第63話 占領の話


 トゥユが扉を開けて中に入ると、一人の男性が椅子から立ち上がり、両手を広げてトゥユたちを歓迎する。


「ようこそいらっしゃいました。私はここの領主をしているハンスと言う者です。皆さんの到着を今か今かと待っておりました」


 男の後ろには警護の兵が二人立って居るだけで、部屋には他に兵が居る様子はなかった。


「貴方がここの大将さん? だったら私たちが来た理由は分かるわよね?」


 トゥユが睨みを聞かせてハンスに話しかけるが、ハンスはその笑みを崩す事はしなかった。


「えぇ、分かっていますとも。私もミトラクランの悪政には困っておりまして皆さんのような方が現れるのを待っていたのですよ」


 そう言うハンスの部屋には装飾品や骨董品の類が沢山置いてあり、どう見ても困っているようには見えなかった。


「アハハハッ、見られてしまいましたか。これは私の趣味で集めたものでして、言っていただければ幾らでもお譲りしますよ」


 笑みを止めないハンスにトゥユはこれ以上全員がここに居ても仕方がないと思いワレリーに目配せをする。トゥユが何を言いたいのか目で悟ったワレリーは部下を連れて部屋を出て行った。


「おぉ、分かっていただけましたか。いやあ、理解の早い方は見ていて気持ちが良い」


 ワレリーたちが出て行った事で自分が許されたと勘違いしたのかハンスはトゥユの傍に寄って来て握手をしようと手を差し出した。


「ここの部屋の中にある物なら私は貰って行っても良いの?」


 トゥユが差し出された手を無視して、部屋を見渡しながらハンスに聞くと、


「も、もちろん何でも差し上げます。何が欲しいですか? 女性だったらやっぱり宝石でしょうか?」


 握手を拒否された事で顔を引く付かせながらも冷静さを保ち、握手を拒否された手で手揉みをして答える。


「じゃあ、私はこれを貰おうかな」


 トゥユはそう言ってハンスを指差す。ハンスは自分の後ろに何か欲しい物でのあるのかと後ろを振り向くが、窓が見えるだけで何が欲しいのか分からなかった。


「えっと……、あの窓が欲しいという事でしょうか?」


 何が欲しいか分からないのでハンスは目に映った物を答えるが、トゥユは首を振るのみだった。


「アハハハッ、あんな窓を貰っても仕方ないよ。私が欲しいのは貴方よ」


 ハンスは自分の容姿がそれ程良いとは思っていないが、自分の財力は女性を惹きつけるのには十分に魅力的だと思っていた。なのでトゥユの言葉を聞いて、こんな少女にまで自分の財力が有効なのだと手で顔を覆いながら格好をつける。

 顔の一部を手で隠す事で見えない顔の一部を脳が勝手に補完し格好良く見せるという錯覚を利用したのだが、トゥユには急に頭が痛くなったのかな程度にしか思われていなかった。


「ふっ、仕方がないな。可愛がってあげるからこっちにおいで」


 ハンスは両手を広げてトゥユを迎え入れようとする。トゥユは素直に応じ、ハンスの前まで歩を進めると戦斧をハンスに突き刺した。


「な、何を……」


 トゥユが完全に落ちたと思っていたハンスは、いきなり戦斧で腹を刺され、痛みに耐えられず膝を付いた。


「何を勘違いしているの知らないけど、私が欲しいのは貴方の命よ。それ以外に興味はないし欲しいとも思わないわ」


 トゥユが腹から戦斧を抜くと、ハンスは血を吹き出しながらその場に倒れた。何度か体を痙攣させた後、ハンスはその生涯を閉じた。

 その様子を見ていた護衛の二人が遅ればせながらもトゥユに向かって攻撃をしてくるのだが、一人はティートに斬られ、もう一人はナルヤの放った矢でトゥユに辿り着く前に命を落としてしまった。


「この人一体何がしたかったんだろうね? 両手を広げるなんて自分から殺してくれって言っているような物だよね」


 ハンスが何に勘違いしていたか全く気付かないトゥユはしきりに首を傾げているのでナルヤはフォローを入れる事にした。


「ご主人様がハンスに向かって貴方って言ったのが勘違いされてしまったのですよ」


 ますます訳が分からなかった。


「だって、私はハンスの命が欲しいから貴方って言っただけで、他の物など欲しいとも思わないわ。光るだけの石だったり、古い壷だったり見てもなんとも思わないもの」


 それのどこがいけなかったのかナルヤに聞くが、トゥユはいくら聞いても理解する事ができずこの話はなかった事にした。


「もうこの話は忘れましょ。これ以上考えても分からないわ。……そう言えばティートは? 何処に行ったのかしら?」


 部屋の中を見渡すが、先程までいたはずのティートはいつの間にか部屋から姿が見えなくなっていた。


「まあ、良いわ。ナルヤちょっと手伝って」


 ここでは既にティートのやる事はなくなっているので特に気にした様子もなく、トゥユはナルヤに自分の手伝いをお願いした。



 ワレリーはハンスの部屋を出ると螺旋階段を使い一階まで降りると兵に元王国兵の誰かを連れてくるように命令した。虱潰しに城を探索しても良いのだが、それでは時間が掛かってしまうため牢の場所を知っている者に案内をしてもらうためだった。

 暫くすると兵がトゥユが最初に助けた兵を連れて戻ってきた。事情を説明すると兵は快く了解し、「こっちです」と言って歩き出した。牢へ続く階段は城門近くの部屋の中にあり、知っている者でなければすぐに探し出すのは難しかっただろう。

 まだ兵が残っているかもしれないので、ワレリーが先頭になって数名の選抜されたメンバーと連れて来た兵で階段を下りていく事にする。


「うっ、何だこの臭いは」


 暫く階段を下りると刺激臭が鼻を突いて来る。連れて来た兵は慣れているからなのだろうかあまり顔を顰めるような事はないが、ワレリーを初めとした兵は余りの臭いに鼻を摘んで耐えるしかなかった。

 ワレリーたちが最下層に着くと階段の前に扉があり、この扉の奥に牢屋があるという話だ。

 扉には丸い金属の取っ手が着いており、その取っ手を引っ張り扉を開けると悪臭は更に酷く鼻を刺激する。

 扉の中には五部屋ぐらいに区切られた牢屋があり、その中で元王国兵が何も話す事なくぎゅうぎゅう詰めの状態で、空ろな表情を浮かべ死を待っているようだった。


「皆助けに来たぞ! 俺たちは助かるんだ!」


 連れて来た兵が牢の中に声を掛けるがすぐに反応はなかった。今まで散々酷い目に合わされてきたためすぐには人の言う事を信じられないのだ。

 摘んでいた鼻から手を離してワレリーが牢の鍵を探し始めると一緒に降りて来た者たちもワレリーに続いて鍵を探し始めた。


「どうだ? 鍵は見つかったか?」


 牢の前には机と椅子がおいてあり、看守が居た形跡があるので鍵もこの近くにあるのではと探しているのだが一向に見つからない。


「いえ、こちらにもありません。くそっ、何処に隠したんだ!」


 鍵を探していた兵の一人が毒づくがそんな事で鍵が見つかったりする事はなかった。


「これだけ探しても鍵が見つからないとなると、上で死んでいる兵の中から看守を探して鍵を見つけるしかないな」


 それは気の遠くなるような作業に思えた。ネストール城に居た兵は凡そ五千ほどだ。その中の死体を全て漁り鍵を探すなんてどれだけ時間が掛かるか分からなかった。


「ここは地下道に比べても臭えな。死の臭いがしたから来て見たがこれは外れか?」


 ワレリーが振り向くとそこには顔を顰めながら鼻を摘むティートの姿があった。だが、そんな姿のティートも今のワレリーから見れば神のように見えた。


「ティート、良い所に来てくれた。この牢の鉄格子を何とかしたいんだが開けられるか?」


 ティートは最初、何を言われているのか理解できなかった。こんな死の臭いがする牢の鉄格子を壊した所で何の意味もないと思ったからだ。

 だが、ワレリーが真剣にティートの目を見て来た事で「やれやれ」と言ってティートは頭を掻きながら牢の前に歩き出した。目の前の鉄格子の調子を確かめるようにコンコンと叩くと、ティートにとってはそれほど硬い物には思えなかった。


「この鉄格子を壊すだけで良いんだな?」


 ティートは後ろを振り向かずワレリーに確認をすると「やってくれ」と応答があった。

 鉄格子を一本ずつ両手で掴み、ティートが力を入れて左右に引っ張ると鉄格子は飴細工のように曲がり、大きな隙間ができた。

 ワレリーができた隙間から牢の中に入り動けなくなっている王国兵を抱えると牢から出て部下に手渡した。


「この人と一緒に上に行って応援を呼んできてくれ。全員でここに居る人を上に運ぶんだ」


 その様子を見ていた自力で動ける兵が恐る恐る隙間から出てくると、出ても平気なのが分かった兵が次から次へと曲がった鉄格子の隙間から出て来た。


「動けるものは自力で上に上がってくれ」


 ワレリーが叫ぶと動ける者たちが部屋を出て階段を登り始める。その様子に他の牢からも、


「こっちも! こっちも開けてくれ!」


 鉄格子を握りながら助けを求める兵にワレリーはティートにすべての牢の鉄格子を壊してくれとお願いする。やっと自分が何をやっているか理解したティートは何の遠慮もなく鉄格子を壊し始めた。


「ガハハハッ、俺様に掛かればこんな物よ」


 全ての牢の鉄格子を調子に乗って跡形もなく破壊したティートが胸を張って笑っていると、ワレリーに動けなくなった兵を手渡され、


「この兵を上に運んでくれ。なるべく丁寧に頼む」


 ティートはこんな事をするために来たんじゃないとワレリーに伝えようとしたが、ワレリーはすぐに牢の中に戻って行ってしまい文句を言うタイミングを逃してしまった。

 ここに居ても敵がいる訳じゃないと分かったティートはここから離れるついでに渡された兵を抱えて階段を登り始めた。


 全員を牢から出すとネストール城にある中庭に動けなくなった者と動けるものを分けて待つように命令する。

 動ける者の中には数カ月ぶりに太陽を見た者がおり、太陽の光を存分に浴びるように寝転んだりしていた。動けない者は全体の約二割ほどに達し、その中には息は微かにあるのだが、声を掛けても応答しない者も混じっていた。


「くそっ! こんな事なら最初からロロットを連れて来ていれば良かった」


 今になってロロットを連れて来なかった事を後悔するが、愚痴を言っても先ほど使者を出したばかりなのでどんなに早くてもロロットが来るまでには数日はかかってしまう。


「あれだけ家があったんだから一人ぐらいお医者さんっていないのかな?」


 下に降りてきたトゥユがワレリーが開放している兵を見ながらそんな事を言ってきた。

 確かにネストール城の前には家が何軒も建っており城壁の中だが村を形成していた。そんな所なら一人ぐらいは医者が居ても不思議ではない。


「誰か! 避難させた村人の中に医者が居ないか探してきてくれ!」


 一人の兵がネストール城の門を出て避難させていた村人の所に駆けて行った。数分するとその兵が一人の老人を連れて戻ってきた。


「ワレリー大将、医者がおりましたのでお連れしました」


 走って来たため息を切らしている医者だが、すぐに動けなくなっている者の診察をお願いすると、その前に動けない者を太陽の下に置いておくのは拙いとの事なので空いている部屋に移す事にした。

 ワレリーが医者と一緒に部屋の方に行ってしまったので手持ち無沙汰になってしまったトゥユは城の探索でもしようと後ろを振り返り歩き出そうとすると、最初に助けた旧王国兵が目の前に立っていた。

 その兵はすぐに片膝を付いて首を垂れると、


「この度は仲間の兵まで助けて頂いてありがとうございました。私は王都にてカルロス様の部下をしておりましたフィリップと申します。よろしければ貴方様の配下に加えて頂きたくお願いに参りました」


 フィリップの行動を見た他の兵たちも次々と集まってきてフィリップと同じ様に膝を付いて首を垂れた。

 さっきも同じような事を言って助けてくれるとは言われたのだが、兵として迎え入れられたのかが微妙だったため、再度トゥユにお願いに来たのだ。


「さっきも言ったけど、一緒に戦うと言うなら拒否をする事なんてしないわ。自由にしなさい」


 正式に許可が得られたフィリップだが、どうしても聞いておく事があった。


「失礼でなければ貴方様の名前を教えてもらえないでしょうか? これから上官となる方の名前も知らないなど兵としてあって話ならない事です」


 恭しく下げた頭は上がる事がなくトゥユの言葉を待っていた。


「私はトゥユよ。これで良い? 貴方たちはワレリーさんの指揮下に入りなさい」


「おぉ、もしかして『総面の紅』の二つ名をお持ちのトゥユ殿ですか。王都に居た頃に話を聞いた事がありました。そのような方と一緒に戦えるなんて光栄の極みです」


 フィリップが王都に居た時に『総面の紅』の名は兵の間でも話が持ちきりになっていた時があった。何でも仮面を着けた少女であると。

 フィリップは姿勢を崩す事は無かったが、後ろに居た兵たちはトゥユの二つ名を聞いて「おぉ」と感嘆の声を上げた。


「そう。頑張りなさい。貴方たちの動きに期待しているわ」


 トゥユはあまり恭しく接してこられるのは苦手としていたため、そっけない口調でそれだけ言うと城の中を見て回るため歩き始めた。

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