第65話 説得の話


 ロトレフではリラが連日のように独立同盟の国の代表者と話し合いをしていた。

 イーノ村から帰って来たリラはすぐに他の独立同盟の国の説得を始めたのだがあまり上手く行っておらず、この日も説得に失敗し話し合いは終了した。


「はぁ、皆さんなかなか分かってくれませんね」


 リラが少し弱気になりながらソルに話しかける。


「地道に行くしかありませんね。焦ってしまっては上手く行く話しも上手く行かなくなる。ここが辛抱の為所しどころです」


 ソルはそう言ってリラを励ますのだが、同盟国の説得が上手く行っていない理由は二つあると思っていた。

 一つはヴィカンデル王国という名前だ。ロトレフの中でもまだヴィカンデル王国の名前には拒否反応を示す者が居るぐらいなので、同盟国でこの名前が受け入れられるようになるには時間が必要だった。

 もう一つはヴィカンデル王国の実力だ。イーノ村と言う同盟国の中にはその村の存在すら知らない国があり、そんな小さな村で立ち上げた国と同盟を結んだ所でミトラクランに目を付けられてしまっては堪った物ではないと考えているのだ。

 だが、気弱になっているリラの元にヴィカンデル王国からの使者がやってきた。まだ何も成し遂げていないリラは合わせる顔がないのだが、会わない訳にも行かないので、その重い腰を上げる。

 使者を待たせてある部屋の扉をノックし中に入ると、中で座っていた男が立ち上がりリラたちの方に頭を下げてきた。


「お初にお目にかかります。私はトゥユ総長の代理で参りましたフィリップです。面会の席を設けていただきありがとうございます」


 フィリップは顔を上げて驚いた。そこに居たのが『冠翼の槍』の二つ名を持つソルが立っていたからだ。


「これはソル殿ではございませんか!? 私の事を覚えておいででしょうか? 王都で何度かお話をさせてもらった事があるのですが」


 フィリップは王都で勤務していたので、ソルが王都に来た時などは話す機会があり何度か会話を交わしていたのだ。


「フィリップ殿、落ち着いてください。まずはトゥユ殿の代理で来ていただいた用件を聞かせてもらえるだろうか」


 フィリップは自分の役割を思い出し、興奮して行動してしまった事を謝罪し、リラに促され席に着く。


「今日はトゥユの代理と言う事ですけど、どのような内容でしょうか?」


 リラの質問にフィリップはトゥユから言付かった内容を端的に答える。


「トゥユ総長はネストール城を落とし、今はネストール城に滞在しております。これがトゥユ総長から伝えてくれと言われた内容です」


 フィリップはロトレフの状況を知らないため、言付けの意味を理解していなかったのだが、リラたちの表情を見て非常に重要な内容だったのだと分かった。


「フィリップさん、非常に有益な情報ありがとうございました。帰ったらトゥユに『ありがとう』とお伝えください」


 それだけ言うとリラは「後は旧友を温めてください」と言い残し部屋を出て行ってしまった。

 部屋に残ったフィリップとソルはお互い何故か緊張してしまい、なかなか話す事ができなかったのだが、フィリップが思い切って口を開いた。


「ソル殿、その腕は……」


 人の負った傷の事を聞くなど本来は失礼にあたるのだが、ソルは怒る事なく笑いながら答える。


「あぁ、これはイェニー城から逃げる時に失敗してしまってな。私も年を取った物だ」


 無くなった腕を摩りながらニヒルな笑顔を浮かべると、フィリップは申し訳ない感じがしてしまった。


「年だなんてそんな事はありません、しかも、イェニー城と言えば『蒼い鉄盾』が攻めていたと聞いた事があります。それならば生きていただけでも凄い物です」


 『蒼い鉄盾』は帝国の中で三人いる二つ名の一人で帝国の復権に貢献した一人だ。ソルにとってイェニー城の話は傷口に塩を塗られるような感じなのでフィリップの事に話を変える。


「君の方は何故トゥユ殿の所に? 接点があるようには思えないのだが?」


 王都に居たという話からイーノ村若しくはネストール城に居るトゥユと出会う事はなさそうなため、何故トゥユの元に居るのか不思議だった。


「私は王都が革命軍に落とされた時捕まってしまい、そのまま部下と共にネストール城に移され、奴隷のような生活をしていた所にトゥユ総長が現れたのです」


 フィリップにとっても話すだけで屈辱の日々が思い出されるのだが、ソルはその事を幸運だと言った。


「君は幸運だな。トゥユ殿に出会えた事はきっと今後君の人生にとって良い影響を与えるだろう」


「トゥユ総長とはソル殿から見てもそれほどなのですか?」


 トゥユとの付き合いが短いフィリップはソルにそこまで言わせるトゥユの魅力がまだ分からなかった。


「君も千人長にまでなった男だ。一度トゥユ殿と一緒に戦ってみればわかる。その武力は知っているだろうが、私が評価しているのは作戦実行能力の方だ」


 トゥユの強さは一目見ただけで分かった。あんな小さな少女が自分の身長もある戦斧を振るうのだ。それだけで強さは分かると言うものだが、ソルの評価は少し違うらしい。


「作戦実行能力ですか? 確かにネストール城を落とした手際は見事でしたがそれ以外にも?」


「トゥユ殿の作戦は自分の強さを信用し、他の者の行動は失敗しても問題ないような作戦になっているのだ。一見すると味方を信用してないように見えるが、それは違う。信用しているからこそ失敗しても問題ないような作戦を立てるのだ。そしてその作戦を必ず成功させる。この能力は持とうと思っても持てるものではない」


 『冠翼の槍』と謳われたソルをもってしてこの評価である。フィリップは改めてトゥユの偉大さを知る事になった。


「本日はお話を聞けて大変参考になりました。私はこれで戻ろうと思います」


「そうか、私も話せてよかった。我々は同盟を結んでいるんだどこかの戦場で会う事もあるかもしれん。その時はよろしく頼むよ」


 フィリップは席を立つとソルと握手をしてロトレフを後にした。その道中、フィリップは王都からイーノ村の方へ向かう軍隊が居るのを見つけた。

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