第52話 ミトラクランの話


 ミトラクラン独立国の首都トシュテンは革命軍が攻め込む事なく王都を占領できた事で、王城をそのまま使う事ができた。

 王城の一室はルーシーの私室として使用しており、その部屋には所狭しと物が溢れていた。


「ルーシー様、これ以上の無駄遣いはお止め頂きたい」


 ブラートがルーシーに話しかけるが、ルーシーは商人との話に夢中でブラートの事など気にしてもいなかった。机の上には豪華なドレスが置いてあり、どれが自分に合うのか悩んでいたからだ。

 革命軍がミトラクラン独立国として国を立ち上げてからルーシーは手当たり次第に物を買っており、その出費はもはや洒落にならない程の額だった。


「そうね、この服なんて可愛いわね。だけど、ちょっと装飾が足りないかしら。もっとスカートの所に宝石を付ける事はできる?」


「もちろんです。ご要望とあればオレンジとピンクの中間色のサファイアがあります。この服に合ってとても綺麗ですよ」


 サファイアという言葉にルーシーはドレスにサファイアが付いた所を想像すると即決で購入を決める。だが、その購入に待ったをかけるようにブラートが割って入った。


「申し訳ありませんが、商人の方には今日はお引き取り願いたい」


 ブラートの目には怒りの色が浮かんでおり、ブラートに目を付けられて商売ができなくなる事を恐れた商人は「私はこれで」と机の上にあったドレスを抱え慌ててルーシーの部屋から出て行った。

 やっと落ち着いて話ができると思ったブラートは商人の居た椅子に腰を下ろすと、ルーシーに向き合った。


「ルーシー様、今はミトラクランの財政はとても厳しいのです。その辺りはお判りでしょうか?」


 ミトラクランは帝国に協力をお願いした見返りとして、高額な金を要求されており、民の税を王国時代より上げたり、新しく金貨を発行したりしているが、利息を返しているだけで元金が全然減っていない状態だった。

 民はミトラクランができた事で、王国時代より良い生活ができると思っていたのだが、王国時代より多い税にミトラクランに不満を漏らし始めていた。

 そんな状況にも関わらずルーシーの贅沢だ。国のお金を預かっているブラートとしては一言言いたくなっても仕方のない事だった。


「分からないわ。この国は私がリーダーとして奪い取ったものよ、私が何を買おうと自由じゃない。お金がないなら民の税をもっと上げれば済む事でしょ」


 そこにいるルーシーは既に貧民街で会った時のルーシーとは別人とも言える程変わってしまっていた。昔のルーシーなら自分の事よりも先に他の者の心配をしていたのだが、今のルーシーは自分の事以外に興味がないのだ。


「これ以上、税を上げる事はできません。民の心は今でも離れかかっているのです」


 何としても国の状況を分かってもらいたいと思うブラートのだが、ルーシーは横を向いて頬を膨らますだけで馬の耳に念仏と言った所だ。

 それなら、いっその事、ジルヴェスターと結婚でもしてくれれば国民の士気も上がるし、贅沢も控えるかもしれないと思い、ジルヴェスターとの交際を聞くと、


「彼となら別れたわよ」


 ブラートは唖然としてしまった。ルーシーの無駄遣いを止める唯一の方法だと思った結婚が、あっさりと破綻してしまったからだ。

 意識を取り戻したブラートはルーシーに理由を聞くとルーシーは面倒くさそうに口を開いた。


「だって、部下の男と結婚だなんて恥ずかしいじゃない。やっぱり相手は私の身分と釣り合う人じゃないと」


 ルーシーは天井を見上げながら目をキラキラさせ、いつか現れるであろう王子様に思いをはせる。

 自分の世界に入ってしまったルーシーを置いてブラートはジルヴェスターに今の話が本当なのか聞くため部屋を出て、ジルヴェスターを探し始めた。

 文官の一人から訓練場にジルヴェスターが居ると聞いたブラートは急いで訓練場に足を運ぶと、ジルヴェスターが訓練場からちょうど出てきた。


「ジルヴェスター、君はルーシー様と付き合っていたと思うが、その後はどうなったのだ?」


 出会い頭にそんなことを聞かれたため、ジルヴェスターは面喰ってしまうが、周りに誰もいないのを確認すると、


「別れましたよ。ルーシー様に振られてしまいました。何でも身分の違いがどうとかおしゃってましたね」


 振られてしまったのが恥ずかしいのかジルヴェスターはは頬を掻きながら素直に答える。

 ルーシーから話を聞いた時点で別れたのは間違いないと思ったのだが、どうしても信じたくない思いでジルヴェスターの所までやってきたのだが、現実が覆る事はなかった。

 これでルーシーの言っていた事が本当だと証明されてしまった。あまりのショックに膝を付いて崩れ落ちたブラートをジルヴェスターが心配した様子で支える。


「そこまで悲しんでいただけるのは嬉しいのですが、ルーシー様が嫌と言う以上どうしようもありません」


 だが、諦めきれないブラートはジルヴェスターにしがみ付き再考を促す。


「考え直してくれ! 寄りを戻す気はないのか? 私にできる事は何でも手伝うぞ」


 ブラートの必死の訴えにもジルヴェスターは首を振ってこれを拒否する。


「もう終わった事です。私はやはり剣に生きるのが似合っているのでしょう。申し訳ありませんが、訓練の途中ですので、これで失礼します」


 もはや聞く耳も持たないとばかりにジルヴェスターはブラートを置いて訓練場に行ってしまった。

 その場に残されたブラートは幽鬼のようにフラフラと立ち上がると、足に力が入ってないようで、壁を支えに自分の部屋に戻っていった。

 そんなブラートに更に凶報がもたらされる。あと少しで自失と言う所で文官に呼び止められ一通の封書を受け取ったのだ。封書の差出人は月星教会となっており、名前を見ただけで封書を破り捨てたくなった。


「手紙には何と?」


「いえ、私はまだ拝見しておりません。まずはブラート様にと思いお持ちしました」


 ブラートは自室に戻る力もなくその場で封書を開けると内容を確認し始めた。

 手紙を読み進める内に元々体調の悪そうだったブラートの顔は魂が抜けてしまっているのではないかと思える程、生気のない顔に変わっていった。


「それで手紙には何と?」


 文官はブラートよりも手紙の内容の方が気になり、ブラートに恐る恐る尋ねる。


「月星教会からの人物を幹部待遇での迎え入れる事と、月星教をミトラクラン独立国の国教にするようにとの事だ」


 蚊の鳴くような声でブラートは答えた。この内容はブラートが想像していた一番最悪のケースだ。国教を月星教に据えるのはさほど問題はないのだが、月星教会からの人の受け入れが問題だ。

 人を受け入れてしまえばミトラクラン独立国の情勢は全て月星教へ筒抜けとなる。更に言うと帝国にも筒抜けになるのだ。敵対していないとはいえ帝国に国の内情が漏れてしまうのは非常に危険だった。


「その要求はあまりに……」


 文官の意見にはブラートも激しく同意したい。だが、いくら抵抗しても月星教は要求を変える事は無いだろう。交渉はしてみるのだが、あまりにも勝算が無さすぎる。


「受けるしかミトラクラン独立国の選択肢はないだろう。他の者を集めてくれ皆にも内容を伝え少しでもいい案がないか考えよう」


 文官が一礼をすると急いで他の者を集めに行く、ブラートは力が抜けたように壁にもたれかかり、両手を下げると手紙はゆらゆらと廊下に落ちた。


「これが私が作りたかった国なのか……」


 その呟きは誰の耳に届く事もなかった。

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