第41話 会合の話
トゥユとレリアが部屋を出ると、そこにはソフィアが立っていた。
「私はどんな事があってもトゥユに付いて行く。それが地獄への一本道だとしてもだ」
そう宣言するとトゥユは微笑を浮かべる。
「地獄なんて行くつもりわないわ。でも、ありがとう。皆を集めてくれるかな」
ソフィアはトゥユに敬礼すると主要な人物を集めるため、トゥユたちの前から走り去った。
トゥユ、レリア、ソフィアの順に席に着き、その前に座っているのは右から、村長、マール、ワレリー、ティート、ロロットの順番だ。
「何でソフィアはこっち側に座っているの?」
話を知らないソフィアは村長たちの方に座った方が話し易いのだが、
「何、気にする事はない。私は皆を集めた責任があるのでこちらに座っているだけだ」
腕を組んで動く様子のないソフィアは自分を納得させるように頷いた。
何処に座っていようとも話は聞けるし、わざわざ動いてもらうのも手間なのでそのまま続ける。
「それで話っているのは何だ?」
早く家に帰ってトゥユの戦斧を直したいマールは話を促す。
「今日集まってもらったのは重要な話があるからです」
食事を摂っていなかったため、多少頬が痩せこけてしまっているが、レリアはしっかりとした口調で集まった人たちを見る。
「トゥユとも話したのですが、私は王国を作る事にしました」
「「「「「「えっ!?」」」」」」
レリアの発言にトゥユを除く全員が驚きの声を上げた。それもそうだろう、何を言うかと思ったらいきなり王国を作るだなんて言われても「はいそうですか」とは言える訳がない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。突拍子過ぎて話に付いていけないんだが、最初から説明してくれないか?」
ワレリーが他の人を代表するようにレリアに説明を求める。
自分の思っている事をちゃんと伝えようとレリアは椅子から立ち上がり、熱弁を振るい始めた。
「私は革命軍が憎いのです。父を兄を殺した革命軍を許す事ができません。でも、皆さんもご存知のように私には戦う力などないのです。そこでトゥユに相談しました。トゥユは私に協力すると言ってくれました。一緒に革命軍をやっつけようと言ってくれました。なら、私にできる事は何でしょう? それは父の、兄の遺志を継ぎ王国を復興する事では無いでしょうか!」
レリアの話を聞き入っている者たちは腕を組んだり、頭を掻いたりしているが、レリアは構わずに続ける。
「だけど、私は今まで統治という物をした事がない。そこで皆さんにどうか協力して欲しい。こんな小娘が何を言うとお思いかもしれないが私は本気です。今からそれをご覧に入れます」
レリアは懐からナイフを出すと、それを右手で逆手に持ち、自分の右頬に突き刺し、そのまま顎の辺りまで引き裂いた。切った個所から大量の血が噴き出し、机の上に鈍い音をたてながら血が滴る。
「レリア様何を!」
ソフィアがハンカチを取り出しレリアの傷を塞ごうと席を立とうとしたが、それを左手で制した。
「この傷は私の本気の証です。こんな顔に傷を持った女性を貰ってくれる男性は何処にもいません。私は私の作る王国に全てを捧げます。お願いです。こんな私ですが協力してくれませんか?」
未だに流れる血が机に落ち、溜まった血が机を伝い床に落ちると粘着力の有る音を立てる。
「ふぅ、この村は二十年前にレリア様が生きていけるように作った村じゃ。そんな事をせんでもレリア様が覚悟を決めてくだされば譲るつもりだったのじゃ」
村長は元々レリアのお守り役として護衛や世話人の何人かと王都を出てこの村を起こしたのだ。それは全てレリアのためであり、レリアが生きて行くための村だったのだ。
「俺は元々王都に居たが逃げて来たんだ。そんな俺を迎え入れたくれた村のやる事に文句があるはずがねえ。それにトゥユちゃんは俺の娘だ。娘が協力すると言ってるのに親が協力せずにどうする」
勝手に親になったマールはトゥユの方を見て笑顔を浮かべると、トゥユも笑顔を返した。
「俺様は戦えれば村がどうのとか関係ない。トゥユ、まだまだ戦えるんだろ?」
「勿論! 私たちが倒さなきゃいけない敵は革命軍だけじゃなく、帝国もいるし月星教もいるし沢山いるよ」
その言葉を聞いたティートは犬歯を剥き出しにするとそれ以上は何も言わなかった。
「私は勿論トゥユに付いて行くわよ。私を月星教から解放してくれるって約束だしね」
「私も付いて行くぞ。トゥユをロロットだけの物にはさせんからな」
ソフィアはロロットに対抗するように言い放つと、ロロットと視線で戦い始めた。
「あぁ、後は俺だけか……。俺は元々王国軍の兵士だ。ここに王国ができるなら兵士として参加しない訳にはいかないな。だが、他の者は別だ。参加したくないと言う者は逃がしてくれるんだろ?」
自分の事よりも部下の事を心配するワレリーはトゥユの方を見る。
「勿論そのつもりよ。ワレリーさんの部下も私の部下も参加したくないって人は自由に出て行って貰って構わないわ。それによって何か罰を与えたりもしないしね」
言質を取ったワレリーは納得して頷く。
「皆さん、ありがとうございます。きっと皆さんが愛せるような王国を作ります」
机に両手をついてレリアは頭を下げた。輝くような金髪が邪魔をしてその表情は見られないが、机の上には透明な液体が池を作っていた。
全員が参加を表明した所でトゥユはロロットに頼んでレリアの治療を始めて貰った。
「あぁ、レリア、本当にこの傷残ってしまいますよ」
どうやらロロットの治癒魔法でもレリアの傷は消えないらしい。
「問題ないわ。消えてしまったら私が体を張った意味がなくなってしまうもの」
女性にとって顔の傷はトラウマになりかねないが、レリアは顔に傷が残った事を誇りに思った。
村長とマールは村人を集め、今話し合った内容を村人に伝えた。
元々村長と一緒にこの村を立ち上げた者たちは特に異論もなく、全員が残ると宣言するが、後から来た者は少し時間が欲しいとの事でこの場はお開きとなった。
「やはりすぐにと言う訳には行かんか」
村長が独り言ちるが、マールが反応する。
「仕方ないさ。革命軍……ミクトラン軍か、それに対抗するにしてもこの村の人数は少な過ぎるからな。逃げ出しても仕方がない」
マールは村民の心情を慮ると頭を掻きながら鍛冶作業に戻るため、村長の家を後にした。
トゥユ、ソフィア、ワレリー、ティートは兵たちが暮らしている宿舎の前に全員を集めて話し合った内容を伝える。
兵たちは驚きの余り声も出ない様子だったが、その中でもルースが声を上げる。
「俺は付いて行くぞ! 隊長と一緒ならどんな相手だって平気だ!」
その声を合図に次々と参加を表明し、アルデュイノは持って来ていた隊旗を高々と掲げると左右に振り始めた。真っ赤な下地に戦斧を枝木にした白い鳥が蛇を銜えて居る隊旗が誇り高く空を泳ぐ。
だが、ワレリーの部隊は全員と言う訳にはいかなかった。少数なのだが数人の兵は村を出て行き、その後会う事はなかった。
「皆ありがとう。今後の事はまた後で指示をするからよろしくね」
トゥユがお礼を述べると盛り上がっていた兵は更に声を上げ、収拾のつかないような状態になっていた。
トゥユたちが去った後、興奮の収まらない兵たちは酒盛りを始めた。最近手に入れた酒だったがここぞとばかりに煽り始めた。
「いやー。人生って分からないよな。これって俺たち王国の初期メンバーって事だよな? それもこれもトゥユ隊長のお陰だ」
「あぁ、最初会った時はこんな少女が隊長だなんてって思ったもんだが、一度戦いを見たらその考えが間違っているって分かっちまったしな」
「そうだな。何かあの人と一緒に戦っていると恐怖とかそう言うのがなくなって来るんだよな」
各々がトゥユについて色々な事を言っているが、一人の兵が恐る恐る発言する。
「実は俺、隊を抜けようかと思う」
トゥユ隊の兵は全員が今回の事に参加する者と思っていた兵たちはその発言に声を失った。
「貴様! どういうつもりだ!」
激高した兵がその頬を殴りつけると、その場が騒然となった。
「済まないと思ってる。でも、この村に来て守りたいものができちまったんだ」
なおも言い訳がましい事を言う兵に、更に一発お見舞いしようとした時、
「止めなさい!」
凛とした声がその場に響き、この声の方を振り向くとそこにはトゥユが立っていた。
「私は抜けるのも自由って言ったはずよ。だからそこの人が抜けようとするのに手を出す事なんて許さないわ」
「しかし、隊長!」
なおも食い下がろうとする兵に向け、トゥユが睨みを利かせると兵は何も言う事ができなくなった。
「この人に文句のある人は私の所に来なさい。私が納得のいくまで相手してあげるわ」
そう言われて文句を言う物は誰も居ない。トゥユは殴られた兵を起こすと「行きなさい」と言ってこの場から逃がした。
「私は隊の中での暴力は許さないわ。だから貴方には三日間断食を命じる。水は飲んでも良いけど、食事は駄目よ」
殴ってしまった兵は「分かりました」と小さく答えると項垂れてしまった。
「別に監視を付ける訳ではないから我慢できなければ自由に食べなさい。ただ、その時は貴方も隊を抜けた方が良い。私の隊には合わないから」
トゥユが一体何のためにここに現れたのかは分からないが、それだけ言うとトゥユは村長の家に戻って行った。
罰を言い渡された兵は顔を上げると、恍惚の表情を浮かべていた。
「これは隊長から俺に対する試練だ! 俺は三日間何も食わんぞ!」
兵は腕を上げて嬉しそうに宣言すると自分の寝床に戻って行った。実際、その兵は三日間何も口にする事なくトゥユの罰を全うしたのだ。
トゥユたちが再び村長の家に集まると今後の方針が話し始められた。
「先ほどはありがとうございました。早速ですが、今後の事を話し合いたいと思います」
レリアが議長となり、マールを除く先程のメンバーが頷く。マールは早くトゥユの装備を治したいので欠席だ。
レリアがトゥユに視線を送るとトゥユは考えていた案を皆に披露する。
「私はすぐに王国を作るのは反対。そうね。少なくとも一年後位かな。だからその間に皆には色々動いてもらいたいの」
すぐに王国を宣言すると思っていたワレリーはその真意を問う。
「何か理由があるのか? 今でも一年後でも変わらないように思えるのだが?」
「今はミクトラン独立国ができたばかりで国民の支持も高いわ。でも、この支持はすぐに落ちる。その時に立ち上げた方が協力が得やすいと思うの」
なぜすぐに支持が落ちると断言できるか分からないが、トゥユが自信をもって言うので、そう言う物だろうと納得する。
「まずはソフィア、貴方は周辺の村とかを廻ってなるべく支持を得て頂戴。最悪国を立ち上げた時に邪魔をしないなら味方になってくれなくても良いわ」
ソフィアは頷くと「分かった」と了解する。
「ワレリーさんには村の補強をして欲しい。今のままだと攻められた時に全く守ることができないからね」
ワレリーは少し考えた後、考えを述べる。
「だが、一年だと大した補強はできないぞ。人数も限られているしな」
トゥユが「それでもいい」と言うとワレリーはできる補強をする事にした。
「村長さんはそのままね。レリアが王国を立ち上げるまでは今までの仕事をしてちょうだい」
「レリアは村長さんが今までの仕事をしている内に村長さんのやっている仕事を覚える事と、国の治め方を勉強してちょうだい」
レリアと村長は目を合わせるとお互いに頷いた。
「ロロットもそのままね。基本的には村人たちの治療をお願い。もし、月星教から何か手紙が来るようなら上手く誤魔化しておいて」
ロロットもこの意見には同じ考えなので何も言う事なく頷く。
「そしてティートね。貴方には魔の森に返ってもらうわ。一年後に迎えに行くからそれまでは魔の森に居てちょうだい」
これにはソフィアから声が上がる。
「ティートは居て貰った方が良いのではないか? 力も強いから村の補強作業を手伝って貰えれば捗ると思うのだが?」
至極真っ当な意見を言うがトゥユは首を振った。
「私はこの一年で帝国を見て回ろうと思うの。そうするとティートは魔の森に行ってて貰わないと死んじゃうからね」
その場にいた全員が席を立って驚きを表す。
「トゥユ、それは危険だ。お前は二つ名を持っている位なんだぞ。帝国にだってその名は伝わっているはずだ」
「確かに名前は伝わっているかもしれないけど、私の顔までは伝わってないはずよ。だって私は戦場ではずっと仮面を着けているもの」
そう言われると確かにそうだ。トゥユ隊と一部の人間しか『総面の紅』がトゥユだと分かる可能性はない。
「なるほど。それで俺様は魔の森で待っていろと言う事だな。了解した。」
納得して頷くティートだが、その反応にもソフィアは驚いた。てっきり付いて行くと言うと思ったのだが待っていると言うのだ。
ティートが付いて行かなかったのはトゥユを倒せなかったからだ。獣化した状態の全力で戦ってもトゥユを倒す事ができなかった。
ティートにとってそれはショックでしかなく、頃合いを見計らって魔の森で鍛え直そうと考えていたので、今回の提案は良い機会だった。
ロロットも特に仕事はないので付いて行こうとしたのだが、行くのが帝国となると月星教の人間に見つかってしまうかもしれない。それを考えると付いて行くとは言えなかった。
他の者から反対意見が出ないのを見ると、ソフィアもこれ以上反対する事はできなかった。
「大丈夫だよ。戦いに行くんじゃなくて、見学に行くだけだから危なくないよ」
トゥユが笑顔を見せると全員が納得したとばかり席に着いた。
こうして全員に役割を与えたトゥユは会議が終わると早速帝国に行くために準備を始めた。
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