第40話 イーノ村の話


 トゥユはティートに来た道を案内してもらいながらウルルルさんに乗って魔の森を疾走していた。

 多分、ティートがちゃんと道を覚えていればもっと早くティートがいた場所に着いたのだろうが、うろ覚えなティートは何度も道を迷いながら進んでいた。


「ティートこの道で合ってるの?」


「ガハハハッ、心配するな。俺様を信じていれば無事に着く」


 何度か同じような会話をしているのだが、一向に着く様子はない。かと言ってトゥユも道を知っている訳ではないので付いて行くしかなかった。


「有ったぞ! あそこだ!!」


 ティートが声を上げると、指を指す方向には人化したときに使っている棘の付いた剣が木に立てかけられていた。

 どうやらティートはこの剣を目標に進んできたようだが、これだけ広大な魔の森で一本の剣を目印にするなんて考えられなかった。


「もしかしてこの剣を探すために色々走り回っていたの?」


 トゥユが不審そうな目でティートを見つめるが、ティートは「それが何か?」と言った表情で首を傾げている。


『トゥユよ、ティートに常識的な事を期待しても無駄なだけだ』


「私も分かっているつもりだったんだけどね。想像以上だったわ」


 取り敢えず、目的の場所に着いた所で、トゥユはイーノ村へ足を向ける。もうどれ位会っていないのか忘れてしまったが、ソフィアたちの笑顔を思い浮かべるとトゥユの顔にも自然に笑みが毀れる。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 イーノ村に行く途中、トゥユは自分の生まれて集落に到着した。

 集落には当然、人は住んでおらず、動物一匹すら見当たらない。家はまだ崩壊はしていないが、人が住んでいないのでかなり劣化が目に付いた。

 そんな集落を歩いていくと、すぐに井戸の所に辿り着いた。野良犬が食べてしまったのだろうか、そこには人の死体はなく、土が黒く変色しているだけだった。

 一度足を止め、黒くなった土を見つめたトゥユは凄惨な笑みを浮かべる。


「ここにはもう来るつもりはなかったんだけど、来てみて良かったよ」


『我にはそうは見えんが、良かったのか?』


 トゥユの顔を見る限り、とても良い雰囲気には思えないウトゥスは思わず質問をしてしまう。


「うん、良かったよ。だって、最初の気持ちってのが思い出せたんだもん」


 その笑顔には狂気の色はなくなっており、普段トゥユが見せる笑顔に戻っていた。

 トゥユはウルルルさんに騎乗すると何の未練もなくウルルルさんを走らせ始める。その隣をティートが走っており、何度か振り向いて集落を確認していたのだが、トゥユは今回も一度も振り返る事はなかった。


 トゥユの目にイーノ村がしっかりと映る頃、イーノ村の監視櫓ではルースがトゥユの姿を発見し、村中にトゥユの帰還を伝えて回った。

 すぐにでもトゥユの元に行きたかった兵たちだが、ソフィアとロロットがトゥユが来るまで待っていようと提案すると全員で村の入り口に集まっていた。

 トゥユもその様子が分かると急いで行きたくなってしまったが、ここはゆっくりとイーノ村に進んでいく。


 イーノ村の直ぐ手前まで来ると兵たちは何とかトゥユの所に行きたいのを抑えるのに必死で、ソフィアとロロットが壁を作っているがそれも壊されるのは時間の問題だった。

 トゥユがウルルルさんから降り、一、二歩歩くとソフィアとロロットの方が我慢できなくなり、トゥユの元に走っていった。

 二人がトゥユに抱きつくと他の兵もドンドン集まってきて、瞬く間にトゥユを中心に大きな輪ができた。


「トゥーユ! トゥーユ! トゥーユ!」


 一人の兵がトゥユの名を掛け声のように言い出すと、他の兵もその声に合わせるように声を出し、トゥユを中心に腕を振り上げ、ジャンプしながら回転していた。

 ソフィアとロロットに抱きつかれたトゥユは「痛いよ」と笑顔で声を上げるが、二人は聞こえない振りをして抱きついていた。

 ティートの所にもルースたちが駆け寄っており、こちらはトゥユの方と違って落ち着いた雰囲気で再会を喜んだ。


 暫くすると辺りも落ち着いてきてトゥユがイーノ村に入ろうとした所でマールが出迎えてくれた。


「マールさん! ただいま!」


 トゥユが走ってマールに抱きつくと「おかえり」と言ってマールが受け止めてくれた。

 ソフィアとロロットが凄い顔で睨んでくるが、マールは見ない振りをして受け流したが、すぐにトゥユから離れた。


「大分、鎧に傷が付いているみたいだな。戦斧の方も見せてくれ」


 トゥユはウルルルさんに取り付けてあった戦斧を手に取ると、片手で振り上げ、一気にマールの鼻先まで振り下ろした。

 普通の者なら腰を抜かしてしまう所だろうが、マールは瞬きもせずその場から動かず振り下ろされた戦斧の刃を丹念に見る。


「斬れん事ないだろうが、刃毀れや歪みが酷いな」


 マールが戦斧を診断すると、「直してやるから鎧を脱げ」とトゥユに鎧を脱ぐように促した。トゥユは戦斧をその場に置き、鎧を脱ぐと、マールに「お願いします」と笑顔を向けた。

 マールがその辺に居る兵士の四人程を呼び寄せると、


「悪いが、この戦斧と鎧を俺の家まで運んでくれ」


 指示を出された兵はトゥユの戦斧がどれ位重いものか知らないため、戦斧と鎧のためだけに四人も要らないだろうと言う顔をするが、戦斧の柄を持ち、持ち上げようとすると表情が一変する。

 一人一人バラバラで力を入れていては一向に持ち上がる様子のない戦斧に、普段軽々振り回しているトゥユの常識離れした力に戦慄を覚える。

 何とか持ち上げることに成功した四人は戦斧の上に鎧を置きマールの家へ運んでいく。


「そういえば、マールさんって戦斧を持ち上げたりできるの?」


 これ程持ち上げるのに苦労する戦斧をマールがどうやって整備するか気になったトゥユがマールに尋ねると、マールは無言で力瘤を見せて家に向かって歩いていった。


「トゥユ、早速で悪いのだが、一つ相談があるんだ」


 ソフィアがトゥユに話しかけるとトゥユは二つ返事で「良いよ」と答えた。

 ここでは話しにくいのでと言うソフィアの提案で、トゥユはソフィアに連れられ、村長の家のソフィアたちの部屋に通された。


「トゥユはレリアって人を覚えているか?」


 ソフィアが真剣な顔でレリアについて尋ねると、


「もちろん知ってるよ。私のお姉ちゃんだし、この村に居た時に文字を教えてもらったからね」


 急にレリアの話になり、そう言えばイーノ村に来てからレリアの姿を見てないことにトゥユは気がついた。


「トゥユは知っているか知らないが、王国は滅亡したらしい。エリック殿を始めとして王族の人たちの首は王都だった場所に晒されているようだ」


 それはトゥユが初めて聞く内容だった。エリックとはリシャール監視塔で別れてからどうなったか気にはなっていたが、助からなかったらしい。

 トゥユが寂しそうな表情を浮かべるが、ソフィアは更に話を続ける。


「そして、ここからが本題なのだが、レリアは王族の一人だったのだ。私も聞いた時はびっくりしたが、間違いないらしい。だが、レリアは王族の命が断たれてしまったのを聞いてから伏せってしまって誰と話しても大した反応をしないのだ。だから、トゥユならレリアを何とかできると思ってな」


 トゥユはレリアの心境を考えるといたたまれない気持ちになるが、自分が会う事で少しでもレリアの気落ちが晴れるならと思い、レリアに会いに行く事に決める。


「それなら問題ないよ。私もレリアに会いたいしね」


 ソフィアは嬉しそうな表情を浮かべると、早速トゥユをレリアの部屋に連れて行った。

 ソフィアがレリアの部屋をノックするが応答はない。これは何時もの事なのでトゥユをその場に残し「レリア、入るぞ」と言って部屋に入って行った。

 すぐにソフィアがレリアの部屋からトゥユを手招きすると、トゥユは少し緊張しながらレリアの部屋に入って行った。


 トゥユがレリアの部屋に入ると、レリアはベッドの中で布団に包まれていた。


「レリアお客さんだぞ。起きてくれ」


 ソフィアが声を掛けるが、


「誰とも会いたくない。帰ってもらって」


 レリアは丸めていた体を更に丸めると誰にも会わないと表現しているように見えた。

 ソフィアはトゥユに目で合図をすると、トゥユは頷いてレリアに声を掛けた。


「レリアお姉ちゃん。私でも会いたくない?」


 その声にレリアがピクリと動くと、恐る恐る布団から顔を出した。ゆっくりと声のした方を見るとそこに立っていたのはトゥユだった。

 思ってもいなかった訪問者にレリアがわなわなと体が震えると、瞳には今にも溢れんばかりの涙が溜まっている。

 布団を跳ね除け、トゥユの元に走り出したレリアは転びそうになりながらも膝をついてトゥユに抱きつくと感情が爆発して大泣きし始めた。

 トゥユが大泣きしているレリアの頭にそっと手を置くと優しく撫で始めた。その姿を見たソフィアは自分の出る幕はないと思い、静かにレリアの部屋を後にした。


 数分後、レリアがトゥユの体から離れると、その顔は憑き物が取れたようにすっきりとしていた。


「目がヒリヒリするし、鼻水もいっぱい出ちゃった。こんな顔トゥユちゃん以外の人には見せられないわね」


 レリアが部屋にあったハンカチで鼻をかむと、トゥユは優しく笑みを返した。


「大丈夫だよ。ここには私しかいないし、もし誰かが見ていたら私が斬ってあげるから」


 そう言って戦斧を振るジェスチャーをすると、レリアの顔が真剣な物に変わった。


「トゥユちゃんお願いがあるの。私も一緒に戦わせて」


 嘘や酔狂で言っている訳ではないとトゥユには直ぐ分かった。多分、エリックたち王族が殺されてしまったため、レリアに戦いたいと思わせたのだとトゥユは思った。


「ごめんなさい。一緒に連れて行く事はできないわ。だってレリアお姉ちゃんは弱いもの」


 トゥユも一切の嘘は挟まず、自分の思っている事をレリアに告げた。


「そっか。トゥユちゃんは協力してくれないのか……。でも、私は革命軍を許せない。トゥユちゃんが協力してくれなくても、私一人でも革命軍と戦うわ」


 レリアは顔を伏せて残念がるが、気持ちを切り替え拳を握る。


「勘違いしないでレリアお姉ちゃん。一緒に連れていけないだけで、一緒に戦う事はできるよ」


「それじゃあ」


 一緒に戦えると分かるとレリアの顔は一気に明るくなる。


「レリアお姉ちゃんにはレリアお姉ちゃんにしかできない事をやって欲しいの。そのためだったら私は革命軍も、帝国も、月星教会も全部倒すわ」


「私のできる事……」


 レリアは自分が何ができるのか、どうすれば一緒にトゥユと戦えるのか、革命軍を殺せるのかを考える。

 ブツブツと何度も同じことを繰り返し、レリアは一つの考えに至る。


「分かったわ! 私はヴィカンデル王国を復活させる! だって私は王女だもの、王女って王国があっての事でしょ。 父や兄の恨みは私が晴らすわ!」


 レリアは握った拳を開いて、白く小さい手のひらをじっと見ていたが、自分のやる事が決まると顔を上げてトゥユの顔を見る。


「アハハハッ、レリアお姉ちゃんそれは面白いね。私が思っていた以上の答えだよ。私はてっきり後方サポートをやるって言うのかと思ったら国を作るだなんて最高だよ」


 レリアは何も言わず立ち上がると、じっと見ていた手をトゥユの所に差し出した。


「これなら協力してくれる? トゥユちゃんがいれば絶対負けない国を作れるわ」


 トゥユは差し出された手をしっかり握ると片膝をついた。


「喜んで協力させてもらうわ。レリアお姉ちゃんのために革命軍を潰してあげる」


 レリアはトゥユを引き上げると、再び抱きついきジャンプをして喜びを体で表現した。それだけを見るとどちらが年上なのか分からない位だ。


「ただ、直ぐ国を作るって言うのは待ってもらいたいかな」


 喜んでいたレリアはその提案に首を傾げる。


「何か理由があるの? 作るなら早い方が良いかと思ったのだけど?」


「今はまだ革命軍には皆の支持があるからね。今作っても王国って事で反発して付いてきてくれる人が少ないと思うの。そのためには国を作る前に準備をして置かないといけないし、私もちょっとやりたい事が有るからね」


 確かに旧王国の悪政から解放された事で民は革命軍に期待しており、今、王国を立ち上げても嫌な思いしかない民は付いて来てくれない。

 だが、そんな事よりトゥユのやりたい事が何なのかの方がレリアには気になった。


「トゥユちゃんのやりたい事って何?」


「アハハハッ、それはまだ秘密。それよりも皆を集めて話して見ましょ。皆なら協力してくれると思うわ」


 教えて貰えなかった事にレリアは頬を膨らまして「いじわる」と不満を口にするが、すぐに表情を戻し、トゥユの言った通り皆を集めることにした。

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