第86話 エヴラールとの決着の話


 エヴラールの長剣はトゥユに止められてしまったが、今度は左手で持っている短剣でトゥユを攻撃する。


「ふぅ。危ないわね」


 長剣を弾き飛ばしてバックステップで短剣を躱したトゥユは思わずそんな声が漏れてしまった。今まで短剣はフェイントや防御のために使われていたので直接攻撃した事に驚いたのだ。

 立ち上がる前のトゥユなら今の攻撃で間違いなく殺せていたのだが、攻撃を躱された事でエヴラールは自分が感じたトゥユへの評価が間違っていないと判断する。それはトゥユの強さが自分と同程度になっていると言う評価だ。


「良く今のを躱したな。だが、次は逃がさんぞ!」


 エヴラールにも先ほどまでの余裕はない。少しでも隙を見せれば殺られるのは自分かもしれないのだ。

 距離を詰めて振るった長剣は止められる事はなかったが、サイドステップで躱された事で、トゥユの攻撃を受ける事になってしまった。

 トゥユの放った一撃は倒れる前より明らかに速く、重かった。戦斧を短剣で止めたエヴラールはそのせいで一瞬だが手が痺れてしまっている。


「何だと? まだスピードが上がるのか? それにこの威力は……」


 自分の思っていた以上のスピードと威力の攻撃はトゥユがこの戦いの最中に成長している事を示していた。

 トゥユの攻撃は止まらない。たとえ攻撃が防がれたとしても続けて攻撃をする事でエヴラールにプレッシャーをかけて行く。


『良いぞトゥユ。そのまま押し込むんだ!』


 軽く頷くトゥユは手数を増してエヴラールに攻撃していく。左右の剣を両方防御に使うエヴラールは攻撃に転じるタイミングがなく、防戦一方になってしまっている。

 あまりの攻撃の激しさにエヴラールはたまらず距離を取ると、苦々しい表情を浮かべるが、トゥユは攻撃の手を緩める事はない。

 石畳となっている床を戦斧で打ち付けると、割れた石が宙を舞った。その石を戦斧でノックをするように打ち付けると、弾かれた石がエヴラールに向かって飛んでいく。


「何だと!? 石を使って攻撃してくるのか!」


 予想もしていなかった距離からの攻撃に慌てて迫ってきた石を弾き飛ばして難を逃れるが、トゥユの狙いはその間に距離を詰める事だった。

 エヴラールが石の対応に意識を向けている間に床を蹴ったトゥユは難なく懐に潜り込む事に成功すると、下から戦斧を思いっきり薙いだ。


「取った!!」


 勝利を確信して放ったトゥユの一撃だったが、エヴラールはギリギリの所で躱す事に成功した。だが、当然無傷と言う訳にはいかず、エヴラールの顔には一本の線が入りそこから血が流れ出ている。


「今の攻撃には驚いた。殺られてもおかしくない攻撃だったが、まだ俺を殺すまでには至らなかったな」


 千載一遇のチャンスを逃したトゥユは仮面の中で舌を鳴らす。一連の攻撃はトゥユとしても完璧なタイミングで行われたはずなので、ここでエヴラールを殺せなかったのは痛い。


「まだチャンスはあるわ。さっきまではこんな攻撃もできなかったのに、今ではここまで押し込む事ができているもの」


 以前のトゥユと一番違う所は心の持ち方だろう。先ほどまでなら今の攻撃で仕留めきれなかった事で心が折れていたかもしれないが、今は次こそは行けると前向きに考える事ができている。

 だが、エヴラールもこれで終わってしまうような男ではない。顔から流れる血を舌で舐め取るとエヴラールは距離を詰めて攻撃をしてくる。

 対等の強さを持つ相手と認識しているエヴラールは余裕を見せる事は一切なかった。全力でトゥユに向かって剣を振り下ろし、当たりさえすれば確実に殺せる攻撃でトゥユを追い込んでいく。


「チャンスなどもう与えん! このまま押し切ってやる!」


 その言葉通り、エヴラールの攻撃に今度はトゥユが防戦一方になり、攻撃をするタイミングが全く見つけられない。

 徐々に押し込まれていくトゥユは後数歩でエントランスの壁と言う所まで来てしまっていた。


『トゥユ、もう後ろがないぞ! 回り込んで回避するんだ』


 トゥユはエヴラールの右と左を一瞬見て回避できる所を探すが、そのわずかな隙がエヴラールにとっては十分な隙となった。


「俺の前でそのような隙を見せるのは愚策だ!」


 エヴラールが下から長剣を振り上げると、トゥユの持っていた戦斧は宙を舞って先ほど砕いた石畳の所まで飛ばされ突き刺さった。

 戦斧を弾き飛ばされたトゥユに次の攻撃を防げる手立てはない。それでも何とか体を動かしてエヴラールの攻撃を躱すが、それもすぐに行き詰まる。


「よく頑張ったがこれまでだ。大人しく剣の錆となれ!」


 渾身の一撃がトゥユの頭上から放たれる。長剣の一撃は間違いなくトゥユの頭から床まで振り下ろされる未来が見える。だが、トゥユはまだ生きていた。


『ウトゥスごめん!!』


 トゥユがウトゥスに誤りを入れると顔から仮面を外し、仮面でエヴラールの攻撃を防いだのだ。


「何!? 仮面を使って防いだだと!?」


 頭の中でウトゥスの悲鳴が聞こえるが、ここで止まっている訳にはいかない。トゥユはエヴラールの股間をすり抜け戦斧の所まで行くと素早く戦斧を引き抜いた。

 虚を突かれていたエヴラールもトゥユが戦斧を手に取る時にはすでに落ち着きを取り戻しており、万全の体勢でトゥユの攻撃に備える。

 トゥユはそんな事はお構いなしにエヴラールに向かって突進する。なぜなら今、エヴラールはエントランスの壁の所に居り、攻撃をするにはまたとないチャンスなのだ。


「ここで決めるわ!! 私の全て力を使って貴方を倒す!!」


 トゥユの猛攻が始まった。事ここに至ってトゥユはエヴラールの剣技を上まり始めたのだ。圧倒的なスピードから繰り出される重い攻撃はエヴラールの顔を顰めさせる。

 あまりの攻撃に両方の剣で攻撃を防ぐエヴラールだが、たった一本しかない戦斧を捌けなくなって来ている。


「何だこの速さは……。先程までと同一人物の攻撃とは思えん」


 エヴラールの僅かな隙を突き、トゥユの戦斧がエヴラールの左腕を斬りおとす。斬られた所からは大量の血が流出するが、エヴラールは瘴気を使って治療をする事なくトゥユの攻撃に備える。

 これ以上瘴気を使ってしまってはトゥユに勝ち目がなくなってしまうのと、瘴気を使っている暇さえトゥユが与えてくれなかった事の両方がエヴラールに左腕を諦めさせたのだ。


「まだだ! まだ腕を一本なくしただけだ!!」


 自分を奮い立たせるように声を上げるエヴラールだが、そんなことで戦局が良くなるような事はなかった。トゥユの次に放った一撃はエヴラールの長剣を弾き飛ばすと右腕を薙いだ。

 床に転がる二本の腕がこの勝負の結果を表している。いくらエヴラールが強いと言えど、両方の腕がなくなってはトゥユに勝てる見込みはまるでない。


「終わりにしましょう。私の勝ちよ」


 エヴラールにも意地がある。このままただ殺されるのを待つのではなく、一縷の望みをかけて頭からトゥユの所に突っ込んできた。

 当然、そんな攻撃がトゥユに通用するわけもなく、トゥユは軽くサイドステップで躱すと、目標を失ってバランスを崩しているエヴラールの首を後ろから刎ね飛ばした。

 両手と首から吹き出る血はエントランスの床を汚していき、最後には血溜まりを作るほどの量が吹き出ていた。

 体の全ての血が噴出したかと思われるほど血を流したエヴラールは血溜まりに膝を付くと、そのまま池の中に沈んでいくように倒れこんだ。

 枯れ木のようになってしまっているエヴラールの姿を見て、トゥユはようやく勝利をしたのだと実感した。この戦い、トゥユが得た物は少しの剣技の上昇と、暫くの命。失った物は旧友の心。


「勝負には勝ったけど、失った物を考えると私の負けね。これ程嬉しくない勝利は初めてだわ」


 失ってみて始めて分かった大切な物にトゥユの心は変わり始めていた。復讐を第一に考え行動をしてきたのだが、レリアが取った行動の方が正しかったのではないか?

 そう思えてしまうほどトゥユの中でソフィアたちを失ったのは大きかったし、元に戻れるのなら戻りたいとも思った。

 だが、この世の中にはそんな便利な魔法も存在しないし、元に戻っていたらトゥユはこの戦いに勝ててはいなかったかもしれない。詮無い事を考えるトゥユだが、早くここを脱出しなければならない。

 今は誰も来ていないが、エヴラールが倒れたと分かったら、一斉に城に居る兵がトゥユの捜索を始めるだろうからだ。


 サーシャの所に戻ろうとトゥユが地下通路を走っていると、小さな墓を見つけた。城に行く時にはなかったし、土もまだ乾いていない所を見ると最近作られた物であるとわかる。

 ここはティートとシショウが戦っていた場所であり、トゥユがちょうど入れるような墓の大きさからしてシショウの墓である事が分かった。

 トゥユとシショウは一度戦っただけの間柄であり、他に接点はないのだが、ティートがこれ程丁寧に墓を作った事から、トゥユは立ち止まって黙祷を捧げた。


「ティートもシショウに勝ったみたいだね。もう会う事はないけど、元友人としては嬉しいかな」


 ここにもすぐに兵が追ってくると思われるので長くは留まってはいられない。トゥユは黙祷が終わると再び地下通路を走り出した。

 トゥユがアジトに着くと机に手を付いて涙を流しているサーシャの姿があった。


「どうしたのサーシャ」


 後ろからかかった声にサーシャは顔を上げて振り向くとトゥユの姿があった。あまりの嬉しさにトゥユの所に駆け寄ったサーシャはトゥユに抱き着いた。


「サーシャどうしたのよ。教会の方は上手く行ったの?」


「聞いてくれ! 皆が大変なんだ! トゥユの事を忘れてしまったみたいなんだ! それで、それで……」


 トゥユの言葉に被せるようにサーシャが状況を報告してきた。まだなにかを言いたそうなのだが、上手く言葉が出てこないようだ。


「知っているわ。それで皆がここに居ないのね」


 部屋の中を見渡して皆が居ない事にトゥユはそれほど驚きを現さなかった。あまりのトゥユの落ち着きにサーシャも影響され、落ち着きを取り戻す。


「知って……いるのか? 一体何が起こったんだ? 私にも教えてくれ」


 トゥユはサーシャに起こった事をすべて話した。サーシャはとても信じられないと言った感じだが、現にソフィアたちの言動を見てきたサーシャにはどうしても嘘を言っているようには思えなかった。


「それはそうとして、城に居た二刀使いの人は倒したんだけど、教会の方はどうだったの?」


 ソフィアたちの話はもう終わりとばかりに教会の状況をサーシャに聞いてきたのだが、それよりもサーシャには気になる事があった。


「二刀使いって、あの『白い双剣』の事か? 本当なのか? 『白い双剣』と言えば帝国で軍の全ての指揮をしている人物だぞ」


 トゥユの話が本当だとしたら帝国にいた二つ名の人物はすべて倒された事になる。残っている兵の数は多いが帝国を倒せるかもしれないと言う希望がサーシャに沸いてきた。


「『白い双剣』? そう言えばそんな名前を言っていた気もするけど、もう忘れちゃったよ」


 「アハハハッ」と乾いた笑いをするトゥユにとって名前など、どうでも良い事だった。それよりも気になるのは教会の方だ。教会にはトゥユに薬を飲ませた人物がまだ残っているのだ。

 呆気にとられるサーシャだったが、教会の事を聞かれていたのを思い出すと、素直に何もできなかった事をトゥユに話した。


「そう、仕方ないわね。それじゃあ今から教会に行って、仕事を済ませちゃいましょ」


 簡単に言ってのけるトゥユだが、教会にはまだ兵が残っており、一人で行くにはあまりにも危険だった。だが、トゥユはサーシャの心配をよそにアジトを出る。


「ちょっと待っていてね。さっと倒して戻ってくるから」


 家に忘れ物を取りに帰るような感じで言ったトゥユは、教会に向けて走り出した。サーシャも付いて行った方が良いのか迷ったが、付いて行った所で何もできそうなのでアジトでトゥユの帰りを待つ事にした。

 トゥユはこの時知らなかったのだが、教会ではエヴラールが倒された事が伝わっており、城に召集が掛かって教会を守る兵は少なくなっていた。

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