第62話 侵入の話
ネストール城の外に出てきた兵をほとんど倒し、残っているのは数名でそれもすべて倒すのは時間の問題だった。残りはネストール城に篭ってしまっていて城の中に入らないと出てくる様子はなかった。
外に居た旧王国軍の兵は凡そ三十名で、話を聞くとミトラクランに捕まった後、ネストール城に連れてこられたのは当初、千人ほど居たそうだ。
「食事も何日かに一度、不衛生な牢獄、強制労働と一緒に来た兵はどんどん死んで行き、今残っているのが三百人ぐらいなのです」
最初にトゥユに助けられた兵がワレリーの質問に答えた。
「今、ネストール城の牢獄に居る兵もかなり体力が落ちており、健康な者は一人も居ません。早く助けねば皆死んでしまいます」
ワレリーはその話を聞いた後、一人の兵にイーノ村に行ってロロットを連れてきてもらうようにお願いする。兵は「了解しました」と敬礼をするとすぐに馬に乗りイーノ村へ駆けて行った。
ティートが外に出ていた最後の兵を倒すとワレリーと共にトゥユの所までやってきた。
「もう終わりか? 俺様はまだまだ殺し足りんぞ」
敵兵の三分の一近くを一人で倒しておいてティートは未だに満足をしていないらしい。
「トゥユ総長どうする? 相手は城に篭って出てくる気はないようだぞ。くそっ! 時間が惜しいというのに!」
ワレリーは助けた兵からの話を聞き、珍しく焦っていた。
「ワレリーさん、落ち着こうよ。そこまで切羽詰まった状態ではないでしょ」
トゥユの一言にワレリーは大きく深呼吸をする。どこか焦ってしまっていた自分を落ち着かせるためだ。
「すまなかった」
落ち着いた表情でトゥユの方を向いたワレリーから焦りの色が消えていた。
ネストール城は城壁に囲まれた中にある城でそれ程大きくはないのだが、何個もの円塔と外壁で囲まれており簡単には攻略できるような感じではなかった。
トゥユはもう一度ティートを使って飛び込むかとも思ったのだが、円塔から放たれた矢が足元に刺さると、その案を引っ込めた。先程は上手く行ったのだが警戒している中、飛んでいる最中に矢で打たれては流石のトゥユも全てを回避できるか分からなかったからだ。
「流石に飛び込むのは無理そうね。違う方法を考えましょうか」
トゥユが他の方法を考えるため、少しだけその場を離れると、ナルヤが円塔から攻撃をしてきた者を弓で狙い撃ち、見事にその者を殺していた。
「ご主人様に弓を引くものは私が許しません」
そう言い残しナルヤもトゥユの所に走って行った。
「本当なら火でもかけて殺しちゃうのが良いんだけど、今後も使う事と捕まっている人の事を考えると火は使えないわね」
ワレリーはその言葉を聞いてほっとした。ここでトゥユが火攻めを行うと判断していたら口論になっていたかもしれないからだ。
「だが、相手は亀のように引っ込んで出てこないぞ。どうする?」
ワレリーも自分で良い案がないか考えてはいるのだが、なかなか良い案が出てこず最後にはトゥユに頼ってしまうのだ。
「トゥユ隊長、報告があります」
未だに隊長と言う呼び名でトゥユの事を呼んでしまうルースがトゥユに声を掛けた。
「旧王国軍の人に聞いてある家を調べたのですが、そこに地下に続いている隠し扉を見つけました」
トゥユは早速ルースの案内でその家に行く事にした。その家はネストール城から一番離れた城壁の近くにある家で、一見するとただの家に見えた。
「話によると、旧王国軍の人が作業をしている時に誰も居ないはずの家から何人も人が出て来た事があるそうです」
ルースの案内で家に入ると中にあった机が退かされており、巧妙に隠された床のハッチから地下に続いていく階段が姿を現していた。
「これは何処に続いているか確認はしたの?」
トゥユの問にルースは首を振る。階段を発見した事で嬉しくなってしまいどこに続いているか確認もせずトゥユに報告してしまったのだ。
「まあ良いわ。お手柄よルース。城を落とした後でお酒を奢ってあげるわ」
トゥユからお褒めの言葉をもらったルースは商人への変装の件での失敗をどうにか取り戻せたと誰にも気づかれずに拳を握った。
「ワレリーさん、私とティートが中に入って行くからワレリーさんは城の前で相手の注意を引き付けておいて」
ワレリーは頷くと兵を連れて家を出て行き、敵の注意を引き付けるためわざと見えるように兵を配置した。
「さて、何が出るかな? ティートの準備は良い?」
トゥユは仮面を着けており、ティートは夜目が利くため松明は必要がない。武器だけを持って二人は階段を下りて行く。
階段を下り終えるとそこは用水路になっており、城からの生活用水の臭いが鼻をついた。鼻の良いティートには耐え難い臭いのようで物凄い顔で辺りを見回していた。
「何だこの臭いは。俺様の鼻がもげてしまうぞ」
顔をしかめながら鼻を摘まんでいるがそれでもまだ臭いが来るようで早く進もうと促してくる。
トゥユは仮面を着けている事もあってそこまで臭いを感じないが、逆に仮面を着けているため鼻を摘まめないのでこれ以上の臭いを防ぐ事ができなかった。
トゥユたちが進んでいくと分かれ道に出た。二人一緒に進んでいても効率が悪いのでトゥユは左、ティートは右に分かれて進む事になった。
左に進んだトゥユは角を曲がった所で階段を見つけた。まだ奥にも続いているようだが城門から近い方が良いと思いその階段を登っていく事にする。
階段を登り切った所にあったハッチを少しだけ開けて周りの様子を窺うが周りに兵が居る様子はない。それでも慎重にハッチを開け静かに部屋の中に入る。
トゥユが出た所は武器庫でほとんど持ち出されているが、予備として残っている鎧や剣もまだ残っており装備が兵に行き渡っているのが伺えた。
「どうやら武器庫みたい。こういう所に抜け道って作るんだね」
『うむ、あまり人が来ない所に作る事が多いな。しかも上の者しかこういうのを知らんので守りも薄いしな』
確かに全員が知っているならトゥユはこんなに簡単に城にの中に入る事はできなかっただろう。トゥユは武器庫の入り口まで行き、周りに兵が居ないか確かめる。
「うーん。これだけ誰もいないと中に居る兵って何処に集まってるんだろう」
『さあな、だが、これはチャンスではないか? 今の内に門を見つけて味方を迎え入れた方が良いだろうな』
トゥユは武器庫から出ると城門を見つけるため、隠れながらも素早く行動していく。
「ガハハハッ、どうした? 一人一人ではなく一度に全員でかかってこい!」
ティートは地下道から出た物置部屋の前で大立ち回りをしていた。トゥユの所に兵が居なかったのはティートが隠れもせず敵の相手をしていたからだ。
ティートは早く地下道から抜け出したくて、トゥユと離れるとダッシュで出口を探し、最初に目についた階段を駆け上がったのだ。
辺りの様子を窺う事もなくティートがハッチを開けて飛び出た所は物置部屋のようだった。何やらいっぱい荷物が置いてあるのだが、あの悪臭から解放されたティートはそんな物を気にする事なく深呼吸を繰り返した。
何とか落ち着きを取り戻したティートは自分の部屋から外に出るような感じで警戒もせず部屋の扉を開けると見事にミトラクラン兵に見つかり仲間の兵を呼ばれてしまったのだ。
「くそっ! なんて強さだ! もっと兵を呼んで来い!」
広い場所と違い廊下ではティートの相手は多くて同時に二、三人でしか相手ができず、その人数ではティートには到底太刀打ちなどできるはずもない。
普通の人間ならそれでも戦っている間に疲れてきて、その内倒せるのだろうが、ティートの無尽蔵の体力ではそれも期待できなかった。
ティートが戦いを満喫している頃、トゥユはようやく城門を見つけ出した。ここまで不思議と兵に出会わなかった事を気持ち悪いと思いながらも城門に手をかける。
城門が重苦しい音が響きながら開くと、外で待っていたワレリーたちが入ってきた。ワレリーは手早く兵の動きを指示するとトゥユの傍によって来た。
「状況はどうなっているんだ? 兵の姿が見えないようだが」
ワレリーも場内に入った瞬間に乱戦になると思い、気合を入れて入ってきたのだが肩透かしを食らってしまった。
「私にも分からないんだよね。どうしてなんだか敵と一度も会ってないんだよ」
トゥユもティートが戦っている事を知らないので敵に会ってない事を不思議に思うしかできなかった。
「隊長! 上に続いている階段を発見しました!」
兵の一人が階段を発見した事を報告に来ると、トゥユとワレリーは急いで階段の方に駆けていく。
流石にこの階段にも人が居ないと言うことはなく、螺旋階段を上りながらの戦いとなってしまうが、先程のティート同様、狭い通路での戦いでトゥユを相手に対抗できるものなど居なかった。
『フハハハッ、これは良いな。確実に食事ができるなんて最高の贅沢だ』
──私はもう飽きちゃったかな。いい加減諦めて勝手に死んで欲しいよ。
『そう言うなトゥユよ。我は食事ができる。トゥユはミトラクラン兵を倒せる。部下たちは被害もなく進める。こんな良い事ずくめの事はないぞ』
屍を作ってはそれを踏み越え、また屍を作ると言う単純作業にトゥユは飽き始めていたのだが、ウトゥスの言う通りトゥユが先頭で敵を殺しているため、こちらの被害は出ていない。
溜息を吐きつつトゥユは螺旋階段を上っていくとやっと階段の終わりが見えた。
「どうやらあそこで階段は終わりみたいね。やっとこのつまらない作業から開放されるわ」
トゥユは終わりが見えた事で先程よりも力強く階段を上り始めるが、流石に敵の数が多く簡単には登りきる事ができなかった。
「トゥユ総長、疲れてきたのなら俺たちが代わろうか?」
ワレリーがトゥユとの交代を申し出てくるが、トゥユは首を振ってこれを拒否する。
「申し訳ないけど、一人でも被害を減らしたいからここは代われないわ。その代わり後ろの警戒は任せたわよ」
トゥユの言葉に「大丈夫だ。警戒はしてある」と答えるワレリーは白い歯を見せた。ようやく螺旋階段を登り終わり、廊下に出ると盾を構えた兵が横一列になり待ち受けていた。
「これは面倒くさそうな人たちが居るわね。時間稼ぎにしかならないのが分からないのかしら?」
トゥユなら間違いなく盾を構えた兵を倒せるのだが、それは最終的には倒せるのであって、一瞬で倒せるという訳ではない。
トゥユが面倒くさいと思い少し立ち止まった所で一本の矢が飛んできた。多少油断はしていてもそんなものに当たるようなトゥユではなく軽々と戦斧で防いでしまった。
どうやら敵は盾を持った兵を前面にし、その後ろに槍兵、更に後ろに弓兵を並べ隊列を作っているようだ。
「ふーん。多少は考えているようね。だけど、どれぐらい持つかな?」
少しだけ興味がわいたトゥユが舌なめずりをして、一気に盾を持っている兵との距離を詰め戦斧を振るおうとしたが、盾を持った兵がいきなりトゥユを押しつぶそうと倒れてきた。これにはトゥユも意表を突かれ一歩飛び退いてその攻撃を躱す事しかできなかった。
バックステップをして躱した所で倒れてきた兵にトゥユは戦斧を振り下ろそうとするが、兵は全く動く様子がなく、兵の下に血が溜まっている事に気がついた。
「ガハハハッ、そこに居るのはトゥユではないか。こんな所でどうしたのだ?」
隊列を組んだ兵の後ろから悠々と姿を現したのはティートだった。
どうやらティートは物置部屋の兵がだんだん後退していくので、それを追いながら敵を倒していく内に、トゥユが登ってきた階段とは別の階段を登ってきており、いつの間にか最上階まで来ていたのだ。
階段を下りた所で敵がいなそうだったので、そのまま廊下を進むと今度は後ろを向いて無防備に背中を晒している兵に遭遇し、これもすべて斬り殺したら目の前にとぅうが居たのだ。
「ティートこそ何処に行ってたの? まあ、面倒くさそうな人たちを倒してくれたから良かったけど」
トゥユは面倒くさい作業をしなくて済んだのを素直に喜んだ。
「ん? 俺様は敵を倒しながら進んでいたらここに着いたまでだ。単なる偶然だな」
なんにせよここら一体に居た兵を倒した事で残るはこの兵たちが守っていた部屋の扉の中だけだった。
「ここに敵の大将が居るようね。じゃあ、行きましょうか」
トゥユは敵の本陣に乗り込むのに一切気負う事なく扉の取っ手を握ると扉を開けた。
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