第82話 お土産の話
村に居たマールの元に帝都から使いの者が来たのはマールが村に着いてから数日後の事だった。
「そうか! トゥユちゃんが来たのか! すぐに行く!」
トゥユに渡すための荷物を纏めるとマールは村を出て帝都に向かった。
伝言を伝えてきた人物の案内で貧民街のボロボロになった家に入るとそこにはトゥユの他、ソフィアたちが椅子に座って何やら話をしていた。
「あれ? マールさんだ。どうしてこんな所に居るの?」
家に入ってきたマールを見つけたトゥユが不思議そうにマールの方を見つめると、マールは元気そうなトゥユに安心をして泣きそうになってしまう。
「何言ってるんだ! 俺に何も言わずに王国を出て行くなんて許さんぞ!」
急に怒り出しだマールに「ごめんなさい」とトゥユが謝ると、マールはぶつぶつ言いながら持ってきた荷物を開いた。袋を広げると中から出て来たのは真新しい鎧だった。
トゥユの鎧はイェニー城でのヒュユギストとの戦いで壊れてしまって現在は何もつけてない状態だったので、新しい鎧はトゥユにとって今、必要な物だった。
早速新しい鎧を身に着けたトゥユはその状態を確かめるように体を動かすが、前の鎧よりも体に合っているように感じる。
「ありがとうマールさん。前のよりも良い感じだよ」
トゥユがマールに抱き着くとマールは一気に顔を赤らめた。その様子を見たロロットが暴れようとした所をソフィアが止めているが、心情的にはソフィアもロロットと同じで暴れたい気分だ。
マールはトゥユから離れた事でやっと落ち着いた。拘束していたロロットを離すとソフィアもトゥユたちと一緒に席に着いた。
「そうだ、トゥユちゃんにもう一つお土産があるんだ」
懐から大事そうに取り出したのは緋色の宝石の付いたネックレスだった。それは机を囲んで座っている者全員の目を奪った。
「凄い綺麗! こんな宝石どうしたの?」
ネックレスを手に取り色々な角度から光を当てて緋色の宝石の光具合を確認するトゥユは宝石から目を離さずマールに尋ねた。
「それはレリア様からのプレゼントだ」
その言葉にトゥユは固まってしまった。ネックレスを掲げたままゆっくりと顔をマールの方に向けるが、冗談を言っているような顔ではなかった。
「どうして……レリアお姉ちゃんが……」
ほとんど喧嘩別れのような感じになってしまっていたので、トゥユとしては恨まれていても仕方がないと思っていたのでレリアがどうして宝石をくれたのか理解できなかった。
「トゥユちゃんもレリア様もお互いが進む道を進んだだけだ。レリア様は決してトゥユちゃんを恨んだりはしていないよ。そうじゃなきゃ宝石を俺に託す事なんてしない。レリア様は何時まで経ってもトゥユちゃんのお姉ちゃんさ」
レリアの真意を知ったトゥユは堪えていた涙を抑える事ができなかった。あふれる涙は頬を伝わり、手元に戻したネックレスを濡らしていく。
腕を目にあて、力一杯擦るとトゥユの目からは涙は消えていた。レリアの思いは受け取ったがトゥユにはまだやる事が残っているのだ。
「サーシャさんさっきの話の続きをしましょう。もう何も怖くないわ」
気分を入れ直し、トゥユはサーシャと先ほどまで話していた帝都城と教会の攻略について話を進めて行く。
「あぁ、そうだな。さっきまでの話を整理すると私は二手に分かれた方が良いと思う。城の方はトゥユとティート。教会の方は残りの人間で攻めると言うのが私の案だ」
全員の顔を見ながらサーシャは自分の考えていた案を述べる。サーシャとしては城の方をどうにかした方が良いとの考えで城にはトゥユとティートの二人で向かった方が良いと考える。
仮に全員で行ってしまうとその間に教会からルトラースが逃げ出してしまう可能性があるのと、トゥユたち以外が城に行った所で足手まといにしかならないとの判断で寡兵を更に分ける事にしたのだ。
「トゥユとティート二人で城を攻略できるものなのか?」
当然の疑問がソフィアから投げられた。一万を超える兵を抱える帝都を二人だけで攻略できるとは到底思えないのだ。それはサーシャも理解しており、何も二人で城を攻略しろと言っている訳ではない。
「トゥユとティートは兵を止めてくれればそれで良いと思っているわ。城が攻められれば教会からも応援が出て行くはずだから、その隙に教会組でルトラースを狙う。トゥユたちにはある程度時間を稼いでくれたら撤退してもらう。一度に両方どうにかできるとは思わない方が良いわね」
城への攻撃は撤退を前提としたものだ。だからトゥユとティート以外の者が一緒に行ってしまえばトゥユたちの撤退を邪魔してしまうかもしれない。それを踏まえての作戦だった。
「良いわ。サーシャさんの作戦で行きましょう。私たちはこのまま城に向かえばいいの?」
一万ほどの敵が相手となるのだが、トゥユはあっさりとサーシャの案を採用する。ティートも異論はないようで犬歯を見せて逸る気持ちを抑えているようだ。
「いいえ、普通に城に行くと二つの城壁を超えなくちゃいけなくなる。それでは城に着くまでに見つかってしまい兵が外に出て来てしまうかもしれないので、私たちが見つけた隠し通路を使ってもらうわ」
大きい城には隠し通路の一つや二つはある物だ。ネストール城での攻略も隠し扉を見つけて城まで侵入していたので帝都にもそういう物があってもおかしくない。
「隠し通路なんてよく見つけたわね。これだけ帝都が広いと見つけるのも大変だったでしょ」
隠し通路など普段は使われていないので探し出すだけでも大変なのだが、サーシャは以外とあっさりした感じだった。
「そんな事はない。私たちが城に向かって地下通路を作っていたら偶然隠し通路にぶつかったのだ」
貧民街の住人で何年もかけて穴を掘って進んでいたら見つけてしまったらしい。見つけたと言うより探し当てたと言う方が正しいだろうか。
ともかく、その通路を使えば城の中まで入れるらしいので、トゥユとティートはその通路を使って城に侵入する事にする。
「あんまりここに居る訳にもいかないから行動しましょうか」
帝都に入るときもサーシャの部下に服を借りて貧民街の住人に扮装して入ってきたぐらいなので、あまり一カ所に留まっていると見つかってしまうかもしれない。
トゥユの合図で全員が席を立つとマールが近寄ってきた。
「俺は手伝えないから村に戻るが、終わったら俺の所に来るんだぞ」
この戦いに参加をしないマールは村に帰る前にトゥユに終わったら自分の所に寄るようにと伝える。
前回は何も言わずに出て行ってしまったので、トゥユも必ず立ち寄ると約束すると、マールは「絶対だぞ」と言い残して村に戻って行った。
トゥユとティートはサーシャに教えてもらった地下通路の入り口に立っていた。そこは貧民街でも一番端にあり、帝都からしても一番端の所にある一軒の家の床だった。
帝国から地下通路を作っている事を悟られないようにした結果、一番帝都の端の家から穴を掘る事になったようだ。
「凄げぇな。こんな所から穴を掘っていたのか。ここからだと城まで何メートルあるんだ」
帝都の一番端から城までだとおよそ一キロメートルぐらいであろうか。そこまでの距離を何年もかけて徐々に掘って行ったのだ。
感心しているティートを尻目にトゥユは早速中に入るため仮面を着ける。
「さぁ、行きましょう。あまり皆を待たせても悪いしね」
トゥユが設置されている階段を使って降り始めると、ティートも続いて降り始める。
地下通路はかなり狭く、四つん這いにならないと進めないほどの狭さだった。トゥユはまだ余裕があるが、ティートは四つん這いになっても体のあちこちが壁に擦れてしまっているらしい。
「もっと大きく作れなかったのか? 俺様の体だと本当にギリギリだぞ」
文句を言いつつ前進をしていくと行き止まりに着いた。そこは貧民街の住人が掘った通路と帝国が作った通路が交わる所でバレると拙いので封鎖していたのだ。
「ティートあったよ。この壁を壊せば城まで続いているはずだよ」
素手で壁を壊し始めると簡単に壁は崩れ帝国が作った地下通路につながった。帝国の作った通路は貧民街の住人が作った通路より大きく、ティートが立ち上がってもまだ余裕はあるほど大きかった。
「あぁー、腰が痛てぇ。最初っからこの大きさにしておけよ」
腰に手を当てて体を反って凝りを解すティートだったが、急にその動きを止めた。通路の奥からこちらに向かってくる足音が聞こえたからだ。
徐々に足音が大きくなって来て、ピタリとその音がやむと、薄暗い通路から姿を現したのは師匠だった。
「師匠!!」
「シショウさん!!」
二人が同時に師匠の名前を呼ぶとお互いの顔を見合わせた。お互いが何故師匠を知っているのか不思議だった。
「ティートもシショウさんを知ってるの? 不思議な事もあるもんだね」
「トゥユこそなんで師匠を知ってるんだ? 魔の森に行っていた時にでもあったのか?」
お互いで質問を投げ合っていると師匠から声が掛かった。
「ハハハッ、変な瘴気が気になって来てみれば弟子といつぞやに会った仮面の者か。貴様らはここで何をしているんだ?」
トゥユと同じぐらいの身長しかない師匠だが、二人ともその強さは知っており、決して見くびる事はない。
「トゥユ、ここは俺様に任せてくれ。俺様が今ここに居れるのもこの人からいろいろ教えてもらったからだ。だとしたらこの人に強くなった俺様を見てもらわないとな」
覚悟の籠ったティートの言葉にトゥユは無言で頷くと、城に向かって走り出した。師匠の横を駆け抜ける時、何かしてくるのではと思っていたが、師匠は動く事なくずっとティートの方を見つめていた。
「何だ、てっきりトゥユが城に行くのを邪魔するかと思って準備をしていたのに拍子抜けだな」
棘の剣を構え何時でも動き出せる状態で師匠を見つめていたティートだったが、師匠に動きがなかった事で少し構えを緩める。
「私も馬鹿じゃない。お前とあの仮面の者を同時に相手にできるとは思ってないさ。それに城に行った所でエヴラールが居るからな」
聞いた事がない名前に少し興味をひかれたティートだったが、すぐに気持ちを切り替え師匠に集中する。
「そうか。じゃあ、誰にも邪魔されず師匠とやり合えるって事だな。アンタを超えて行くぜ」
ティートが剣を構えると師匠も持って来ていた剣を構えた。二人の間に緊張感が走り何時でも殺し合える準備は整った。
トゥユは地下通路を抜けて城に辿り着いた。どこかの部屋の一角に出たトゥユだったが、辺りに兵の姿を見つける事ができなかった。
「誰も居ないね。隠し通路だから誰もこの場所を知らないのかな?」
『そうかもしれんな。だが、油断は禁物だ。何といってもこちらは一人。見つかってしまえば一気に兵が集まって来るぞ』
辺りを警戒しながら城のエントランスと思われる所にトゥユが出ると、そこには一人の男性が立っていた。
「やっと来たか。貴様だな? イェニー城でヒュユギストとアサンタを倒した者は」
正確に言えば違うのだが、訂正するのも面倒臭いのでそのままにしておいた。
「そうだとしたらどうするの? 貴方が一人で戦うとでも?」
男から感じる雰囲気がティートに非常に似ているだけで只者ではないと分かった。しかも一万ほどの兵が居る所で一人で立っているのだ。
「そうだ。俺はエヴラール。『白い双剣』の二つ名を持つ者だ。ヒュユギストたちが一対一で戦ったのだ俺だけ兵を率いて戦う訳にはいかんからな」
トゥユたちの作戦の裏をかいたつもりではないだろうが、ヒュユギストは兵に通常の警備をするように命令しており、ここに兵が集まって来る事はなかった。
そのこと自体はトゥユにとって幸運だったのだが、作戦としてみれば城に教会の兵を集める事ができず失敗となってしまう。
だが、今のトゥユにはそんな事はどうでもよかった。何故なら目の前に居る男が瘴気を出し始めたからだ。
「おっと、久しぶりの戦いで興奮してしまったかな」
自分を戒めると瘴気が引いていき、大きく息を吐くと完全に瘴気は感じられなくなっていた。
「それでは始めるか。ヒュユギストたちをやった相手がどれほどの者か見せてもらおう」
腰に携えた二本の剣を抜くと、右と左でそれぞれ持ち二刀流の体勢になりトゥユに向かって構えた。
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