第57話 反撃の話


 ソルとの手合わせを終えたトゥユをリラは丁重に迎え入れた。

 トゥユは会議室の上座に座らされ、居心地が悪かったが、リラが頑としてそこに座るように言ってくるので仕方なく座っているのである。


「それでは、トゥユに説明を兼ねて今の状況の整理をしましょう」


 リラの合図で会議が始まった。会議にはリラ、ソル、アルバロの他、ロトレフの幹部数名とトゥユ、ナルヤの二人が参加していた。


「まずはミトラクラン軍の動きの報告をお願いします」


 ソルが立ち上がると、ロトレフが置かれている現状を話し始める。


「敵軍は約三千、そのうち凡そ二千が既に首都を包囲しており逃げるのは不可能です。対してこちらの兵は約七百、力押しされたらどうにもできません」


 改めて言われるとその絶望的な状況に逆に笑えて来る程だった。これでは何時ロトレフが落とされてもおかしくない。


「敵の援軍はどうなっていますか?」


「今の所、確認はされておりませんが、それ程遠くまで確認しておりませんので、向かってきている可能性は否定できません」


 ミトラクランは後詰を送ってはいなかったが、ロトレフからではそれの確認ができなかった。

 確認ができたとしても更に兵が増えるだけなので、確認できない方が士気が下がる事がないので幸運だったかもしれない。


「他には何か報告はありますか?」


「敵の本陣は占拠した村を出て包囲の後方に陣を敷いております。おそらく首都が陥落した後、すぐに占拠できるようにでしょう」


 敵の本陣は占拠した村に留まる事なく前進してきた。この戦いは相手の領地を削る事ではなく、ミトラクランに従わせる事を目的としているからだ。


「トゥユは何か聞きたい事はありますか?」


 リラがトゥユに振るとトゥユは少し頭を悩ました後、本陣について質問をした。


「本陣には何人位いるの? それと大将はどんな人?」


「占拠した村にも多少兵は残しているが、八百から九百はいるはずだ。大将だが今は確認できていない。ただ、ジルヴェスターやブラートが出て来ていないのは間違いないだろう」


 ソルは今回、ミトラクラン軍を率いているのがジルヴェスターやブラートでないのは自信があった。

 ジルヴェスターならこれ程攻撃に時間をかけてこないだろうし、ブラートなら占拠した村から本陣を移すことなどしないはずだからだ。


「うん、分かった。じゃあ、私から今回の作戦の提案をして良い?」


 リラは待ってましたとばかりに頷いた。


「私が単騎で本陣を強襲するわ。そうね、こっちの軍の半分……三百人で良いわ。私が突っ込んだ後、攻撃を仕掛けて私を追ってこれないようにして頂戴。それで大丈夫よ」


 リラを始めとするこの会議に参加していた者全ての口が開いたまま閉じなかった。

 それもそうだろう、三千の相手に単騎駆けなど自殺行為も良い所だ。自殺志願者だって他の方法を考えるだろう。


「そんな事ないわよ。だって首都を包囲しているんでしょ? だったら私が単騎駆けで出たとしても寄ってこれる数は限られてるわ」


 リシャール監視塔ではトゥユとエリックが目的だったため、革命軍は包囲を解いてまでトゥユに寄ってきたが、今回は違う。

 ミトラクランの目的が従順であるならトゥユが単騎で駆けたとしても包囲を崩してまで寄って来る事はないだろう。何故なら包囲を崩してしまうと逃げ道を作ってしまうからだ。


「しかし大丈夫なのか? それでも相手にする数は十や二十ではきかない数だぞ」


 ソルが心配をしてくるが他に方法が浮かばないので仕方がない。


「他に良い作戦があれば聞かせて欲しいけど、私にはこれしか思いつかないわ」


 参加者は口を噤んでしまった。三倍もの数の相手にどんな作戦が有効なのか思い付かなかったのだ。


「分かった。その作戦で行こう。ただし、私も付いて行こう。トゥユ一人で行かせては何処の国の戦いか分からんからな」


 ソルの一言で作戦が決定した。今から準備をしたとして明日の夜に決行する事になった。

 作戦上、トゥユとソルの姿が見つかりにくい方が成功する可能性が高いため、闇夜に乗じて急襲作戦を実行するのだ。


 会議が終わるとトゥユはナルヤと一緒に宛がわれた部屋に戻ってきた。


「ご主人様大丈夫なのですか? ソル様もいるとはいえ二人で突っ込むなんて」


「うーん。どうだろうね。何とも言えないわ。ただ、ここで挫けるようなら私は帝国を潰すって目標が達成できない気がするの」


 トゥユの目は真剣そのものだった。その目を見たナルヤも決心をする。


「私も一緒に戦います。私は弓しか使えないから一緒に行く事はできないんですけど、少しでもご主人様の役に立ってみます」


 トゥユは自分より身長の高いナルヤの頭を背伸びをして撫でた。もちろん、ナルヤが屈んだのも頭に手が届いた要因だ。


「ありがとうナルヤ。でも、無理は禁物よ。危ないと思ったら逃げなさい」


 ナルヤは頷くと「弓を探してきます」と言って部屋を出て行ったっきり夜になっても戻ってこなかった。

 心配になったトゥユが探しに行くとナルヤはトゥユたちが泊まっている建物の隣にあった武器庫に籠っていた。


「こんな所に居たのね。一体何をしているの?」


 ナルヤを見つけ出したトゥユは武器庫に居るなどとは思わず色々探し回った挙句見つけたのだ。


「あっ、ご主人様。実はなかなか良い弓が見つからなくて少し自分に合うように改造していたんです」


 ナルヤの手元には身長程の大きさの弓があり、その弦の張替えを行っているそうだ。

 ナルヤが最初に見つけた弓の弦では気に入らず、弦を自分で作成して使いやすいようにしているらしい。


「明日の夜までには終わるの?」


「大丈夫です。ご主人様は先に寝ていてください。私も後少し調整したら戻ります」


 それだけ言うと再び弓を弄り始めた。何やら楽しそうな顔をしていたのでトゥユはそれ以上何も言わず自分の部屋に帰っていった。


 次の日の夜城門の前に集まった兵たちは静かにその時を待っていた。

 時間は讃課(午前三時)の少し前、襲撃を行うにはちょうどいい時間で、尚且つ朔である今夜は月の光もほとんどない。


「準備は良いか? 私とトゥユが先頭を切るからお前たちは後から付いて来て敵の注意を向けさせるんだ」


 大きな声を出すとバレるかもしれないので、小さな声で兵たちに命令すると、兵たちも無言で頷いた。

 この一戦にロトレフの運命が掛かっていると言っても過言ではない。それは兵たちも分かっており少し緊張した面持ちで開戦を待った。

 一人が何とか通れる分だけ城門が開き、トゥユの後に続いてソルも門を出る。


「ウルルルさん、準備は良い? ちょっと大変だけどお願いね」


 トゥユがウルルルさんの首を撫でると嬉しそうに首を上下させている。


「トゥユ、こちらの準備は大丈夫だ。何時でも行けるぞ」


 ソルの言葉に頷くとトゥユはウルルルさんを包囲している敵に向かて走らせた。

 深夜、それも月の光が殆どない事により敵はトゥユの発見が遅れてしまう。トゥユを発見した時には既に目の前まで迫られていたのだ。


「敵襲! 全員起きろ!」


 哨戒をしていた兵が声を上げるがもう遅い、トゥユは戦いの準備もできていない兵に向かって戦斧を振り下ろす。だが、一瞬の隙を突いた兵がトゥユの背後から襲い掛かる。

 反応が遅れてしまったトゥユは敵からの攻撃を受けるのを覚悟する。だが、攻撃は何時まで経ってもトゥユに当たる事はなかった。

 いつの間にか倒れていた兵を見ると眉間から矢が飛び出しており、何者かに狙撃されたようだった。トゥユが辺りを確認するように首を振ると、城壁の上から手を振っている人物が見えた。ナルヤだ。ナルヤがトゥユを救ってくれたのだ。


「凄いわねあの子。ここまでの距離を弓で届かせるなんて驚きだわ」


『うむ、予想外に役に立つかもしれんな』


 驚きを隠せない様子のトゥユをよそに、ソルは目につく敵に槍を振るい次々と敵の首を刎ねていく。暫くすると後続の兵が門から追いついて来て接敵すると攻撃を始めた。不意を突いた形になった攻撃は相手の注意を向けるには十分だった。


「くそっ、夜襲か。もしかしたらこれを囮にして逃げる気かも知れん。包囲を崩さないように伝えろ!」


 ミトラクランの兵の判断は間違いではないが、今回に限っては失敗だった。ここで包囲している兵も含め全軍で相手をしていたら結果は変わったかもしれない。

 だが、実際は包囲を崩すことなく対応したため、トゥユとソルは難なく包囲を抜けて本陣に迫っていく。


「取り敢えずは上手く行っているようだな」


 ソルがホッとしたように後ろを見るが、仮面を着けたトゥユは前だけを見ている。ここまでは何とかなるのだが、相手の大将を探して倒せるかが一番の問題だったからだ。

 その雰囲気を感じたソルもすぐに気を引き締め直すと敵の本陣を見据え馬を走らせる。


 本陣はすぐに見えてきたが、流石に前線での騒動に気が付いたのか戦闘の準備は整っていた。

 トゥユは準備ができているのは当然とばかり気を緩める事なく本陣に向かってウルルルさんを走らせ、敵の一人を切り倒す。

 トゥユは決してウルルルさんを止める事なく、本陣の周りを周回しながら近寄ってくる敵を一人残らず倒していく。


「『総面の紅』とは良く言ったものだ。敵からしてみれば仮面を着けた少女が紅く染まっていき、成す術もなく殺される。こんな恐怖はないだろうな」


 ソルもトゥユと同様に馬を走らせながら攻撃していくが、トゥユの戦果には、ただただ呆れるばかりだ。

 自分たちが首都を包囲していたと思ったらいつの間にか二騎の騎馬によって囲まれてしまった事にミトラクランの兵は混乱してしまう。

 逃げ出そうと思ったら目の前に騎馬が現れ殺されていき、その数は時間が経つにつれ減らしていった。


「全員密集隊形! 騎馬の動きに注意して反撃せよ!」


 命令を出した兵を中心に回りに居た兵が密集し、全方位何処から攻撃が来ても良い体勢をとった。

 トゥユはその命令を出した兵を見逃さなかった。この場で他の兵に命令が出せるならそれが大将であると確信し、周回を続けていたウルルルさんに密集した兵に突っ込むようにお願いする。

 流石に一度では上手く行くことはなかったが、ソルと連携し何度も突撃を行う事で魚の群れに鮫が突っ込んだように兵はバラバラになって行った。


「そこだ! 覚悟しろ!」


 ソルが叫ぶと槍が敵の大将の首を切り落とした。ソルが槍を高々と掲げ雄叫びを上げると、周りに居た兵が逃げ始めた。


「敵の大将は討ち取った! これより残党狩りを行う! 雄叫びを上げろ!!」


 その大きな声は包囲していた兵の足止めしていたロトレフ軍にも聞こえ、ロトレフ軍は手に持った武器を掲げ雄叫びを上げる。


「まさか? 負けたのか? に、逃げろ! 撤退だ!」


 ミトラクラン軍は首都の包囲を解き、一斉に逃げ出し始めた。ただ、それは城壁に居たナルヤにとって格好の的となった。

 長大な弓を引いて弾き出された矢は後ろを向いて逃げるミトラクラン軍の兵の兜を貫通しその場に倒れさせる。

 ナルヤの放った矢は一矢も外れる事がなく、その全てが敵兵の頭を捕らえていた。


「久しぶりに弓矢を使ったけど、これ位できれば上できかな。ご主人様も喜んでくれるかな?」


 城壁の上から残党狩りを行っているトゥユを見ると、再び気力が沸いて来てナルヤは弓を引き始めた。


 粗方目に見える兵を全て切り倒したトゥユは仮面を外すと東の空が白み始めているのが見えた。


「結構時間が掛かっちゃったわね。でもこちらの兵の損害も殆どなさそうだし仕方ないわね」


「いや、十分な戦果だ。我等だけでは首都すら守りきれるか怪しかったのだ。本当に感謝する」


 トゥユの傍によって来たソルがトゥユに向かって頭を下げる。


「気にしなくて良いわ。遅かれ早かれミトラクランは潰すつもりだもの」


 他の者に言われたのならソルは一笑に付していたが、トゥユに言われるとそれができると思えてしまう。


「私たちも一旦、首都に戻りましょう。疲れちゃったわ」


 年相応の笑顔を浮かべるトゥユを見ると本当にその力が何処から出てくるのか不思議になる。


「そうだな。我々の勝利だ。胸を張って戻ろう」


 ソルが先頭になって首都に戻ると、首都に居る人が総出で歓声を上げ迎え入れた。

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