置かずに了承した。
「分かりました。教会はすぐにでも解散させます。それが私がやった、私が見逃して殺してしまった人への懺悔になるのなら断る理由はありません」
トゥユはその言葉を聞くと何も言わず部屋を出て行った。そんな簡単に教会が解散できるとは思ってないが、レティシアならやってくれるのではないかと思えたからだ。
実際、教会の解散は困難を極めた。ルトラースが居なくなった事で教会の実権を握りたい人物が強固に解散を拒否したのだ。
だが、レティシアが巫女としての役目を果たさない事には教会としての役割は行う事ができず、遂には月星教会は解散したのだが、反対派が新しく教会を立ち上げたのだ。
新しく立ち上がった教会だったが、内部でのゴタゴタが教徒たちにも広まっており、月星教の時ほどの勢力は維持できず、さらに内紛を起こした教会は分裂し、最後には他の宗派に吸収されてしまったのだ。
トゥユは教会を出ると貧民街に戻ったのだが、そこにはトゥユを探す兵が貧民街を荒らしていた。
飛び出して兵を殺してしまおうとしたトゥユだったが、後ろから肩を掴まれると、そこにはサーシャが立っていた。
「どうして止めるの? これじゃあ貧民街がなくなっちゃうよ」
必死の形相で訴えるトゥユだったが、サーシャは首を振ってトゥユを落ち着かせる。
「大丈夫だ。貧民街の住人は先に逃がした。後はトゥユが戻ってくるのを待っていただけなんだ」
どうやら貧民街の住人はサーシャたちが先に逃がしており、兵ができるのは物を壊す事だけらしい。
「良かった。他の皆は無事なんだね。私のせいで殺されちゃったかと思ったよ」
住民が無事と聞いてトゥユはホッとした表情を浮かべた。自分のせいで住民が殺害されていたら相手が何人であろうともトゥユは戦うつもりだったからだ。
「トゥユが二つ名の者を殺ってくれたおかげで帝国は近い内に必ず崩壊する。私たちはその時を待つつもりだ」
そう言うとサーシャは周りでトゥユを探している兵に見つからないように安全な所まで連れて行った。
そこは帝都から少し離れた森の中で兵たちはまだ帝都を出て捜索を行っていないため、ここまでくれば安全だった。
「トゥユはこれからどうするつもりだ? 私たちと一緒に来るか?」
貧民街の住人が逃げた所に誘ってくれるが、トゥユは首を振ってこれを辞退した。トゥユにはマールとの約束があり、マールの所に行かなければならないのだ。
「いいえ、私はマールさんの所に行ってみる。今度約束を破ったら勘当されちゃうからね」
あれほど強いトゥユでもマールに怒られるのは怖いのが分かるとサーシャは少しおかしく思えた。
本当ならソフィアたちの代わりにサーシャが付いて行きたい所だが、サーシャには貧民街の住民を逃がした責任があるため、トゥユと一緒に行く事はできなかった。
「そうか、それなら仕方ないな。だが、トゥユの事は皆感謝している。ここまでできたのもトゥユが居てくれたからだ。また来た時は必ず声を掛けてくれ」
サーシャはトゥユに近寄ると優しく包み込んだ。その顔からは涙が溢れているが、トゥユの場所からは見る事ができなかった。
暫くしてサーシャがトゥユを離すと、顔には涙はなく笑顔があるだけだった。最後に握手を交わすとトゥユはマールの居る村に向けて歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます