第64話 プレゼントの話


 ブラートは自分の部屋で執務を行っていた。とにかく色々な事があるのでそれの対応をしているとどうしても書類の整理が後回しになっていたのだ。

 集中して一気に書類を片付けようとしていたブラートだったが、ドアがノックされた事でその作業を中断せざるを得なかった。


「失礼します! ただいま入った情報ですが、イーノ村にてヴィカンデル王国と名乗る国が設立されたようです」


 部屋の中に入ってきた兵の報告にブラートは持っていたペンを落とし、興奮した様子で立ち上がった。


「何だと! ヴィカンデル王国だと! 誰だ! そんな不届きな名前を持ち出したのは!!」


 ブラートの怒りに報告に来た兵は自分が怒られてしまったような感覚に陥り背筋を伸ばして答える。


「はっ! 王女としてレリアなる人物が国を立ち上げたと報告がありますが、その者が何者かは今調査中であります」


 少し落ち着いたブラートは椅子に座り直すと「分かった」と言って兵の退出を促した。


 ──レリアだと? 一体何者なのだ。王の血族は全員死んでいるはず。それなのにわざわざヴィカンデルを名乗るとはただの嫌がらせか、それとも……。


 ブラートはレリアの正体を推測するが、今ある情報だけではわかる事は何もなかった。

 それでもなおレリアの正体について考えていたブラートにまた新たな報告がもたらされた。


「失礼します! ネストール城のハンス様から荷物が届いております。」


「荷物? ハンスから?」


 何かを頼んだ覚えもないブラートはハンスからの荷物に心当たりがなかったのだが、開けてみる事にした。

 兵が荷物を机の上に置くと、何か重たい物でも入っているのかゴトッと低い音がした。持っていた兵も荷物が重かったのか手が少し痺れてしまっている様子だった。

 ブラートが荷物を開け中を確認すると、


 うわっ!


 立ち上がって箱を開けていたブラートは思わず飛び退き、椅子を倒しながら尻持ちを付いてしまった。

 中に入っていたのはハンス首だった。首と一緒に入っていた手紙を恐る恐る開くと、『ミトラクランの皆さんにプレゼントです。ヴィカンデル王国』と書かれていた。

 馬鹿にしたような手紙をブラートは破り捨てると、すぐにネストール城の偵察を行うように兵に命令する。


「すぐにネストール城の状態を確認しろ! 後、ヴィカンデル王国についてもだ! 奴らはミトラクランに弓を引いたのだ!」


 報告に来た兵は敬礼をすると、すぐに今の内容を他の者に伝えるため退出していった。

 次から次へと難題が降りかかるブラートが頭を抱えて机に肘を乗せた。


「何だこれは。何が起こってるんだ。ロトレフの攻略に失敗するわ、ヴィカンデル王国が復活するわ私の知らない所でいろいろ起こりすぎだ」


 そのどちらにもトゥユが関わっている事を知らないブラートは見えない敵に背中を寒くした。


 数日も経つとヴィカンデル王国の詳細がブラートの所に入ってくる。

 どうやらレリアという人物は生まれてすぐにイーノ村に隔離されたため、本当に一部の者以外はその存在を知らなかったのだ。ブラートでさせ知らなかったのだ。知っていたのは王族の者ぐらいだったであろう。

 その人物が立ち上がってヴィカンデル王国を建国したのだが、ミトラクランにとってはあまりにもタイミングが悪い。

 度重なる重税で民は疲弊し、ミトラクランへの忠誠が離れている時に建国されたのだ。これではミトラクランに付いていた地方の領主はヴィカンデル王国の方に付いてしまう。

 ブラートはジルヴェスターを自室に呼び、ヴィカンデル王国の攻略を依頼する。


「ヴィカンデル王国と言っても、イーノ村という小さな村を拠点にしているので兵の数はたかが知れているのだが、君にに潰してもらいたい」


 「確実」と言う所を強調し、ブラートがジルヴェスターに視線を向けると、


「ですが、ロトレフの方はどういたしましょう? 僕はロトレフの攻略の準備をしていたのですけど」


 ジルヴェスターはロトレフの攻略が失敗したため、第二陣として兵の準備をしている所だった。ロトレフでは『冠翼の槍』が居たとの報告があり、普通の兵では太刀打ちできないだろうとの判断だった。


「今は良い。ロトレフよりもヴィカンデル王国の方がミトラクランに与える影響は大きい。もしかしたらネストール城も落とされたかもしれんしな」


 ネストール城の話はブラートの所で止まっていた。偵察に行った兵がまだ帰ってきていないのだ。


「ネストール城が落ちたのですか? あそこを落とすとなると大軍が必要になります。もしかしてヴィカンデル王国にはかなりの兵が居るのではありませんか?」


 普通に考えればジルヴェスターの言った見解は正しいのだが、トゥユはその常識を覆すような事をやってのけていたのだ。


「だが、イーノ村ではそれほど兵を抱えられるはずがない。だから不思議なのだ。偵察の兵が帰ってくれば分かるのだが……」


 ブラートは偵察の兵が帰ってくればと言ったが、その偵察の兵はすでにナルヤの矢に射抜かれ帰って来る事はない。


「分かりました。イーノ村に向けて出発します。兵はどれほどお貸しいただけるのですか?」


 正直に言ってしまうと一人も出したくないのだが、それではいくらジルヴェスターと言えどヴィカンデル王国を滅ぼすのは無理だ。


「ここからは二千ほど連れて行け。途中のダレル城塞で、更に千の兵を補充し、三千で攻略をしてきてくれ」


 イーノ村を滅ぼすだけなら十分な数と言えるのだが、ネストール城も落としていたとしたら十分とは言い切れない。あそこには五千ほど兵が居るはずで半分が寝返ったとしたら兵力は拮抗してしまうのだ。だが、今のミトラクランでは三千の兵を動かすのが限界だろう。


「分かりました。イーノ村へ向けて出発します。吉報をお持ちしますのでお待ちください」


 ジルヴェスターは頭を下げた後、部屋を出ると動かせる兵の少なさに溜息を吐いた。

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