第88話 終わりの話


 トゥユがマールの所に戻るとマールは当然と言った表情で迎えてくれた。だが、その動きは明らかに嬉しそうであり、照れを隠しているのが良く分かった。

 マールが用意してくれた料理を前にトゥユは席に着くと、マールから質問があった。


「そういえばソフィアやティートたちの姿が見えないがどうしたんだ?」


 ソフィアたちの姿が見えない事にマールは少し嫌な感じがしたのだろうが、トゥユは起こった事をすべてマールに話した。


「そうか、そんな事があったのか。だが、安心しろ俺はトゥユちゃんの親で、トゥユちゃんは俺の娘だ。それは決して変わらん」


 マールの言葉にトゥユは泣きそうになった。今まで気丈に振る舞っていたが、やはり長い間一緒に居た者たちが居なくなってしまったのは寂しかったのだ。


「それでこれからどうするんだ? ここにずっと居るのか?」


 マールとしてはトゥユにずっと居てもらって一緒に暮らしたいとの思いもあったが、トゥユは首を振って否定する。


「私は魔の森に行こうと思うの。ここに居ると帝国の兵が来た時に迷惑になるし、ウトゥスの事もあるからね」


 ここにトゥユが居ると分かってしまうと村の人に迷惑になってしまう。トゥユ一人でもある程度の人数の兵なら何とかなるが、それは決して損害が全くない状態でとは言い切れないからだ。

 そして、一番は話さなくなってしまったウトゥスの事だ。ウトゥスを盾代わりに使ってからいくら話しかけても応答が無くなってしまったウトゥスを何とかしたかった。

 どうすればまたウトゥスが話してくれるか分からないが、まずは魔の森に行って瘴気を補充させた方が良いとの考えだった。


「そうか、何かあったらまたここに戻ってこい。俺はここから動かないし、ここはトゥユちゃんの家だ」


 トゥユは「うん!」と元気よく返事をすると、出された料理に手を付けた。ここにも不味いお茶が出されているのが不思議だったが、そのお茶も一気に飲み干す。


「このお茶の味も久しぶりだよ。相変わらず不味いね」


 渋い顔で飲み干したコップを机に置くと二人は笑いあって、残った料理を食べ続けた。


 出発の日までにマールは鎧の修復をしてくれた。あまり長居ができないため簡単な修理となってしまったが、それだけでも有難かった。


「それじゃあ、行ってくるね。お父さん」


 初めて父と呼ばれたマールは驚くと同時に顔を真っ赤にした。よほど父と呼ばれた事が嬉しかったのかマールは挙動不審になっているが、トゥユ抱き着くとマールは落ち着いた。


「行ってこい。何かあったらすぐ俺に報告するんだぞ、娘よ」


 トゥユが手を振って村を出て行くが、マールはトゥユの姿が見えなくなるまで留まり、何度も手を振って見送りをしてくれた。



 魔の森に行く途中、草を食む一頭の馬の姿を見つけた。トゥユはそれがすぐにウルルルさんだと分かったのだが、ウルルルさんの方は一度トゥユの方を見たがすぐに草を食み始めた。

 以前のウルルルさんならトゥユを見つければすぐに寄って来たのだが、やはりウルルルさんもトゥユの事を忘れてしまっているのだろう。

 トゥユがウルルルさんの横を通り抜けて歩を進めると、ウルルルさんは後ろからついてきた。


「どうしたの? 私は貴方の主人じゃないのよ。もう自由にして良いんだよ」


 諭すようにウルルルさんに言った後、再び歩き始めたトゥユだったが、ウルルルさんは相変わらずついてくる。

 追っ払う訳にもいかないので、そのままにしておくと、急にウルルルさんが嘶きを上げた。どうやらウルルルさんもどうして良いのか分からない様子だった。

 そんなウルルルさんに近寄り、優しく顔を撫でると、ウルルルさんは気持ちよさそうにしている。

 放っておく訳にもいかないので、トゥユはウルルルさんに手で付いてくるように合図を送ると、ウルルルさんは大人しくトゥユの後ろを付いてきた。


 魔の森に行く途中にある森の前まで来ると女性の悲鳴が聞こえた。

 ウルルルさんにここで待つように合図を送ると、トゥユは森の中に入って行った。そこには熊に襲われている女性がおり、倒れている女性に熊は今にも爪を振り下ろそうとしていた。

 トゥユが間に入り、熊を一睨みすると、熊は振り下ろそうとしていた爪を止めてしまった。暫くにらみ合いが続いた後、熊は襲うのを諦め、森の中に帰って行った。


「貴様、誰だ? こんな所で何をしている?」


 熊に襲われていた女性は熊が居なくなった所で立ち上がり、トゥユに剣を向けてきた。やれやれと思いながらトゥユが振り向くとその女性はソフィアだった。

 ソフィアはやはりトゥユの事を忘れているようで、トゥユの姿を見ても一向に剣を降ろそうとしなかった。


「大丈夫。私は敵じゃないわ。貴方に危害を加えるつもりもないから安心して」


 戦斧をだらりと下げて攻撃をする意思がないのを示すと、トゥユは突然横を向いた。それにつられてソフィアも同じ方向を向くと、茂みが揺れ中から人が出ていた。


「ロロット! 無事だったのね」


 茂みの中から出てきたのはロロットだった。どうやらロロットが熊に襲われた所をソフィアが代わりとなって引きつけていたらしい。


「無事じゃないわよ! ティートの奴が悪いのよ。私を置いて行くなんて信じられない」


「俺様は早く魔の森に行きたいのだ。ノロノロ歩いているロロットが悪いんだろ」


 次に出てきたのはティートだった。ティートは地下通路でシショウと戦いをしていたはずなので、どこかで合流したのだろう。


「皆さん待ってください。早いですよ」


 最後に出てきたのはナルヤだ。これでトゥユのせいで記憶の無くした者が全員揃った事になる。別れてからそれほど日も経っていないのに、皆の顔を見たトゥユはなんだか懐かしい感じがした。

 最後に全員の顔を見れた事に満足したトゥユは「それじゃあ」と言ってその場を立ち去ろうとすると、後ろから声が掛かった。


「副官の私を置いて何処へ行く!」

「俺様との勝負はまだ付いていないぞ!」

「お風呂に一緒に入る約束でしょ!」

「ご主人様おいていかないで!」


 全員が顔を見合わせる。始めて会ったはずの少女になぜそんな事を言うのか分からなかったのだ。

 だが、トゥユは歩みを止める事無く、手で付いてきてと合図を送るとソフィアたちは、どうしても従ってしまった。

 ウルルルさんの所まで来たトゥユは全員に自己紹介をする。


「私はトゥユ。そしてこの仮面がウトゥスで、こっちのお馬さんはウルルルさん。皆よろしくね」


 笑顔で紹介を終えたトゥユだったが、全員、開いた口が塞がらない状態だった。


「待て、待て、君の名前は分かったが何で仮面にまで名前があるんだ?」


 ソフィアの質問にトゥユは頬を膨らました。


「仮面じゃないよ。ウトゥスだよ。名前はしっかり覚えなきゃいけないんだよ」


 そう言われてしまうとソフィアは何も言い返すことができなかった。相手が自己紹介をしたのだから自分たちもしなくてはと思い、口を開いた所でトゥユがそれを遮った。


「貴方たちの名前はもう知っているわ。だから自己紹介なんて要らない。私はこれからウトゥスを元に戻すために魔の森に行くけど、付いてきたい人だけ付いてきて」


 トゥユが魔の森に向かって歩き出すと、ソフィアたちは互いに顔を見合わせたが、どうやら考えていることは同じだったらしい。

 トゥユに向かって「私たちも一緒に行くぞ」と声を掛けたソフィアたちがトゥユの背中を追って走り出すと、トゥユは他の人にばれないように笑みを浮かべた。



 トゥユたちが魔の森に消えて行った後、王国は帝都への進軍を開始した。いくら二つ名の人間が居なくなったとは言え、その戦いは壮絶を極めたが、兵力と勢いに勝る王国が帝国を打ち倒した。

 ほぼ同じ時期に月星教会も解散を宣言したため、トゥユの目的は図らずも達成されたのだ。


「トゥユ、ウトゥスが治った後どうするんだ?」


 魔の森でウトゥスがどうやったら治るか試行錯誤しているトゥユにソフィアが声を掛けると、


「そうね。マールさんのお嫁さんでも探しに行きましょうか。娘として父親には幸せになってもらいたいしね」


 予想もしていなかった回答に、暗い森の中で全員から笑い声が漏れた。トゥユも一緒に笑いあうが、必ずお嫁さんを見つけると心に決めた。

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少女と仮面 一宮 千秋 @itaki999

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