第39話 復帰の話
トゥユが魔の森に着いてから二週間程経った頃、ウトゥスの献身な介抱もあり、トゥユはようやく歩く事ができるまで回復していた。
歩けると言っても前のようにスムーズにではなく、数メートル歩くと木に掴まり休憩を挟みながらなので、まだリハビリの最中といえる。
それでも徐々に回復してきているという実感がトゥユにはあり、その表情は明るい物だった。
「もうちょっとで前みたいに歩けるようになると思うけど、まだ時間が掛かるかな?」
『焦らずとも良い。我も付いておるし、ウルルルさんも一緒なのだからな』
メイドの格好から仮面の状態に戻っているウトゥスが焦る必要はないとトゥユに言って聞かせる。
トゥユもそれは分かっているのだが、どうしてもソフィアや、ティートたちの事が気になってしまい焦ってしまうのだ。
それから更に一週間経つとトゥユは怪我をする前と同じように歩いたり、走ったり、ジャンプしたりする事ができるまで回復していた。
ウトゥスの見立てよりも早い回復で、嬉しいやら悲しいやら複雑な心境だった。
「ウトゥス、もうそろそろ皆の所に行っても良いんじゃないかな? 私、もう待ちきれないよ」
『そうだな。それだけ回復していれば、そろそろ移動しても問題ないだろう』
トゥユは両手を挙げてジャンプをし、喜びを爆発させる。だが、その喜びは一瞬にして消されてしまった。
何故なら森の奥から物凄い瘴気を漂わせこちらに向かってくる者が居るからだ。近くにある木を薙ぎ倒しながら迫ってくる者に対しトゥユは戦斧を構え何時でも攻撃できるように準備をする。
木の間から姿を現した者は、一度雄叫びを上げると再び加速してトゥユの所まで迫ってくる。トゥユは構えていた戦斧を振り抜こうとしたが、更に加速をした者に懐に入られてしまった。
懐に入られたトゥユは成す術もなく体を掴まれ高々と持ち上げられた。
──このまま叩き付けられる
そう思い、目を瞑り体を硬直させたのだが、一向に叩き付けられる事はなかった。静かに目を開けるとトゥユを持ち上げた者の顔に見覚えがあった。
「ティート!」
ティートはトゥユを見つけ嬉しさの余り体を持ち上げただけで、そのまま叩き付けるなど考えても居なかった。
「トゥユよ、無事だったか。心配したぞ」
久しぶりに再会したティートにトゥユは掴まれていた胴体を外して、そのまま落下する勢いでティートに抱きついた。
首に抱きつかれたティートはそのままの勢いで回転をすると、トゥユの体が少し浮き、飛んでいるような感じになった。
「それにしても、どうしてここにティートが居るの?」
トゥユはティートに地面に降ろされると、疑問に思っていた事を口にした。
「トゥユの言われた通り、イーノ村の先の魔の森に居たのだが、時折、物凄い瘴気が出されているのを感じてな。その瘴気を探している内にトゥユに会ったと言う訳だ」
ティートはどうやらイーノ村の近くからここまで歩いてきたようだ。ここからイーノ村までの距離が分からないが、リシャール監視塔から一番近い魔の森と聞いているので、結構距離が離れているはずだ。
「それにしても、あの強大な瘴気はこの辺りで感じたのだが、トゥユは見た事ないか?」
そう言われてもトゥユには瘴気を感じる力などないので全く分からなかった。トゥユがここに来てから危険を感じる事をなかったので、そんな凄い瘴気を出せる者が居るなら会って見たかった。
『それは多分、我の事であろうな』
急に会話に入ってきたウトゥスに二人はビックリして言葉が出なかった。事もあろうに自分だと言うのだ。
「ウトゥス、どういう事だ。貴様からはそこまでの瘴気を感じないぞ」
ティートはあの瘴気の正体がウトゥスだとは信じられないようだったので、ウトゥスはそれを証明するようにトゥユの頭から離れると執事の姿になった。
トゥユには分からないが、辺りには大量の瘴気が噴き出し、瘴気を感じられる者なら絶対に近づいて来ない程の量だった。
「なるほど。これで納得がいった。俺様が感じたのはウトゥスの瘴気だった訳だ」
「そうなるな。抑える事もできたのだが、トゥユの治療を優先してたのでな。この姿の時は気にしてなかったな」
ティートは現在、人化の状態ではなく、本来の姿をしている為、ウトゥスを見下ろすような形になっているのだが、ウトゥスはそれに怯んでいる様子はない。
このまま戦闘が始まってしまいそうな雰囲気を感じたトゥユは二人の間に割って入る。
「折角ティートも来てくれたんだし、ウトゥス、またあの料理を作ってよ」
ティートもウトゥスの料理を食べれば少しは落ち着くかと思い、ウトゥスに料理をするようにお願いするが、ティートはウトゥスの前に立ち塞がり、行動を妨害する。
「トゥユよ、何か忘れていないか?」
ティートにそう言われた所でトゥユには思い当たる節はない。いくら頭を捻ってみた所で何も出てこないのを見かねたティートが、
「俺様との再戦だ! 今度会ったら再戦をすると約束していただろう」
ティートが大声を上げると、トゥユはやっと思い出し手をポンと叩いた。
「確かにそんな事言ったわね。ティートも良く覚えてるね」
完全に忘れていたトゥユはティートの記憶力に感心するが、ティートは折角楽しみにしていた再戦が反故にされてしまっては堪らないと思い、更に詰め寄る。
「よもや約束を違える訳ではあるまいな? 誰の邪魔も入らない今がチャンスだ。さあ、再戦をするぞ!」
ティートが邪魔の入らない内に再戦を迫るが、ウトゥスが間に入り邪魔をする。
「今のトゥユは病み上がりだ。再戦をしたいならもう少し待つ事だ」
その言葉にティートは激高しウトゥスに襲い掛かろうとするが、トゥユの一言がその行動を止めた。
「やっても良いよ。体調も良くなったし、力が戻っているか確認するには丁度良いしね」
「ガハハハッ、流石トゥユだ。話が早い。そう言う訳だ、ウトゥスは下がっていて貰おう」
ティートがウトゥスを押し退けようとするが、ウトゥスは気にせずにトゥユに声を掛ける。
「病み上がりの体では危険だ! トゥユよ、考え直すのだ!」
ウトゥスの必死の訴えもトゥユは笑顔で却下する。友達との約束を破るのはトゥユに取って許されない事だからだ。
「大丈夫だよウトゥス。ティートは強いけど、私の方がもっと強いから」
「ガハハハッ、言ってくれるなトゥユよ。俺様の方が弱いだなんて初めて言われたぞ」
盛大に笑ったティートは戦いをする為トゥユとの距離を取る。トゥユも木に立て掛けてあった戦斧を手に取ると何度か振るって調子を確かめる。
「言っても聞かないようですね。仕方がない、私が立会人をするとしましょう」
こうなっては何を言っても仕方ないので、ウトゥスは諦めてこの戦いを仕切る事にした。
二人を勝手に戦わせると、どちらかが死ぬまで止めない可能性があるので、最低限生きているという所で止めれるようにする為だ。
トゥユとティートが互いに距離をとり、ウトゥスの合図で何時でも動き出せるよう準備を終えていた。
森は静けさを保っており、二人の放つ気合の為か動物はおろか虫の声一つ聞こえなかった。
「二人とも準備は良いな。それでは始め!」
ウトゥスが二人の方を見ると、無言で頷いたのを確認し腕を振り下ろして開始の合図を送る。
開始の合図が森に響いた後、二人は一歩も動いていなかった。ウトゥスの見立てではティートが開始と同時にトゥユに突っかかっていくものと思っていたのだが、その予想は見事外れてしまった。
「どうしたの? ティートは来ないの?」
トゥユも同じ事を思っていただろう、ティートが突っ込んでこないのを不思議に思った。
「ガハハハッ、俺様も学習したからな。ただ、突っ込んでいくだけでは勝てんとな」
人化しての戦闘がティートにとって意識を変える事になったのだろうか。以前の戦闘の時のように闇雲に突っ込んでくるだけなら、あしらいようがあったのだが考えて行動するとなると少し厄介だ。
しかし、何時までも見つめているだけでは始まらないと思い、トゥユの方から仕掛ける事にする。
地面を蹴り、低い体勢でティートの所まで距離を詰めると、後ろに引いていた戦斧を薙ぐ。
ティートはバッグステップで余裕をもって躱すと、今度はティートの方がトゥユとの距離を詰め、右ストレートを放つ。
トゥユが咄嗟に戦斧を戻し、ストレートを戦斧で防ぐとゴーンと低い音が鳴り響き、トゥユの体を数メートル吹き飛ばした。
トゥユが戦斧から顔を出すと口角を上げて笑みを浮かべた。今までは仮面を着けて戦闘をしていた為、戦闘中のトゥユの顔を見た事のなかったティートはその顔を見て戦慄する。
その顔は完全に狩を行うものの顔で、獣化しているティートは本能的に一歩後ずさってしまった。
グォォォォ!!
一歩後ずさってしまった事で自分に腹が立ったティートは声を上げて気合を入れなおす。
今度はティートの方から距離を詰め、トゥユの前に迫ると腰の辺りまで引いた拳を天を穿つように振り上げ、ボクシングのアッパーカットを繰り出した。
正面や上から攻撃がくるだろうと思っていたトゥユは完全に意表を付かれ、大きく後ろに飛び退くと、表情に驚きの色を示した。
その表情を見たティートが犬歯を剥き出しにして笑みを作ると、今度はトゥユの方が戦慄を覚えた。
互いに挨拶代わりの攻撃は終わったとばかりに今度は接近をしての攻防を繰り返す。
破壊力で押すティートと、素早い動きで相手の隙を付くトゥユの構図は以前の戦いの時と余り変化はないのだが、ティートは時折、フェイントを入れたり、トゥユは強引にでも攻撃をしたりと前回とは違う所も見せていた。
激しい攻防を続ける二人だが、時間が経つに連れ徐々にトゥユが押される回数が増えてくる。
病み上がりという事もあるが、元々の体力の差は大きく、持久戦になるとどうしてもトゥユは不利になってくる。
トゥユもその事は十分承知の上で戦っているのだが、ティート程の相手を簡単に倒せないのも分かっていた。
トゥユは何か隙を突けるようなタイミングはないかと機を伺っているが、ティートはそんな隙を見せる事なく激しい攻撃を続けてくる。
ティートも何か決定打を出せるような隙がないかと伺っているが、トゥユはギリギリの所で回避をしたり、受け止めたりで隙を見せる事がない。
かれこれ数時間の攻防の後、さすがのティートも息切れをし始めるが、トゥユは肩で息をしている所か膝まで笑い始めていた。
「トゥユよ、そろそろ降参したらどうだ? 膝も笑ってるようだし、今なら俺様も受け入れてやるぞ」
「アハハハッ、ティートがそんな事を言うなんてよっぽど疲れてるんじゃない? 私の方こそ『ごめんなさい』と言えば許してあげるわよ」
お互いの目を合わせると、次が最後の攻撃と思っているのが分かる。
二人が同時に息を吐くと、荒れていた呼吸も、震えていた膝も収まり、戦闘前の状態に戻ったと言っても良いような状態になった。
静かに時が流れ、二人の間に木の葉が一枚地面に落ちたのを合図にトゥユとティートが同時に地面を蹴る。
トゥユが首を目掛けて薙いだ戦斧をティートは体毛の硬さを生かし左腕で受け止める。受け止めたのと同時に放っていてた右拳をトゥユの所に落とすが、そこにはトゥユの姿はなくクレーターを作るだけだった。
トゥユは受け止められたのが分かると素早く右に飛んでティートの左側から攻撃を仕掛ける。拳を振り下ろし体勢の崩れている所に背中側から戦斧を一閃するが、ティートは振り下ろした拳を軸に体を持ち上げ、片手で逆立ちをするように避けた。
そのまま前転をするように立ち上がったティートはすぐにトゥユの方に体を向けると、間髪入れず右ストレートを放つ。
その攻撃を姿勢を低くしてトゥユが避けると、下から上に戦斧を薙いだ。ティートは慌てて上体をそらしバク宙をして攻撃を避けると同時に爪先でトゥユの首を狙う。
ギリギリの所で顔をそらし避ける事に成功したトゥユはティートがバク宙をした事でできた間合いを一気に詰め、渾身の力で戦斧を薙ぐ。ティートはこれをカウンターの要領で右拳をあわせる。
「それまで!!」
ウトゥスの声が響き渡ると、トゥユの戦斧の刃がティートの首に付くギリギリ前で止まり、ティートの拳がトゥユの鼻先で止まっていた。
「これは引き分けって事かな?」
「そうだな。本気の俺様をここまで追い詰めるとはな」
二人が声を掛け合うと一気に体の力が抜け、その場に座り込んでしまった。
二人ともスポーツをした後のような晴ればれとした笑顔をしており、黒い靄のかかる森の中で輝いているように見えた。
「二人とももう満足かな?」
ウトゥスが二人を見ながら声を掛けると、
「私は満足かな。ウトゥスも良い所で止めるよね」
「俺様も満足だ。悔しいがまだトゥユを殺す所まで実力がないらしい」
二人が満足したと答えたのを聞いたウトゥスは役目は終わったとばかりに仮面の状態に戻った。
トゥユが立ち上がり、何時も通りウトゥスを頭に着けるとティートの所まで歩いていき、小さい手を差し出した。
ティートの大きな手ではトゥユの手は余りにも小さいので指を数本差し出すとトゥユは指を握った。その様子が可笑しかったのか二人が笑いあうと森は暗くなり始めた。
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