第三章 ヴェリン砦攻防

第18話 開戦の話


 トゥユが砦に戻って来て一週間程経った頃、ロロットの連日の治癒魔法の効果とトゥユの驚くべき回復力で、傷はほぼ完治していた。


「あれ程の傷が一週間位で治るなんて考えられないわ」


 ロロットが上のベッドから降りて来るトゥユを見てそう呟いた。

 ロロットの見立てでは治癒魔法を毎日掛けたとしても一カ月はベッドから立ち上がれないと思っていたのだが、目の前で歩いているトゥユを見て自分の見立ての甘さを実感する。

 そんな悲観に暮れている中、ソフィアが慌てて部屋の扉を開けて戻って来た。


「大変だ! 王国軍は革命軍に対し総攻撃をかけるらしい。 我々もザック隊の一員として先陣を切るようにとの命令だ」


 ソフィアの慌てぶりとは逆にトゥユは何時もと変わらず落ち着いて聞いているし、ロロットは我関せずといった感じだ。

 トゥユは例え立ち上がれない状態だったとしても、這ってでも戦場に行くつもりだったので、何時出陣の報が届いても良いように準備ができていたし、ロロットはそもそも軍医の立場なので戦場に出る事はないので、また仕事で眠れない日が続くのかとしか思っていなかった。


「あ、余り驚かないんだな……」


 二人と自分のテンションの違いにソフィアは少し恥ずかしくなる。だが、そんなソフィアの後ろから待ちに待ったとばかりに大声を上げる者が居る。


「ウォォォォ、やっと戦えるのか。あまりに暇すぎて体が可笑しくなってしまいそうだったぞ」


 ティートの喜び方を見たソフィアはトゥユたちが自分をこんな風に見ていたのかと思うと少し恥ずかしくなる。

 頭を振るい気持ちを切り替えるとソフィアは聞いてきた作戦を説明する。


 作戦の内容は戦力差を最大限に生かし相手を圧倒するという作戦だった。有体に言ってしまえば只の力押しである。

 革命軍の本陣の位置が分かった事でダガン率いる本隊が突撃するまで、トゥユたちの先遣隊が相手の攻撃を引き受け露払いをするという物だった。

 その際問題となるのが如何にして川を渡るかと言う事になるが、先遣隊が十人長単位の部隊で船に乗り、頭上に板を掲げて矢や魔法を避けつつ渡ると言う作戦と呼ぶには大雑把すぎるのもだった。

 それでもトゥユの表情は変わらず、ティートに至っては笑みさえ浮かべている。

 そんな二人を見るとソフィアは何とかなるのではないかと思えてくるのが不思議だった。


「そう言えばトゥユ、私たちの部隊は未だ三人しか居ないのだがどうするのだ?」


 編成権がトゥユにあるとは言え、配下になる者が居なければ隊の人数が増える事はない。

 そんな不安を口にしたソフィアに向かってティートが尊大な笑みを浮かべる。


「ガハハハッ、その事なら問題ない。こっちに来い!」


 ティートが後ろを振り向くと三人の男が顔を出した。

 その三人のうち一人はソフィアに向かって暴言を吐き、トゥユに腹を殴られた者で全員ティートと同じ部屋で寝泊まりしている者だ。

 どうやらティートが来た初日に因縁を吹っ掛けたが、見事に返り討ちに合いそのままティートの舎弟として動いているようだ。

 三人の顔には絆創膏や湿布が所狭しと貼ってあり、それだけ見ると砦に運ばれて来た時のトゥユと遜色のない酷さだった。

 部下の一人、ルースと言う因縁を吹っ掛けてきた部下がトゥユとソフィアに向かって土下座する。


「あの時は申し訳ありませんでした! ティートさんに言われ心を入れ替えたので隊長の隊に入れてください!」


 ルースの土下座を見たエイナル、アルデュイノの両名も続いて土下座をする。

 三人は傭兵としてこの砦に戦いに来ており、戦い毎に一番危険な場所に放り込まれても生きて来たそれなりの猛者だ。

 そんな三人の前にトゥユが進み出ると屈託のない笑みを浮かべる。


「じゃあ、貴方たち三人を私の隊に入れるわ。ただし、今度からは仲間内で暴言を吐くのは禁止ね」


「「「ありがとうございます!!!」」」


 三人が同時に顔を上げてお礼を言うと、特にペナルティを科す訳でもなく三人を迎え入れるトゥユにルース達は涙を流して喜んだ。

 後に分かった事だが三人はティートに脅されており、部隊に入る事ができなければ部屋を追い出すと言われていたので、余計にホッとしたのだ。

 そんな事を知らないトゥユはこれだけ喜んでくれるのはあの時に少し脅しすぎたのだと思い、少し反省した。


 トゥユたち先遣隊は夜の内に船を運びながら川まで行き、闇に紛れて川を渡る手はずとなっている。

 決行は今夜で、徹夜になる可能性が非常に高いので、ティートと三人を部屋に戻した後、今の内に少しでも睡眠をとっておく事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る