第58話 同盟の話


 ソルの帰還後、今後のロトレフの方針を決めるための会議が行われていた。


「トゥユはこれからどうするのだ? それによってロトレフの動きも違ってくるが」


 リラは会議が始まるなりいきなりトゥユに問いかけた。


「私はイーノ村に帰るわ。そろそろ約束の一年になるし、国を作らなきゃいけないからね」


 周りに居た者はトゥユが国を作ると言う事に驚いて顔を見合わせた。


「国を作るのか? まだ立ち上がってないって言ってのは国の事だったのか。それにしてもイーノ村かここからだとミトラクランを挟んで反対側になるな」


 ロトレフはミトラクランの北側にあり、イーノ村は南側にある。直線距離でも結構な距離があるのだが、途中には森もあり山もあり川もあるので行き来しようとすると、さらに時間が掛かるはずだ。


「トゥユは国を作ってどうするのだ? 何か目的とかはあるのか?」


 リラは感情を表に出さないようにトゥユに尋ねた。だが、この答えによってはトゥユと敵対する事になるかもしれない。トゥユが世界制覇などと言い始めたらロトレフを守るためには戦わなければならないのだ。


「目的はミトラクラン、帝国、月星教を潰す事だよ。後はレリアお姉ちゃんがどうしたいかって所だね」


 レリアお姉ちゃんと言う聞いた事もない人物の名前が出て来た事でリラは混乱してしまった。トゥユが国を作ると言うのでてっきりトゥユが国主として動くのかと思ったらそうではないらしい。


「すまないが、そのレリアお姉ちゃんとは一体何者だ? 私は初めて聞いた名前だが?」


 リラの問いかけにトゥユはハッとして頭を掻いて照れ笑いを浮かべた。


「そっか、皆はレリアお姉ちゃんの事知らないんだよね。レリアお姉ちゃんは前の王様の子供なんだって。ずっと隠れてイーノ村に居たみたいだよ」


 トゥユは隠す素振りなど見せずまだ世間に公表されていない事を話してしまう。

 その場にいたもの全員が席から立ち上がり、部屋の中は騒然とする。王の血族が生きていたとなるとロトレフにとっても放っておける事ではない。

 しかも、国を立ち上げるとなるとなおさらだ。ロトレフは王国の一部だった時に独立した国だ。その事を口実に戦に発展してもおかしくはないのだ。


「トゥ、トゥユ、いや、トゥユ殿。その方が何をしようとしているか知っておられるか?」


 いきなり呼び方と口調が変わったリラをトゥユは不思議そうな顔をしてみるが、話を続ける。


「レリアお姉ちゃんの目的はミトラクランを潰す事ね。そこは私のやりたい事と一致しているから安心して」


 トゥユは安心してと言うが、全く安心できない。ミトラクランを打倒した後、独立国同盟に牙を剥いて来てもおかしくないからだ。


「トゥユ、私をそのレリアお姉ちゃんと言う方に会わせてもらえないだろうか?」


 意を決した表情でリラはレリアとの面会をお願いする。


「リラ様! それは危険です。リア様にもしもの事があったらこの国は終わってしまいます」


 アルバロが必死の形相でリラの行動を止めようとするが、リラは決して受け入れる事はしない。


「いいえ、何を言われようとも私はトゥユに付いて行きます。これは国が行わなければいけないけじめなのです」


 凛としたリラの表情はその場にいた者たちを黙らせるには十分だった。


「私もお供いたします。今回ミトラクランを撤退させた事で、すぐに攻めてくると言う事はないでしょうから」


 ソルが他の者が黙る中、毅然とした態度で同伴を願い出る。本来ならソルにはロトレフを離れてもらいたくはないのだが、その雰囲気に口を挟む者は一人としていなかった。


 色々と準備があったため、出発は会議が終わった三日後になった。

 ナルヤはトゥユの後ろに、リラはソルの後ろに乗せてもらう事でイーナ村に向かう事になった。途中、ミトラクランの領地を縦断していく訳なので少しでも馬の数は少ない方が良いのだ。


「それじゃあ準備は良い? 出発するよ」


 トゥユの合図にリラが頷くとウルルルさんのお腹を蹴り、イーノ村に向け出発した。途中、リラがお尻が痛いと言い出し、休憩を挟む事になってしまったが、それ以外では問題もなく、順調にイーノ村への旅は続いた。

 トゥユは一度見ておきたかったロトレフとイーノ村との間にあるミトラクランのネストール城を遠目からだが見る事ができた。ネストール城は帝国から一番遠い城塞と言う事で城壁もそれほど高くなくダレル城塞に比べれば比較的攻略し易そうに見えた。


 数日後、トゥユたちは無事にイーノ村に着く事ができた。トゥユが返ってきたと分かると村はおもちゃ箱をひっくり返したような騒ぎになった。

 それも当然だ。皆この時を待っていたのだ。レリアやソフィア、ロロットに揉みくちゃにされながらトゥユは連れてきた人たちを紹介する。


「こっちのエルフがナルヤで、こっちの女性がリラさん、で、この大きな人がソルさん。リラさんとソルさんはロトレフの人でレリアお姉ちゃんに挨拶したくて一緒に来たんだよ」


 トゥユは無事に紹介ができた事で満足しているが、レリアたちはどういう事なのか全く分からなかった。


「トゥユ、すまないがその紹介では全く分からない。もう少し詳しく紹介してくれないか?」


 レリアが詳しい紹介を求めると、トゥユは困ってしまった。トゥユとしてはこれ以上ない紹介の仕方だったからだ。


「えっと、あの、すいません」


 リラはレリアの顔を凝視してしまった。何故ならレリアの顔には大きな傷があったからだ。貴族の女性ならその傷を何とか隠そうとするのだろうが、レリアにはそういった様子が一切なかった。


「あぁ、この傷ですか。見苦しいですがお気になさらずに」


 レリアはリラの視線に気が付き、傷を触りながら照れ笑いを浮かべる。その顔は決して傷がある事で負い目を感じている様子はなくリラが今まであった中でも一番きれいな笑顔だった。


「レリア様、私はロトレフ独立国の国王をしているリラ=ユーバンクと申します。こちらは団長のソル=スタイナー。『冠翼の槍』と言った方が分かりやすいでしょうか。本日はレリア様にお話がありトゥユにここまで連れて来てもらったのです。どうかお話をしていただく時間をいただけるでしょうか?」


 『冠翼の槍』の言葉を聞いた周りに居た兵たちは一斉にどよめきが起こった。ここにいる者たちは王国出身の兵なので、『冠翼の槍』の名を知らないものなど居ないのだ。


「ソル殿、お久しぶりです」


 ワレリーがソルに頭を下げて挨拶をすると、ソルはワレリーの頭を上げさせる。


「私はもう王国の人間ではない。そんな畏まらなくても大丈夫だ。リラ様の従者として扱ってくれ」


 どうやらワレリーはソルの事をよく知っているようで、まだ話がしたい様子だったので、レリアはここでいったん区切る事にする。


「じゃあ、私とトゥユ、ソフィアはレリアさんと話をしましょう。ワレリーさんたちは別室を用意しますのでそちらでお話をされてはいかかでしょう」


 ありがたいレリアの申し出だが、ソルはリラと同席することを希望する。国としての話し合いなのでどうしても一緒に話をしたかったのだ。

 ワレリーの方にも異論はなく、ワレリーも会談に同席する事になった。


 その前にトゥユはナルヤをロロットに預ける事にする。会談に参加させても良いのだが、あまり人数が多くなっても仕方がないので、ゆっくりしてもらう事にする。


「ナルヤ、この人がロロットよ。怖くないからロロットと一緒に待っていて」


 トゥユの怖くないと言う言葉にロロットは反論をしようとするが、トゥユがロロットに耳打ちをする。


「ナルヤは奴隷として扱われていたことがあるの。ちょっと怖がりな所があるけどナルヤをお願いね」


 トゥユにそう言われてしまってはロロットに反論する事はできない。


「分かったわ。会談が終わるまでは私が面倒を見ておくわ。だけど」


 そう言葉を区切るとロロットはトゥユの顔に自分の顔を近づける。


「会談が終わったら一緒にお風呂よ。私、約束忘れてないんだからね」


 そう言えばそんなような約束をした覚えが何となくあるトゥユは「じゃあ後で皆で入りましょ」と言ってナルヤをロロットに任せ会談に行こうとするが、ナルヤは不安そうな顔でトゥユを見つめる。


「じゃあ、行ってくるわ。ロロットに色々村の事を教えてもらいなさい」


 トゥユは少し突き放すようにナルヤに言うと、「行ってらっしゃいませ。ご主人様」と精一杯の笑顔でナルヤが送り出した。


 トゥユが会議室に入ると既に全員揃っており、トゥユを待っていたようだ。


「それではトゥユも来た事だし始めましょうか。まずはロトレフのお二人、本日はようこそおいでくださいました」


 レリアが凛とした声で二人の来訪を歓迎する。


「今日は突然の訪問にも関わらず、これほどの歓迎感謝いたします」


 リラが頭を下げて感謝を表すとソルも同じように頭を下げた。


「それで今日はどのようなご用件でこんな小さなイーノ村まで?」


 レリアの言葉にリアの表情が引き締まる。


「本日はレリア様に謝罪をしに来ました。トゥユに聞いた所、レリア様は王家の方だと。ロトレフは王国を裏切り独立国として建国したのです。レリア様には何と謝罪をして良いか……」


 最後は小声になりながらもリラは席を立ち机に頭が付くぐらい深々と頭を下げる。その隣ではソルも頭を下げており微動だにしていない。


「そんなに何度も頭を下げないでください。私は何も気にしていません。ロトレフが独立したのは王国の運営が貴方たちに我慢のならない物だったからなのでしょう。さあ、いつまでもそうしていないで席についてください」


 レリアの言葉にリラは涙を浮かべて席に着く。ソルがそっと手渡したハンカチで涙をぬぐい。


「私たちはこれから国を立ち上げます。目標はミトラクランの打倒。それから帝国と月星教会の壊滅です。ロトレフは私たちの前に立ちふさがりますか? それとも共に手を取って戦いますか?」


 レリアの問にリラは泣き腫らした真っ赤な目を真っすぐにレリアに向ける。


「先日、ロトレフにはミトラクランから従属せよと手紙が来ました。それを断るとミトラクランは攻めて来たのです。トゥユのお陰でミトラクランの兵を撃退したのですが、また攻めて来てもおかしくありません。その時はお力をお貸しください。その代わり私たちにできる事は何でもします」


 その言葉を聞いたレリアは椅子から腰を浮かし、机の上に手を差し出す。リラは迷う事なくその手を取り頭を下げた。


「頭を上げてください。私たちは同盟を結んだのです。言わば友達になったも同然です」


 その様子にソフィアが拍手を始めると、出席していた者全員が拍手を始めた。


「じゃあ、ロトレフ以外の独立同盟の説得をしてくれないかな? ロトレフとは戦わないけど、他とは戦うなんて事になったらややこしくなっちゃうからね」


 拍手をしながらトゥユは独立同盟の他の都市国家に対して戦わなくて良いように手を打っておく。


「分かった。ロトレフに戻ったら他の国にもここと同盟を結ぶように説得しよう」


 トゥユの提案にリラは二つ返事で引き受ける。それは決して簡単な事ではないが、リラがしなければいけない事だった。


「じゃあ、私たちの最初の目標はネストール城だね。あそこを落としちゃえばイーノ村とロトレフの行き来に支障がなくなるからね」


「ダレル城塞とかに比べれば兵力も少ないし目標としては文句はないのだが、それ以上にこちらも兵が居ないが大丈夫か?」


 ダレル城塞より兵が少ないとは言え、その数は五千位はいると想定される。それに対してイーノ村だけでは兵力は百にも満たない。


「最初は何処を攻撃しようと兵力が足りないのは分かってるからね。そこは皆で作戦を考えて何とかするしかないよ」


 トゥユはそう言うがソフィアはこれまで自分が築いてきた人脈に掛かっていると思った。少しでも協力してくれる村や領地がないと国を立ち上げただけで終わってしまってもおかしくない。


「さあ、話はここまでにしましょう。村の人たちが食事を作ってくれているはずです。皆で食べましょう」


 トゥユが「あっ」っと声を上げるとレリアの方を向いた。


「レリアお姉ちゃん。食事の前に皆でお風呂に行かない? ロロットが楽しみにしていて一緒に入る約束しちゃったんだ」


「分かったわ。お風呂に入ってから食事にしましょう。私は村長さんに伝えて来るわ」


 そう言ってレリアが席を立つと会談はお開きになった。


「お風呂……ですか?」


 どうやらリラはお風呂を知らないらしい。ロトレフは北にあるため寒いのだが、基本的にはサウナを利用しておりお風呂が発達していなかったのだ。


「そうだよ。皆でお湯に浸かるの。楽しいよ」


 トゥユの笑顔を見るとリラもどこか楽しみになってきて早くお風呂に入りたくなってきた。

 早速女性陣はお風呂に入るため部屋を出て行くが、ワレリーはソルと話がしたいと言う事でそのまま部屋に残った。

 当然、お風呂の話はロロットにも伝わっており、ロロットはナルヤも一緒に連れて来てくれていた。

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