第85話 師匠との決着の話


 師匠は倒れているティートに剣を振り下ろしたが、その剣は心臓に突き刺さる寸前にティートに握られ止められてしまった。だが、剣をじかにそれも素手で握った事でティートの手から大量の血が噴き出した。


「何とか間に合った。危ない所だったぜ。もう少しウトゥスから瘴気を奪うのが遅れていたら俺様は死んでいたからな」


 体に力が戻ったティートは師匠の腹に蹴りを入れて吹き飛ばすと立ち上がり、握っていた剣を師匠の方に投げて渡した。そのまま剣を奪ってしまえば有利になるのだが、そんな真似をして勝利をしてもプライドが許さないのだ。


「まさか魔の森に帰るでもなく瘴気を補充するとはな。そんな芸当ができるなんて思ってもみなかったよ」


 ティートが投げた剣が目の前に突き刺さると、師匠はその剣を引き抜いて剣で肩を叩いた。


「あぁ、俺様もできるとは思ってなかったがやってみる物だな。だがこれで振り出しだ。もう同じ手は食わないぜ」


 足元に転がっている剣を拾おうとして急にティートの動きが止まった。あまりに無防備に、そして拾おうとした態勢のまま止まってしまった事で、師匠は首を傾げてしまった。

 もう少し殺気なり覇気があればただの油断だと判断して師匠も攻撃を仕掛けるのだが、生気すらないティートに師匠は攻撃をする事ができなかった。


「どうした? 何かあったのか?」


 微動だにしないティートに師匠が声を掛けるが、ティートは何の反応も示さない。あまりの様子に師匠が一歩踏み出そうとした所でティートは何事もなかったように動き出して剣を拾う。


「あぁ、師匠か。こんな所で会うなんて珍しいな」


 先ほどまで殺し合いをしていた相手に対して何を言っているんだと言う感じだが、ティートは決してふざけている様子はなく、本当に驚いたような表情をしている。

 再び動き出したティートの瘴気が何故か減っているのが気になった師匠だったが、気にするほどの減少ではないため頭を切り替える。


「まあ良い。お前に何があったかは私には関係がない。ただ殺すのみだ」


 殺すと言う言葉にティートは犬歯を見せて笑みを浮かべると手にした棘の剣を構え、師匠に向かって突っ込んでいった。

 先ほどまでの戦いと同じようにティートの攻撃を師匠は上手く剣を使っていなしていく。だが、先ほどの戦いと違うのはティートの剣を捌く師匠に余裕がない事だ。


「瘴気を補充した影響か今までの攻撃より動きが良くなってるじゃないか」


「はん! 俺様は日々成長しているんだ。前までの俺様だと思ったら足元を掬われるぜ! 覚悟しな!」


 微妙にかみ合わない会話をしながらもティートは師匠を倒せる方法を考える。数合打ち合っただけでも単純に剣の腕は師匠の方が上だ。普通に剣の勝負をしていてはティートに勝てる見込みはない。

 それならばと思いティートは体術を組み合わせて攻撃を仕掛けるが、魔の森で散々ティートの動きを見てきた師匠には通用しなかった。


「チッ! これでも駄目か。どうやったら攻撃を当てられるんだよ」


 なかなか当てられない攻撃にティートは苛立ちを思えるが、その中でも師匠の弱点と言うか癖を見つけて行く。

 師匠とトゥユは同じぐらいの体格なのだが、トゥユの方は性格からか自分から仕掛けて来る事が多いが、師匠はまず最初に相手の攻撃を受ける事を優先している。相手の攻撃を受けた上で反撃をしてくるのだ。

 だとしたら師匠が攻撃をしてくる前がティートにとっては好機と言える。今は躱されてしまっているが、ティートはさらに回転を上げて行く。


「これでどうだ! おりゃ!」


 何度かティートの攻撃を受けた師匠はこれ以上、ティートの攻撃が早くならないと判断すると今度は自分から攻撃を仕掛ける。ティートの攻撃の終わり際に剣を出し、先ほどと同じようにティートの体に小さいが傷を作っていく。

 師匠がティートの腕を攻撃しようとした時、ティートは避ける事なくわざと攻撃を受けた。その動きに師匠はすぐにティートが何かを企んでいると予想を付ける。


「何をしようとしているか知らないが、浅知恵の行動はやめておくんだな」


 ティートも薄々はバレているだろうと思っていたが、師匠の言葉で完全に攻撃を受けているのがバレているのが分かったが、それでも攻撃を受ける事を止めようとしなかった。

 何度も攻撃を受ける事でティートの方も師匠の攻撃するタイミングがだんだん分かって来ると、遂にティートが考えていた作戦が成功する。


「やっと上手く行ったぜ。これを狙っていたんだ」


 深々と師匠の剣がティートの二の腕に突き刺さり、師匠の剣をガッチリ咥え込んだ。ティートの筋肉で抑えられた剣は簡単には動きそうになかった。


「何だ。私の剣を体を使って止める事を考えていたのか。だが、その程度で私が攻撃できなくなると思うな!」


 師匠は剣を引き抜くのではなく、ティートの腹に蹴りを入れて剣を抜こうとしたが、足を踏ん張ったティートは地に根を生やした大樹のように微動だにしなかった。

 師匠の蹴りは思っていた以上に強烈で、気を失いそうになったが、ティートは唇を噛んで必死に意識を繋ぎとめる。


「悪いな。俺様が狙っているのは攻撃を止める事じゃない。剣を破壊する事だ!」


 ティートは棘の剣を思いっきり振り上げると、腕に刺さった剣の上に振り下ろした。


 バキッ!


 と言う音と共に剣は折れたが、自分の振り下ろした剣の衝撃で腕に刺さった剣が引きずり降ろされ二の腕が引き裂かれた。


「馬鹿か! そんな折り方をしたら右腕が使えなくなるぞ!」


 敵ながら心配する師匠にティートは犬歯を見せて答える。酷い状態の右腕からは血が滴り落ちているが瘴気を使って修復すると出血は収まっていった。だが、すぐに右手が使えるようにはならず、これからは左手一本で戦う事になってしまった。


「剣の無い師匠と、左手一本の俺様。どちらが強いか勝負だ!」


 ティートの覚悟を面白いと思った師匠は指を鋼のように伸ばし手刀を作るとティートに向かって迫ってきた。いくら師匠でも武器がない状態でティートの剣を受ける事は不可能なので、先手を取って攻撃してきたのだ。

 左手一本で棘の剣を操り師匠の攻撃をを防ぐと、手刀のはずなのに金属同士がぶつかり合うような音が鳴り響いた。何度か師匠の攻撃を防ぐと師匠の指先からは血が滲み始めた。


「魔の森に住んでいる者なら分かっていると思うが、私たちの武器は肉体だ。剣の一本や二本を折られた所で武器が無くなる訳ではない」


 その言葉通りの攻撃にティートは左手だけでは防ぐ事ができなくなってきた。徐々に師匠の手刀が剣をすり抜け、ティートの体に傷をつけ始める。


「チッ! 右手を犠牲に武器を破壊したが裏目に出たか?」


 今更そんな事を考えても仕方がないと思いつつも、そんな考えがティートの頭をよぎる。それほどまでに師匠の攻撃は激しいのだ。

 師匠は一カ所に留まる事なく、攻撃しては動きティートに的を絞らせない。何とか反応はできるが、その動きに付いていく事で手一杯で攻撃まで繋げられない。


「攻撃ができねえ。それどころか左手一本じゃすぐに捌けなくなる」


 左手を素早く動かして致命傷は避けているが、すでにティートは師匠の攻撃を捌けなくなって体の傷がどんどん増えて行く。

 ティートが焦り始めたのを好機と考えた師匠は低い姿勢からティートの顔面に向かって手刀を繰り出した。その攻撃を何とか棘の剣を差し込んで防ぐが、それは悪手だった。何故ならティートは棘の剣で自分の視界を遮ってしまったからだ。


「しまった! これが狙いか!」


 ティートは師匠の狙いが何なのか防御してから気付いたが、その時にはすでに遅く、師匠の姿を見失っていた。

 周囲を確認するが師匠の姿は見えない。いくら師匠が小さいと言えど見つからないと言う事は有り得ないのだが、いくら探しても師匠の姿は確認できなかった。


 ザクッ!


 と言う音と共に後ろから強烈な痛みがティートを襲った。師匠はティートから視界を奪った後、いつの間にか後ろに回っていたのだ。


「グッ! いつの間に後ろに!」


 ティートの右の腰の辺りにめり込んだ手刀は大きな穴を開けると大量の血が噴出した。あまりの衝撃に両膝を付いて崩れ落ちるティートに師匠は止めを刺そうと手刀を引き抜こうとしたが、ティートの筋肉に掴まれ引き抜けなかった。


「いまさら抵抗か。だが、そんな事をしても無駄だ。手刀は右手だけではない。左手もあるのだ」


 抜けなくなった右手を放置し、師匠は左手で手刀を作ると膝を付いているティートの首を薙ぐように振るう。普段なら届きにくい所ではあるが、膝を付いてしまっているティートなら師匠の身長でも首には十分届くのだ。

 だが、その動きを完全に読んでいたティートは棘の剣を手放すと左手で師匠の腕を掴んだ。とても手同士がぶつかり合った音とは思えないほど大きな音を立てると、ティートはそのまま師匠の腕を前に引っ張り肩を支点として師匠の左腕を折り破壊した。


「グッ! こいつめ!」


 師匠が短い悲鳴を上げると、ティートは師匠の腕を離し再び剣を握りなおす。腰に入れていた力を抜くと師匠の右手を解放した。

 左手を折られた師匠だったが、右手が解放された事で自由に動けるようになり、自分の方に向き直ったティートに向けて手刀を突き出す。

 ゆっくりとした動きで立ち上がったティートは師匠の方を向くと、手刀が左の脇腹に突き刺さった。それは先程後ろから攻撃された場所の表裏の位置になり、師匠の手刀は背中を突き抜けて貫通していた。

 一歩、後ろによろめいたティートを見て勝利を確信した師匠がティートの顔を見ると、ティートはどこか寂しそうな表情をしていた。


「師匠、今までありがとう。ここまで俺様が強くなれたのも師匠のおかげだ。本当に感謝している。安らかに死んでくれ」


 棘の付いた剣が薙ぎ払われ師匠の首を刎ねる。ティートはダメージがあったから一歩下がったのではなく、剣を振るう隙間を作るために後ろに下がったのだ。普段の師匠ならそんな動きはすぐに看破するのだが、腕を折られた焦りもあり、正常な判断が下せなかった。

 首のなくなった師匠の体がティートの方に倒れてくるとティートはその体を左手一本で抱きしめ、血が全身を濡らすのを無視して大声を上げて涙を流し始めた。

 自分が強くなる切っ掛けを作ってくれた人をこの手で掛けた事、自分が信じてやってきた事が師匠を超えた事、色々な思いが入り混じっての涙はティートが流した初めての涙だったかもしれない。


 師匠の血が止まる頃、ティートの涙も止まっていた。ティートの顔は血で真っ赤に染まっているが、涙を流した場所は、はっきりと分かるほど跡が残っていた。

 大事そうに師匠の体と頭を地面に寝かせると、ティートは自分の着ていた服を脱いで師匠の上にかける。こんな場所に誰も来ないと思っても誰かに師匠の遺体を見られるのが嫌だったからだ。


「こんな場所で悪いが、墓でもないと落ち着いて死んでいられないだろ」


 ティートは少し離れた場所に行くと左手一本で地面を掘り出した。硬い地面は墓を掘るのには適しておらず、思いの外苦労してしまったが、師匠のためと思い血が出ている事さえ忘れて掘り続けると、ようやく師匠の体が入るぐらいの穴を掘る事ができた。

 墓の中に師匠の頭と体を運び込むと、頭と体が繋がっているみたいに見えるように調整すると、掘り返した土を師匠の体に掛けた。少しずつ見えなくなっていく師匠の体にティートは再び涙した。

 少しだけ盛り上がった場所に師匠の使っていた折れた剣を突き刺すとようやく墓が完成した。泥だらけになったティートだったが、そんな事は気にもしていなかった。


「貧相な墓だが、何もないよりはましだと思ってくれ」


 暫くティートは師匠の墓に黙祷を捧げると、棘の剣を拾い上げた。


「それにしても師匠は何でこんな所に居たんだ? それに俺様は何をしにここに来たんだ?」


 師匠がいた理由も、自分がここに来た理由も分からないティートは暫く考えても思い出せなかったので、考えるのを諦め元来た通路を戻っていく。

 地下通路の入り口まで戻ってきたティートは流石に瘴気を使い過ぎたのを感じ、そのままここから一番近い魔の森を目指して歩き出した。

 サーシャに一声かけてから魔の森に戻った方が良かったと思ったのは、すでに帝都を出て暫く経ってからだった。

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