第77話 鉄盾の話
ティートたちから離れたトゥユはヒュユギストが立ち止まるとそれに合わせて立ち止まった。
「ここで良いの? 私は準備万端だからいつでも攻撃してきて良いよ」
戦斧を肩に担いだままトゥユがヒュユギストに先手を譲ると、ヒュユギストはモーニングスターと鉄盾を構えた。
ヒュユギストが持つモーニングスターとは棍棒の一種で、鉄の柄の先に星球の柄頭が付いており、星球にはいくつもの棘が付いていた。
ヒュユギストは相手を斬り殺すのではなく、相手を殴り殺す事を得意としているのだ。鉄盾で相手の攻撃を防ぎ、モーニングスターで頭をかち割るこれが基本的な戦術だ。
「分かった。それでは行くぞ。『冠翼の槍』と引き分けたと言うその力、見せてもらうぞ」
大地を一歩踏み込んだだけで地面が沈み、ヒュユギストが身に纏っている防具の総重量がかなりの重さになるのが伺い知れる。その重さ故、スピードと言う点では皆無であり、トゥユが普通に歩いている時の速度と変わらないぐらいの速さしかなかった。
トゥユの目の前まで来たヒュユギストはモーニングスターを天高く掲げると、そのままトゥユの所に振り下ろした。だが、そんな分かり切った攻撃を受けるようなトゥユではなく、軽々と攻撃を躱したのだが、トゥユのいた場所には大きなクレーターができ、その周りは何本も罅が入っていた。
「凄い威力。それだけの威力があれば鎧を着ていようが、関係なく潰されちゃうね」
モーニングスターの威力を初めて知ったトゥユは戦斧で防いだとしてもかなりのダメージを受けるのではないかと感じた。だが、それはあくまでも攻撃が当たった場合であって今のスピードなら何百回振り下ろされようが全部避ける自信はあった。
「じゃあ、次は私が行くね」
わざわざ攻撃するのをヒュユギストに教えてからトゥユは地面を蹴った。鉄盾を正面に構えるヒュユギストは鉄盾だけで全身が隠れてしまうほどだった。
鉄盾に向かって攻撃をした所でダメージなど入らないのは分かっているのだが、鉄盾の中心から少しだけ体をずらして戦斧を思いっきり引き、鉄盾に叩きつけた。
ガキィィィィン!
戦斧と鉄盾がぶつかり合う音が響き、韻が辺りを覆った後、静寂に包まれた。
「なるほど。なかなか良い攻撃だ。これほどのスピードと強さのある攻撃ができるなら『冠翼の槍』と引き分けたのも納得がいく」
トゥユが仮面を着けているのと同様に、ヒュユギストはアーメットをかぶっているのでその表情は伺い知れないが、声色から判断するとどこか喜んでいるように思えた。
「小手調べは良いだろう。全力でかかってこい」
鉄盾を握り直し、ヒュユギストは攻撃を受ける態勢をとる。前面に押し出された鉄盾はまるで壁のようにトゥユの前に構えられ、凄い圧迫感を感じる。
トゥユは一旦距離を取ると、再び真っすぐヒュユギストに突っ込んでいくが、今度は途中で再度ステップを入れ、ヒュユギストの後ろに回り込む。そのままヒュユギストの背中に戦斧を叩きつけようとすると、戦斧は鉄盾に防がれてしまった。
「えっ!?」
いつの間にかトゥユの方を向いていたヒュユギストは戦斧を振るったトゥユにモーニングスターを叩きつけように振り下ろした。トゥユは何とか体を捻って攻撃を躱すと慌ててバックステップで距離を取った。
──あの人いつの間に後ろを向いたの? 全く見えなかったわ。
『どうやらあのゆっくりとした動きはブラフだったようだな。これだけの動きができて普段の動きが遅いのは考えずらい』
ウトゥスの予想はある意味正解で、ある意味不正解であった。ヒュユギストは自分の危機が迫るほど動きが俊敏になるタイプで、普段の時はそれほど素早い行動を見せられる訳ではないのだ。
──うーん。あの盾が邪魔ね。いくら攻撃しても壊れる様子はないし。
『うむ。かなり頑丈にできているようだな。そう考えると盾をすり抜けたとしても生半可な攻撃ではあの鎧も攻撃が通らんと思って良いだろうな』
盾だけではなく全身が蒼を基調としたカラーリングを施されている姿は、青い壁のようだった。
このまま考えているだけでは攻略の糸口すら見つからないと思い、トゥユは再びヒュユギストに向かって戦斧を振り始めた。
上下左右に打ち分けると共に自分の体も動かし、横からだったり、ジャンプして上からだったり色々な角度から攻撃をするが、その全てが鉄盾によって難なく防がれてしまった。
「貴様の力はこんな物か? もっと全力で打ち込んで来い!」
戦斧を防いだヒュユギストは物足りないと言わんばかりに鉄盾でトゥユを弾き飛ばすと、周りに居た兵の所までトゥユの軽い体は飛ばされてしまった。
──あの盾を自在に操れるだけあって力も相当な物ね。力勝負ならティートと良い勝負をするんじゃないかしら。
『ソルと戦って生きているって事はそれだけ何かを持っているのだろうと思ったが、これは相性が悪そうだな』
トゥユの戦い方はスピードで相手を翻弄する事を主眼におき、その隙を付いて戦斧を振るって敵を倒す物だ。その点で言うとスピードで翻弄できない守りの堅いヒュユギストは相性の観点で言うと最悪の敵だった。
弾き飛ばされてしまったトゥユを受け止めた兵は戦いに戻すために思いっきりトゥユの背中を押した。不意に背中を押された事で、前のめりになって進んでくるトゥユにヒュユギストは防御するためではなく、攻撃をする為に鉄盾を前に出した。
必死に回避を試みるトゥユだが、モーニングスターの攻撃ならまだしも、鉄盾の攻撃ではその幅広い攻撃範囲を躱わす事ができず、車と衝突をしたような衝撃がトゥユを襲い、そのまま地面に仰向けに倒れてしまった。
!?
倒れたトゥユの目に飛び込んできたのは、一歩踏み込んで振り下ろされた星球で、このままだと確実にトゥユの頭に振り下ろされる軌道だった。
戦斧を杖代わりにし、地面を押すとトゥユはそのまま転がる事でヒュユギストの攻撃を躱わす事に何とか成功する。そのまま追撃に備え、転がりながらもヒュユギストの動きを追っていたのだが、ヒュユギストは追撃をしてくる事なく、再び盾を構えて守りに専念する。
──なるほど。あくまでも守りが第一で攻撃はできる時にするって感じだね。
『うむ。だがここまで守りに徹されるとかなり厄介だな』
攻撃をしてきてくれれば隙も生まれるのだが、守りがメインになるとなかなか隙も生まれる事はなかった。ゆっくりと立ち上がったトゥユは体と鎧に付いた土を払い落とすと戦斧を構えヒュユギストを見据える。
『どうするトゥユよ。現状では攻略の糸口さえ掴めていないぞ』
全くウトゥスの言う通りである。ソルがヒュユギストと戦っていた事を思うと、どれだけ大変だったか身をもって分かってしまった。
今、トゥユのやれる事は相手に向かって戦斧を振るう事だけだ。何か他に方法があるのならそちらの方法も考えるのだが、他に方法がない以上、振るう事しかできない。
ヒュユギストに戦斧を振るっては反撃されると言う事を何度も繰り返すが、ヒュユギストはその重装備にも関わらず一向に体力が衰える様子はなかった。
「全く。これだけ攻撃しても壊れないなんてあの盾おかしいよね」
もう何度目かもわからない攻撃が盾を打ち付けるが、またもや岩に戦斧を打ち付けたように弾かれてしまった。これが岩なら徐々に崩していけるのだが盾ではそうはいかない。
トゥユの攻撃が弾かれ、盾で押されてしまったため、再び周りを囲んでいる兵の所まで飛んでいく。強制的に背中を押され、ヒュユギストの目の前まで戻されるトゥユだが、そこで一計を案じる。
いくら後ろから押されたとは言え、盾が突き出されるのが分かっているならそれを避けられないトゥユではない。前に出た勢いを殺す事なくジャンプすると盾の上辺に足をかけ、ヒュユギストを飛び越える。
──貰った!
背後を取ったトゥユが戦斧を逆袈裟に薙ぐが、ヒュユギストが体を少しかがめた事によって角度が付き、戦斧が滑ってしまい左の肩当を弾き飛ばすだけになってしまった。
宙を舞った肩当が頂点に達する頃にはヒュユギストはすでに体勢を立て直し、トゥユの方を向いて盾を構えてしまっているので、追撃をする事はできなかった。
「俺の肩当を弾き飛ばすとはなかなかだな。アイデアは良かったがこれまでだ。二度は同じ手は食わんぞ」
ヒュユギストがトゥユに向けて賞賛を送るが、亀のように盾の後ろに隠れてしまっている。サメでも諦めてしまう所をトゥユは何かが吹っ切れたように突っ込んでいく。
何回、何十回とネジが壊れたおもちゃのように戦斧を鉄盾に叩きつける。
「ふっ! 何度やっても同じだと言うのが分からんのか?」
そんな事は言われなくても分かっているが、トゥユは戦斧を打ち付けるのを止める気はなかった。
「他の手段があるなら喜んで止めるわ。でも、他に手段がないなら死ぬまで止める事はしないわ」
鉄と鉄がまるで楽器を演奏しているかのようにぶつかり合い、高い音を奏でる。だが、その高い音の中に時折、低い音が混じり始める。
ヒュユギストも今まで聞いた事のない音に違和感を覚えるが、左右に動き回るトゥユの攻撃に反応するため、その違和感の正体を突き止めようとしなかったのが間違いだった。
トゥユがヒュユギストの横に回り込み振るった戦斧を盾が防いだ所で、違和感の正体が姿を現した。それはすごく小さい物だが、盾に罅が入ったのだ。
その罅を見つけたトゥユは罅の入っている所のみを集中して攻撃を始める。ヒュユギストは最初は分からなかったが、明らかに同じ場所を攻撃しているのと、鈍い音がだんだん大きくなってくる事でトゥユの狙いが分かり始めた。
「貴様! 盾を壊す事を狙っているのか!?」
トゥユの狙いが分かった所で、盾での守りを優先しているヒュユギストにはできる事は少なかった。少しでも盾のダメージを軽減させようと盾を動かすのだが、トゥユは的確に罅の入った所を攻撃してくる。
「……これで!」
渾身の力を込めて振るった戦斧は罅の入った個所から鉄盾を横に真っ二つにし、盾を持っていたヒュユギストの腕に当たって止まった。盾を壊す事で力を使い果たしてしまったため、腕を斬り飛ばす事はできなかったが、十分な戦果だ。
上半分になった盾はトゥユの攻撃を防ぐにはあまりにも小さすぎた。回転数を増して戦斧で攻撃するトゥユを止める事ができず、右の肩当を吹き飛ばされた所で初めてヒュユギストの方から距離を取った。
「俺の盾を壊してしまうとはな。なるほど……本気を出すしかないか」
半分になってしまった盾を投げ捨て、アーメットとブレストプレイト、ガンドレットを外すとその防具が地面にめり込んだ。これだけでどれぐらいの重さの鎧を身に着けていたのか良く分かる。
防具を外したヒュユギストは身軽になった体を確かめるようにジャンプをしたり、体を捻ったりすると地面に置いていたモーニングスターを拾い上げた。
「もう準備は良いの? 私の事は気にしないで続けて良いよ。何時までも待っててあげるわ」
「気遣い無用。女性を待たせては男の恥になる。それに動いている内に体が慣れるものだ」
今までトゥユの方から仕掛けてばかりだったが、体の軽くなったヒュユギストは地面を蹴って自分から仕掛けに行く。
その速さは当然、鎧を着ていた時とは比べ物にならないぐらい速いのだ。もしかしたらトゥユと同じぐらいの速さを誇っているかもしれない。
想像以上の速さにトゥユは一瞬、反応が遅れてしまい、ヒュユギストが振ってきたモーニングスターを避ける事ができず、戦斧で防ぐ事で何とか攻撃をしのぐ。
だが、モーニングスターの威力は剣を受けるのとは訳が違い、戦斧で防いだ所でトゥユの体は軽々と弾き飛ばされてしまった。
「そんな戦い方もできるんだ。ちょっとびっくりだよ。ただの的じゃなかったんだね」
攻撃を受けた衝撃で口の中を斬ってしまったトゥユは口の端から流れる血を拭きながらヒュユギストを見据える。
「俺もこの戦い方をするのは久しぶりだ。加減はできんから覚悟しろよ」
片頬に笑みを浮かべ、肩をグルグルと回し、体の凝りを取るとヒュユギストは再びモーニングスターを構えトゥユに向かって猛進してくる。その様は正に猛牛のようであった。
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