第51話 ルトラースの話


 教会の最上階の部屋ではレティシアが出されたお茶を口に運ぶと、外から戻って来たルトラースが部屋に入ってきた。


「これはレティシア様、もういらっしゃってらしたのですね」


 教会の最上階は会議室となっており、今日は重要な会議があるとの事でレティシアを始め、枢機卿の一同が会する事で会議室は物々しい雰囲気に包まれていた。


「ルトラース卿、先程、教会の前で何かをしておられたみたいですが、何をしておられたのですか?」


 レティシアは会議室の窓から下の様子を見ていたのだが、敢えて見ていない様子でルトラースに尋ねた。


「いえ、何もありませんよ。ただ、動物が迷い込んでいたので皆で追い払っていただけです。無事、動物も居なくなったので心配ありませんよ」


 ルトラースが追い払うようなジェスチャーをして安全になったとアピールをするが、レティシアは上から見ていたので、動物というのが貧民街の住人を指しているのだと分かった。

 ここで言い争いをしていても仕方がないのでレティシアは溜息を吐きつつ「分かりました」とだけ答えると、ルトラースは笑みを浮かべて自分の席に着いた。

 そうこうしている間に会議室にはルトラース以外の枢機卿も集まっており、全員が着席をして会議が始まるのを待っていた。


「それでは全員揃ったようですので、これから会議を始めたいと思います」


 他の枢機卿は漏れなくルトラースの息がかかっている。会議に出される議案は過半数の賛成により、承認されるのだが、ルトラースの案が否認された事は今までに一度としてなかった。

 それは枢機卿の入れ替えについても同様で、ルトラースに睨まれた枢機卿は容赦なく排除されるのだ。これにより、合議制を取っているが、実際にはルトラースの独裁ができ上がっていた。


「まず、ミトラクラン独立国への人の派遣ですが、ラモン司教を推薦いたしますが、いかがでしょうか?」


 ミトラクラン独立国へは手紙を認めた見返りとして、ミトラクランの幹部待遇での人の派遣と、月星教が国教とて認められる事で話がついていた。

 月星教を国教に認めるのはまだしも、人の派遣は最初はブラートが渋っていたのだが、レティシアが直々に手紙をしたためた事を過剰にアピールする事により受け入れさせる事に成功したのだ。


「ラモン司教ですか? 確か彼は北方の教区担当だったはず、代わりは大丈夫なのでしょうか?」


 一人の枢機卿が不安を口にするが、ルトラースは既に代わりの者を用意しており問題ないと答えた。当然、ラモン司教も代わりの司教もルトラースの息の掛かった人物だ。


「他に意見のある方はいらっしゃいますかな?」


 ルトラースが枢機卿を見渡すが誰も質問がないようなので先に進めようとすると、


「今、北方では食料が不足していると聞きます。そちらの方はどうなったのでしょうか?」


 今まで黙っていたレティシアが質問をしてきた。


「えぇ、それも問題ありません。新しい司教となる者に食料を持たせてあるのでそれで何とかしてくれるでしょう」


 それを聞いたレティシアは一安心すると、神に祈るように手を組んで目を瞑った。


「それではラモン司教には数日後にはミトラクラン独立国に行って貰うとしましょうか。次の議題ですが……」


 ルトラースが次の議題を提案した事で話が進み、会議は夜遅くまで続いた。


 その夜、ルトラースは帝都の城の地下にある牢屋とは別の部屋に来ていた。


「これはルトラース様、このような所までお越しいただきありがとうございます」


 男が深々と頭を下げると、「良い」と手を上げて男の顔を上げさせる。


「して、その後の様子はどうだ? ヨームよ」


 ヨームはルトラースを秘密の部屋に案内するついでに今までの報告を行う。


「はい。アレを樽いっぱいの水に一滴たらした物を飲ませた所、三人の生存者が出ました。それ以上濃い状態で飲ませた者は誰一人として生きておりません」


「なるほど。そこまで薄めねば人が飲む事はできぬか。よし、濃度はそのままに実験を続けよ。どれだけ生きられるかも知っておかねばならん」


 ヨームが部屋の前で立ち止まると鍵を開けて部屋の中に入って行く。

 部屋の中には三人の人間が横たわっており、全員、視線が定まっておらず、ぎりぎり生きていると言える状態だった。


「うむ、生きてはいるが立ち上がる事もできんのか?」


 ルトラースが髭を弄りながらヨームに質問する。


「はい、目を開けたのが数日前ですが、まだ立ち上がった所は見ておりません。それどころかほとんど動いてもおりません」


 ルトラースが確認のため、一人の人間の頭に足を乗せるがやはり反応はない。仕方がないと思い足を離そうとした所でルトラースの足が掴まれた。


「何をする! 離せ!」


 声を上げ、反対の足で手を何度も踏みつけるがその手は一向に離される様子はない。握っている手の力は人の物とも思えないほど強く見る見るうちに足が青紫色に変わっていく。

 ヨームがすぐさま駆け寄り必死に指をこじ開けるとようやく手がルトラースの足から離れ、ルトラースは尻もちをついて倒れてしまった。


「フフフッ、ハハハッ。素晴らしいぞ! ヨーム! この者を絶対に殺すでないぞ。きちんと使えるようにするのだ」


 ルトラースは自分の青紫になった足を見るとヨームにそう申しつける。痛む足を庇いながら立ち上がったルトラースは部屋を出る時にもう一度、足を掴んだ者を見るが、やはり動く様子はない。


「ルトラース様、皇帝への報告はどういたしましょうか?」


 ヨームは帝国の兵のため、報告する責任がるのだが、ルトラースは首を振って制す。


「まだ報告せずとも良い。ある程度使えるようになったら私の方から報告しよう」


 それだけ言い残すとルトラースはヨームを残し足を引きずりながら階段を上がっていく。


「あの者たちが使えるようになった暁には私が皇帝になるのも不可能ではないな」


 誰にも聞かれる事のない野望を口にするルトラースは城を出ると不敵な笑みを浮かべ闇の中に消えて行った。

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