第19話 決行の夜の話


 各々の部隊は船と板を持ち砦の門を潜って川に向かって進行していく。

 他の部隊は数人がかりで船を運んでいるが、トゥユの部隊はティートが軽々と船を持ち上げ運んで行く。

 ちょうど、朔と重なった夜は辺り一面暗闇包まれ数メートル先さえ見えずらくなっていた。

 それは革命軍からしてみても同様で、王国軍が進軍を始めた事はまだ分かっておらず監視の兵は簡単な酒宴を開き頬に当たる風を気持ちよく感じていた。


 トゥユたちは無事に川岸まで辿り着き船を浮かべるとルースが板を斜めに掲げ矢による攻撃に備える。その他の隊も川岸に着いた順に船に乗り込み、次々と川を渡り始める。


「お、おい、あれは何だ?」


 酒宴を開いていた革命軍の兵士が川を渡っている船を見つけたのはトゥユたちが川を半分程渡った頃だった。

 慌てて半鐘を鳴らし、全軍に敵の襲来を知らせると、森の中から弓兵と魔法使いが出てきて、矢と魔法を放ち始めた。


 板を掲げていてもすり抜けてくる矢や魔法はあり、それに当たって死んでしまったり、川に落ちてしまう兵士が散見される。矢に加え、魔法による火の玉や氷の塊が激しく板を打ち、板を手放してしまった隊は船を捨て川の中に逃げ出したりもしている。

 トゥユの船ではティートがすり抜けてきた矢や火の玉を悉く打ち落としていた。ティートは砦にいる時に手に入れたノコギリエイの吻の形をした両刃に棘がついた剣を軽々と振るって孤軍奮闘している。

 そのおかげでトゥユの隊では誰一人として欠けることなく川岸に到着する事ができた。


 トゥユたちは一番最初に岸に付いてしまったので、弓兵たちの後に森から出てきた軽装歩兵に取り囲まれてしまう。


「えい!」


 我先にと下卑た顔で迫って来る兵士はトゥユの放った一撃で一瞬にして唇が紫色になる。とても力を入れて放ったように見えない一撃だったが、一瞬にして数人の命が天に召されたのだ。

 その様子を目の当たりにした兵士が立ち止まるが、後ろからもどんどん塀が来ているためドミノ倒しのように折り重なって倒れてしまった。

 こうなってしまえば逃げる事もできなければ避ける事もできない。倒れた兵にトゥユが笑みを浮かべながら戦斧を振り下ろすと何人もの兵が折り重なったまま真っ二つになってしまった。

 船を降りる時に着けていた仮面の姿で左から右へと見渡すように顔を動かすと、その姿の異様性も伴い兵士たちは後退りを始めた。


「トゥユよ、一人で全員倒してしまうつもりではないだろうな? 俺様の分は当然、俺様の物だからな」


 ティートが棘の付いた剣を肩に担ぎ、トゥユの隣に立つ。


「アハハハッ、やだなぁ。ティートの分を取ったりしないよ。ティートは左で私は右それで良いよね?」


 ティートは口角を上げ犬歯を見せる事で了解の合図を取る。一瞬にして二人が左右に弾け飛び、離れていた兵との距離を一気に詰める。


 トゥユは横一線戦斧を薙ぐ。下半身から切り離された上半身が回転し、辺りに血の雨を降らせる。


 ザア。ザア。ザア。


 その音を聞いただけで血の雨が降っているが分かる者はそれほど多くないだろう

 兵は暗闇の中、急に降り注いだ生暖かい雨に不思議に思いつつも雨を拭うと雨に粘り気があるのが分かる。思わず雨がついた箇所の匂いを嗅ぐと鉄臭い匂いが鼻腔を刺激し、兵の脳裏に「死」が思い起こされ戦慄する。

 だがそれも一瞬。次の瞬間にはその兵の上半身も宙を舞っており、次の兵に自身と同じ感覚を味わわせた。


 ティートはその巨体を革命軍の兵の前に晒すだけで戦意を喪失させていた。

 笑顔から見える犬歯は鋭く大きい。とても人間の物とは思えない犬歯を輝かせながら振るわれる剣は棘の部分で肉を引き千切り、譬え致命傷でなくても生きているのは不可能と思わせる傷を負わせている。

 それに加え暴力的な腕力が鎧を着ていようが、兜をかぶっていようが関係なしに肉を拉ぐ。剣で裂き、拳で潰す、ただそれだけの行為が革命軍兵を恐怖のどん底に陥れた。


「ガハハハッ、トゥユよ楽しいな。こんな楽しい事が有るならもっと早くこっちに来るんだった」


「でも、普通の状態じゃあ死んじゃうんだから来ようと思っても来れないんだよね?」


 まるで街角で偶然出会ったような感じで会話をしているが、その間にも屍の数がどんどん増えている。


「そうだったな。ウトゥスが居なければいつ死んでも可笑しくない」


「ウトゥスはどう? いっぱい食べられてる?」


『フハハハッ、まだまだ十分と言えんな。だが、ここの食事はなかなか良い、もっと食べさせてくれ』


 恐怖に陥っていたのは革命軍兵だけではなかった。ルース以下二名の者も恐怖で動けなくなっていた。ティートの強さは一敗地に塗れた事で分かっていたつもりであったが、ルースたちを相手にしている時でもティートは本気では無かったのだ。

 今、ティートは拳を振るっているが、その拳は一撃で易々と兜を破壊し、頭を風船のように弾けさせる。ルースが殴られた時は精々瘤ができるだけで済んだのでその手加減ぶりが伺える。もし、本気だったらと思うと、それだけで体が震えたので考えるのを止めた。


 だが、恐怖で動けなくなった本当の理由はティートの強さではない。その隣で戦っている一人の少女の戦いぶりを見たためだ。

 トゥユと呼ばれるルースたちの隊長は他の者に比べ明らかに体格では劣っていた。ソフィアという女性の副官と比べても明らかに低い身長は子供と言っても差し支えない程だった。

 その少女が自分の身長以上の大きさの戦斧を手足のように操っている。一体あの小さな体の何処にそんな力があるのだろう。

 それだけじゃない。あの振り向く度に見える仮面。仮面に表情等あるはずがないのに、その仮面を見る度に背筋が凍り付くような視線を感じるのはとても気のせいとは思えない。


 ルースたちも傭兵として様々な戦場に赴き、何とか生を拾ってきたため、やばい相手、近寄ってはいけない敵を見分ける嗅覚は優れており、その感性がここまで生きてこられた要因だ。

 その感性が今、ルースたちに警告を与えている。あの少女は危険だと。戦場で会えば何があろうとも回避すべき相手が目の前にいるのだ。しかも、それが敵としてではなく、味方として。


 周りにいた相手は粗方倒してしまった少女がこちらに向かって歩いて来る。

 その顔は仮面に隠されており表情は伺うことができないが、ルースたちにはその仮面の下の表情は満面の笑みを浮かべていると確信できた。

 少女がルースたちの前で立ち止まると、ルースたちは自然と跪き首を垂れた。そこが戦場であろうが関係ない、強者に対し恭順の意を示すのはここしかないのだ。


「アハハハッ、そんな畏まらなくても良いよ。貴方たちも楽しんでる? 早くしないとティートに全部取られちゃうよ」


 見えている世界が違う、住んでる世界が違う。ルースたちではトゥユの位置まで上り詰めることができない。

 だが、トゥユのために戦う事はできる。その思いを胸に立ち上がると全身を支配していた恐怖はなくなっており、逆に力が沸いてくる感じすらする。それはルースたちを覆っていた黒い靄が消えるのと同時だった。

 傭兵出身のルースたちには最初分からなかったが、これが誰かのために戦うと言う事だと分かったのはもう少し後になってからだ。


 剣を手に取り勇敢に敵兵に向かっていくルースたちを見送ったトゥユはソフィアの隣までやって来た。


「一緒に来た人たちは殆ど渡り終わったみたいだね」


 周りを見ると続々と船から降りて戦いに赴く兵士の姿が見える。空も白み始め、夜が終わろうとする頃になってやっと先遣隊が川を渡り終わったのだ。


「そうだな。これから本隊が川を渡るはずだが、まずは弓兵と魔法使いを何とかしないと味方の被害が増える一方だ」


 ソフィアは歩兵のいる更に奥を見つめ弓兵や魔法使いに攻撃ができるような作戦を考える。


「それなら私がちょっと行ってこようかな。なぜか私たちの周りだけ相手が少ないし」


 暇だからちょっと散歩をして来るみたいに言うトゥユにソフィアは呆れたような表情をする。


「私たちも一緒に行った方が良いか? 一人だと危険だぞ」


 心配をするソフィアを余所にトゥユは首を振って付いて来る事を拒む。


「大丈夫だよ。危なくなったら戻って来るしね。ティートにはソフィアたちも守るように言っておくから安心して」


 自分の事よりソフィアの事を心配してくれるのは嬉しいが、トゥユは言い出したら聞かないのでこれ以上何かを言うのを止める。

 敵の薄くなった所を戦斧を振り回しながら駆け抜けるトゥユの背中を見送り、ソフィアも剣を構える。

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