第50話 偵察の話
翌日、トゥユとナルヤはサーシャに連れられ、月星教会に来ていた。
教会は帝都から程近い所にあり、その豪華な作りは近くにある貴族の家と比べても群を抜いていた。
「おや、こんな所で貧民街の屑を見るなんて、教徒にちゃんと掃除しておくように言わないといけませんね」
トゥユたちが後ろを振り向くと、長い髭を弄りながら男がこちらを見ていた。
首から下がっている月星教のペンダントを見ると何個も星が入っており、後ろに控えている教徒の数からも、かなり立場の高い人間だと思われる。
「奴はルトラース、月星教会で枢機卿をやっている男だ。嫌味な奴だから気をつけろ」
サーシャが小声で男の正体を教えてきた。その表情を見る限り余り仲が良くなさそうだった。
「ふん、私たちがどこに居ようと勝手だろ? それともアンタたちに何か迷惑が掛かるって言うのかい?」
「いえいえ、迷惑だ何てとんでもない。ここは公道ですから帝都に何の役にも立ってない虫けらが居ても問題ないですよ」
ルトラースは問題ないと言うが、その顔は明らかに早くこの場から立ち去れといっているようだった。
ルトラースはサーシャから視線を外すと、隣にいたトゥユとナルヤを見つめる。
「この少女は君の仲間ですかな? どこかで見たような気がするんですけど……」
ルトラースはトゥユの顔を見てどこで会ったかを思い出そうとするが、幾ら考えても思い出す事はできなかった。
トゥユの方もそれは同じで、こんな長い髭の人物と会った記憶はなかった。
「私はおじさんを見たのは初めてかな。私、こんな下品な髭の人知らないし」
トゥユに自慢の髭を下品と言われた事で、ルトラースはこめかみに青筋を立てた。その様子を見た教徒たちは自分たちにとばっちりが来ないように一歩後退りをする。
「なかなか元気な糞ガキだ。よほどちゃんとした教育を受けていないようだが、ゴミ虫共の仲間なら仕方のない事か」
トゥユたちが教会の前でやり取りをしているため、教会にお祈りをしようと来ていた信者が中に入れず辺りに集まりだした。
その様子を見たルトラースが後ろに控えていた護衛の教徒に目配せをすると、護衛の教徒は周りで様子を見ていた一般教徒達の整理を始めた。
「御覧の通り、君のような塵がいると一般の教徒が怖がってしまってね。できれば早々に立ち去ってもらいたいものだな」
ルトラースはそれだけを言い残すと、サーシャたちを押しのけ教会に入って行こうとする。
「言われなくてもこんな所に何時までも居るもんか。この帝国の犬が!」
サーシャの放った一言にルトラースが教会に入ってく足をピタリと止め、サーシャの方に足早に戻って来た。
ルトラースはサーシャに一瞬だけ笑顔を見せると、持っていた教本でサーシャの頬を殴りつけた。サーシャが地面を滑るように倒れた所で顔を上げると、ルトラースの表情は鬼か悪魔のような顔に変わっていた。
「貴様のような畜生以下の者が、この神に仕える崇高な人物である私の事を犬と言ったか!? 暴言にも程がある身の程を弁えよ!!」
教本で何度も殴りつけるルトラースを見かね、トゥユは止めに入ろうとするが、サーシャに目で止められてしまった。
何故助けに入ってはいけないのか分からないトゥユは下唇を血が出るほど噛み締め何とか我慢をする。
何度かサーシャを殴りつけた事で満足したのか、ルトラースは何も言わず再び教会に向けて歩き出しその姿は見えなくなっていった。
ルトラースが去った後、トゥユがサーシャの元に駆け寄ると口から血が出ていて、顔の所々が腫れていた。
「サーシャさん大丈夫?」
トゥユが心配そうに声を掛けると、サーシャは口に付いた血を拭って立ち上がった。
「あぁ、大丈夫だ。良く手を出さなかったな。手を出していたら周りに居た護衛の教徒と一戦を交えなければ行けなくなったかも知れないからな」
「それなら私が何とかしてあげたのに。あんな奴ら敵じゃないよ」
トゥユが見た限り一対一でまともにトゥユと渡り合えそうな人物は一人としていなかった。だが、サーシャが言っているのはそんな事ではない。
「私もトゥユが負けるなんて思っていないさ。だけど、トゥユがいなくなった後、私たちはどうなる? 今の私たちでは教会を相手にするのはあまりにも無謀過ぎる」
トゥユは今の状況だけしか見ていなかった事に気付かされた。確かに今は勝ててもトゥユが居なくなった後、教会が貧民街を排除の名目の元攻撃してしまえば、サーシャ達はどうしようもないのだ。
それが分かったトゥユは素直に「ごめんなさい」というが、サーシャはまったく気にしている様子はない。
「そろそろ教会を離れた方が良いな。これ以上ここに居ると教徒達が何をしてくるか分からんしな」
サーシャは辺りを見渡しながら埃を払うと、貧民街の方に歩き始めた。
トゥユも月星教会を確認しておくと言う当初の目的を達成できたので、ここにこれ以上居る理由はなくサーシャの後に付いていく。
最後にもう一度だけ月星教会を見ておこうと振り向くと、一番高い部屋から誰か見ていたような気がした。すぐに消えてしまった視線を気にする事なくサーシャの後を追って教会から離れた。
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