第十章 帝国
第81話 帝都の話
マールはネストール城に戻ると旅支度をして帝国に向かって馬を走らせた。レリアから預かった宝石は手早くネックレスに加工し、トゥユに会った時に渡そうと決めていた。
そのまま帝都に行っても良いのだが、すぐに戻ってこれるか分からないので一旦、帝国に住んでいた時に使用していた家に向かう事にした。
そこは帝都からほど近い村にあり、王国に行く前に一時的に住んでいた事のある村だった。久しぶりに訪れた村だったが、マールの住んでいた家はそのまま残っており、村長に聞くと今も誰も住んでいないと言う事だったので、この家を拠点にする事に決めた。
「この家に来るのも久しぶりだな。流石に何年も使ってないからかなり傷んでいるが、手直しをすれば住めない事はないな」
持ってきた荷物を机に置くと埃が舞うほどの状態だったが、雨風が防げるだけで十分だった。
マールは早速、火床に大きな石炭を放り込むとメラメラと赤い焔が上がり、鍛冶場に再び活気が戻ってきた。
「まだ十分使えるな。火の質も悪くないし、良い仕事ができそうだ」
金槌を手に持ったマールは火の中から取り出した鉄を打ち始めた。荷物と一緒に持ってきた作りかけの鎧を完成させるためだ。
一晩作業をしたマールは次の日には帝都に向かっていた。トゥユが来るとは思っているが、何時帝都に来るのかまでは知らないため、頻繁に通ってトゥユが居ないか確認しないといけないのだ。
そんなマールに声を掛ける人物が帝都の中にも居た。それは貧民街で暮らしているサーシャだった。
「マールさんお久しぶりです。確か王国の方に行ったって聞いたんですけど、どうして帝都に?」
久しぶりにマールに会えた事でサーシャは嬉しい反面、どうしてこんな所でマールに会えるのか不思議だった。
「おぉ、サーシャか大きくなったもんだな。俺は今、人を探していてな。それで王国から前に住んでいた村に引っ越してきたんだ」
小さかったサーシャが大きくなってもマールの中では当時のままのイメージなので、小さい時にやっていたようにサーシャの頭を力強く撫で回した。
「マールさん痛いですよ。私も大きくなったんですから、もう子供扱いしないでください。」
サーシャの姿を
「それで人探しって誰を探しているんですか? 良かったらお手伝いしますよ」
見蕩れてしまっていたマールは頭を切り替える。確かに帝都に住んでいる者にお願いができれば、トゥユが来たのを逃してしまう事はなくなると思い、サーシャに手伝ってもらう事にする。
「小さい子だ。十歳ぐらいの見た目の女の子なのだが、大きな戦斧を持っている。後は……俺の娘だ」
トゥユの身体的特徴だけでは伝わりづらいと思って、戦斧の事を話したのが正解だったかもしれない。サーシャは頭の中でイメージした人物の中にマールの言葉と合致する人物がいたのだ。
「その子の名前はトゥユって言うんじゃない? もしそうだとしたらここで会った事あるよ」
正にマールが探している人物の名前が出てきて驚きのあまり顔から色が失われてしまった。
「何でサーシャがトゥユちゃんの事を知っているんだ? いや、その前にここに来た事があるって?」
トゥユは確かに一年ほど帝国を見て廻ると言っていたが、まさか帝都に来てサーシャと出会っているとは思わなかった。だが、これは幸運かもしれない。サーシャが手伝ってくれるならトゥユが来た時にすれ違う可能性が低くなるのだ。
「私たちもトゥユに助けてもらったんだ。その恩返しもあるし、マールさんの頼みでもあるなら手伝わせてほしい」
サーシャの申し出にマールは涙が出るほど嬉しかった。その申し出をありがたく受け、トゥユが来たらマールが居る村まで伝えて欲しいとサーシャにお願いをすると、
「任せてください。トゥユが来たらマールさんをすぐに呼びに行きますよ」
快くマールの依頼を引き受けてくれたサーシャを帝都に残してマールは今住んでいる村に戻る事にした。その帰り道、一人の少女と出会った。
「あぁ、そこの人。帝都はこの先で合っているかな?」
自分の体より大きな鉄製の箱を引きずってきた少女はマールの前で立ち止まると帝都までの道を尋ねてきた。どこかティートと似た雰囲気がある少女だが、あまり係るなと心が訴えている。
「そうだ。その道を真っすぐ行けば帝都に着くぞ」
少女は帝都の方を見ると、「ありがとう」と言って再び鉄の箱を引きずって帝都に向かって歩き出した。
「一体誰なんだ? 姿はトゥユちゃんに似ていたがだが、雰囲気はティートと同じだったな」
マールの感じた雰囲気は的を得ていた。その少女……師匠は正しくそのような雰囲気で下手な事をすれば一瞬で相手を葬る事ができた。
知らない間に
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
思いの外、ヴェリン砦とダレル城塞の制圧が順調にいったワレリーはソルと一緒にイェニー城に兵を率いて来ていた。
「ワレリー殿、よくこんな早くイェニー城の攻略の手はずが整いましたな」
独立国同盟としてもイェニー城の攻略は自国が安全になるため必要な戦いなのだが、もっと後になると思っていたので、これほど早くイェニー城に来れた事が不思議だった。
「あぁ、ヴェリン砦とダレル城塞は書状を送るだけで降伏してくれましたから。そうでなければこれほど早くイェニー城まで来れませんでしたよ」
王国の平定のためにはどうしてもヴェリン砦とダレル城塞の奪還は必要だったが、ミトラクランの残党はすでに戦う気力を失くしており、書状を送っただけで降伏してきたのだ。
後は、ルースとアルデュイノをそれぞれヴェリン砦とダレル城塞に派遣する事で被害を出さずに占領する事に成功したのだ。
「トゥユ総長だったら……」
トゥユだったらどうしただろうかと考えたワレリーは誰にも聞こえないように呟いたが、頭を振ってイェニー城の攻略に集中する。
「それにしても兵の姿が全く見えませんな?」
イェニー城から少し離れた所で布陣をしているのだが、城壁はおろか城の周りにも兵が居る様子が伺えない。
「報告します。イェニー城の周囲には兵が一人もおりません。近づいても大丈夫かと。しかも、周囲には兵の死体が散乱しております」
斥候として放っていたエイナルがイェニー城の周囲を確認し、兵が居ない事を報告してくる。たが、最後の一言が非常に気になった。
遠くから見ただけでは何か物が散乱しているだけかと思ったのだが、目を凝らして良く見てみると、確かに人の死体のようにも見える。
「エイナル殿の報告が間違ってるとは思えない。もう少し近づいてみましょう」
ソルの提案にワレリーは頷くと一部の兵をその場に残し、イェニー城に進軍した。その途中、エイナルの報告の通り大量の兵の死体が転がっており、その間を縫うように進んでいく。その死体は酷い状態で転がっており、ワレリーには見覚えのある傷の付き方だった。
「これはティートが戦った跡だな」
その一言に辺りいた兵が凍り付いた。トゥユたちとのバッティングだけは避けなければならない。味方であったからこそトゥユたちの強さを知っているのだ。
「ワレリー殿、どうする? トゥユ殿が居るならバッティングは避けないといけないぞ」
「そうですね。大勢で行って偶発的にトゥユ総長と出会うのは避けた方が良い。私とソル殿の二人で行きましょう」
兵たちを引き連れてトゥユと会ってしまい戦いになってしまう事を避けるため、ワレリーはソルと二人だけでイェニー城に行く事にする。二人だけならトゥユもすぐに攻撃をしてくる事はないとの判断だ。
ワレリーとソルがイェニー城に入るとそこは正に地獄絵図だった。エントランスには外とは比べ物にならないぐらいの数の死体が所狭しと転がっており、唯一人が通れるように一本道があるだけだった。
「これは凄まじいな」
ソルの発言にワレリーも思わず頷くしかなかった。ワレリーがこれだけの兵を全滅させようとしたら一体どれぐらいの兵が必要になるか考えるだけで眩暈がしてくる。
エントランスを抜けて他の部屋を見ても死体ばかりでトゥユたちの姿はどこにもなかった。
「どうやらトゥユ総長はもうイェニー城から出て行ったと考えた方が良いか」
これだけ色々な部屋を見てトゥユの姿どころかティートやソフィアにも出会わない事にマールはトゥユがすでにイェニー城を出て他の場所に行ってしまったと判断する。
「ワレリー殿、ちょっと良いか?」
ソルがワレリーの居た部屋に入ってくると、そのままワレリーを連れて階段を下りて行った。地下にある部屋に着くと、その部屋は焼け焦げており、どうやら火事があったようで、炭になった机や本棚が散乱していた。
「ここだけ火事があったのか? それにしては他の部屋に火が回ってないな」
黒一色になった部屋がその火の勢いがどれだけだったか物語っている。ワレリーが部屋の中に足を踏み入れると焦げた臭いが鼻腔を刺激した。
周りを見渡しながら歩を進めたせいでワレリーは床にある物に躓いてしまう。体勢を崩して転びそうになったが、何とか踏ん張ると躓いた原因となった物に視線を向けると、そこにはほとんど炭になってしまった人の死体が転がっていた。
「うわっ!」
何とか転ばないように体勢を立て直したのだが、いきなり現れた死体に驚いてしまい、結局ワレリーは床に尻を付いてしまった。
周りを見るとその一角だけに死体が集められており、明らかに人の手で集められた事が分かる。
「何でここだけ死体が集められているんだ? それにこの部屋は?」
「私にも分からないが、どうやら何かを隠すために火を付けたようだな」
ワレリーが部屋に入った後に入ってきたソルが、ワレリーと同じように部屋の中を確認するように見渡す。その手は鼻と口を押さえており、少しでも臭いを嗅がないようにしていた。
トゥユが何を隠そうとしてこの部屋に火を付けたかワレリーには想像もつかなかった。それはソルも同様でいくら二人で議論をしようが、その答えは永遠に出る事はなかった。
「だが、これでほとんどの部屋を周ったが、トゥユ総長は結局イェニー城には居ないようだな」
あまりに臭いがきついため、部屋を出たワレリーがイェニー城にはトゥユが居ないと判断する。
「そうだな。兵を呼んで城の中を片付けるとしよう。このままでは衛生的にも精神的にもきついからな」
その言葉を残してイェニー城を出たソルがエイナルに合図を送ると外で待っていた兵がイェニー城に入ってきた。何人かの兵がその惨状を目にした事で気分が悪くなり倒れてしまったが、兵総出でイェニー城の中を片付け始めた。
「ワレリー殿、イェニー城の守りは王国に任せても宜しいかな? 独立国同盟としてはイェニー城さえ押さえてあればすぐに帝国に攻められる事もない」
当初の約束通りソルはイェニー城を王国に任せる事にする。独立国同盟ではイェニー城を守るだけの人が出す事ができず、かといって帝都にイェニー城を抑えられていては拙いため、王国に任せる事で話が付いていたのだ。
「えぇ、大丈夫です。イェニー城は王国が責任を持って守ってみます。リア様他独立国同盟の代表の方々にもそうお伝えください」
ワレリーが丁寧にお辞儀をするとソルは静かに頷いて片付けの終わったイェニー城を後にし、リアの元に帰って行った。
トゥユが治療を受けていた部屋で一人になったワレリーはレリアにイェニー城の攻略完了の書簡を
結局見つからなかったトゥユがどこに行ったのか気になる。しかし、いきなり帝都に行く事はないだろうとワレリーは思う。今の王国の兵を全員投入しても帝都を落とすのは難しいのだ。
だが、それと同時にイェニー城を落とすほどなら帝都も一気に落としてしまうのではとも思えてくるから不思議だ。
「いくらトゥユ総長でも有り得んな」
自分の考えに首を振って否定するが、どうしても否定しきれない自分がワレリーの中に居た。出来ればここで王国も一度落ち着いて欲しいが、それはレリアの決める事でワレリーが考える事ではなかった。
椅子の背にもたれかかり、天井を見上げるワレリーに帝都への進軍の命令が下るのはもう少し先の話だ。
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