第17話 帰還の話


 トゥユを乗せた荷車は川の前まで辿り着いていた。

 幸運な事に敵の追っ手が来る事もなくここまで来れた事にソフィアは安堵していた。

 この川さえ超えてしまえば砦まではあと少し、早速ティートと共に荷車に積んであった物資をすべて森の中に隠し、荷車の中にはトゥユとベニテスの首だけの状態になった。


「良し、後はこの荷車を壊していかだを作ってトゥユを運ぼう」


 ティートに床の部分だけを残し荷車を破壊してもらい、要らない部分は全て川に流し準備が完了する。

 トゥユを乗せた筏は沈むことなく川に浮き、ティートに引いてもらって川を渡る。

 ソフィアもティートに続き川を渡ると、砦までの道のりはティートにトゥユをおんぶして貰い歩き出した。


 終課を知らせる鐘の音が聞こえる頃、砦に辿り着き一安心する間もなくソフィアはトゥユを連れて自分たちの部屋に戻った。

 ソフィアは部屋を見渡し一人の女性を見つけると寝ている女性を叩き起こす。


「ロロット! 大変なんだ起きてくれ!」


 眠い目を擦りながら起きたロロットがソフィアを睨みつける。


「何よ急に起こして、私はさっきまで働いていて眠いんだから寝かせてよ」


 ロロットの文句も聞かずソフィアはトゥユを自分のベッドに寝かせ状況を説明する。

 説明されるまでもなく、一見しただけで重傷と分かるその姿を見て、ロロットは真剣な表情になりトゥユに向かって両手をかざす。

 ロロットから出された光はトゥユを包み込み小さい傷はすぐに塞がれていった。


「どうだ? 大丈夫か?」


 その様子を見ていたソフィアがロロットに心配そうに声を掛ける。


「貴方も知っての通り、私の魔法は自身の治癒力を上げるだけでそれ以上は何もできないわ。死ぬ事はないと思うけど、どれ位掛かるかは彼女次第ね」


 ロロットは軍医としてこの砦に来ているが、前にいたダレル城塞でもかなり重宝されていた。

 魔法を使えるだけでもかなり重宝されるのだが、治癒魔法を使える者は更に人が少なくこの砦でも治癒魔法を使える者はロロットのみだった。

 お陰でロロットは怪我人が出ると昼夜を問わず起こされ治療をさせられているので、本人はいつも眠そうにしている。


 ベッドで寝ているトゥユの息は落ち着いており、あれだけ激しかったのが嘘のようだった。その様子を見て一安心したソフィアは部屋の外で待っているティートの所に向かった。

 女性の部屋に一緒に入ってこようとしたティートを何とか宥め部屋の外で待っているように言ったのだ。


「どうやらトゥユは大丈夫らしい。だが、治るまでどれ位掛かるかは不明だ」


「ふん、俺様はそれ程心配などしていないがな。俺様を負かした奴がそんな簡単にくたばるはずがない」


 鼻を鳴らすティートだが、その顔は明らかに安心したような顔になっている。

 ソフィアはこれから報告書を書かなければいかず、ティートにもう少し部屋の前で待っているように伝えるとすぐに部屋に戻って行った。


 ソフィアも徹夜で進軍し、戦闘を行い戻って来たので、できればそのままベッドに潜り込みたい所だが、トゥユの戦果を報告すると言う事もあり不思議とそこまでの眠気はない。

 報告書には起こった事をそのまま記述し、分かりやすく読みやすい物が求められるが、そこには多分に記述者の主観が混ぜ込まれる。

 今回の報告書にはエットレの裏切りやベニテスとの戦闘は記載するが、ティートとの戦闘は記載する事は諦める。

 ティートの事を記載した所で誰も信じないだろうし、記載した事でベニテスを倒した事まで疑われてしまっては報告する意味がなくなってしまうからだ。


 夜もかなり更けて来た所で報告書が書き終わった。

 ザックは既に寝ているかもしれないが、報告は何時でも構わないとの規律があるため、ソフィアはティートを連れてザックの元に向かった。

 ティートは折角眠りについた所を起こされたため、文句を言ってきたが「一緒に来ないとトゥユと一緒に居られない」と言うと不承不承ながら付いて来る。


 ザックの部屋のドアをノックすると予想に反してすぐに応答が有った。


「ソフィア=エリクソンただいま戻りました。報告書をお持ちしましたのでご確認をお願いします」


 部屋を訪ねた内容を言うと「入れ」との声がかかったのでティートと共に部屋に入るとザックは机に向かって作業をしていた。

 一区切りつき、ザックがこちらに向いた所で報告書とベニテスの首を提出する。

 ベニテスの首は服で包まれているので一見して何か分からないため、ザックは最初に報告書に目を通す。

 暫く報告書を静かに読んでいたザックだが、読み進めるにつれ目を大きく見開き食い入るように読んでいるのが分かる。


「この報告の内容に間違いはないのだな?」


 報告書を読み終わったザックはソフィアに間違いがないか確かめる。


「間違いありません。ベニテスの首も一緒にお持ちし致しましたのでご確認いただければこの報告書が間違いないと証明できると思います」


 机に置かれた包みを開けると中からベニテスの首が出てきた。

 ベニテスは元々王国軍に居たのでザックもベニテスの顔は知っており、この首が間違いなくベニテスの物だとすぐに分かった。


「まさかあの小娘がベニテスを討ち取るとは信じられん」


 現実を直視できないザックが再び報告書に目を落とす。


「しかし、ベニテスの首もあります。報告書に間違いはありません!」


 ソフィアがザックの小声に反応すると「分かっている!」と一喝されてしまった。

 革命軍の有名人を討ち取ったのだ、いくらトゥユが軍に入ったばかりとは言え昇進のチャンスを逃さないようソフィアはザックの一挙手一投足に目を配る。


「それでそちらに居るのは?」


 報告書を一旦机に置き、目頭を抑えながらティートに付いての報告を求める。

 ティートは来る途中でソフィアに決して喋らず大人しくしているよう言い含められているので何もしゃべらない。


「彼はトゥユの遠い親戚でティートと申します。戻ってくる途中に彼と出会い軍に入りたいとの事だったので連れてきました」


 ソフィアは咄嗟に話をでっち上げ、戦果を挙げたトゥユの親戚と言う事で断りずらい状況を作り上げた。


「少女の次は大男か……。まあ、良い、トゥユと同様にソフィアが面倒を見るように。貴様らの次の所属は追って連絡する」


 ザックは将官に報告に行くとの事でレリアたちは退出を求められた。

 部屋に戻る途中、兵舎の空き状態を確認するとトゥユの隣の部屋に一人分の空きがあるのを教えられる。

 ティートが寝泊まりをする部屋の前に来てノックをすると出てきたのはトゥユが来た初日にトゥユに腹を殴られた男だった。

 ソフィアもそれ程短くない間過ごしているが隣がこの男だったのを初めて知り、驚いた表情をしている。


「ここが俺様の部屋で良いんだな?」


 ティートが部屋に入ろうとするが、男が道を塞ぎ部屋に入れないように邪魔をする。


「てめぇ、誰に断って部屋に入ろうとしてるんだ! 部屋に入りたかったら出す物出しな!!」


 兵舎は兵士であれば無料で利用できるのでお金の必要はない。同部屋の相手にお金が必要なんて話は聞いた事がないが、男は下卑た顔で金を要求する。

 ソフィアが何かを言おうとする前にティートが動く。


「味方を殺すなと言われているが、逆に言えば殺さなければ何をしても良いってことだ」


 ティートは誰に確認するでもなくそう言うと、道を塞いでいる男の頭を鷲掴みにすると部屋の中に投げ捨て、ティートも続いて部屋に入って行き扉を閉めた。

 中から怒声と物が壊れる音がするが、ソフィアは呆れ顔で自分の部屋に戻ることにした。部屋に戻るとトゥユは相変わらず寝ており、周囲を見渡すがロロットの姿は見えず、また何処かへ行ってしまっている。


「オラ! テメエら! 誰に向かって口利いてるんだ!? 殺されたい奴から前へ出ろ!!」


 殺さないのではないのかとソフィアは思うが、相手をするのもアホらしいと思いその場を後にし、自分の部屋に戻って行った。

 トゥユを自分のベッドで寝かせているため、ソフィアは昨日トゥユが使っていたベッドに入ろうとした所で扉をノックする音が聞こえた。

 慌てて扉を開けるとそこには一人の兵士が立っており、砦の最高指揮官のエリックが呼んでいるのですぐに参上するようにとの事だった。

 ソフィアとしてはトゥユを起こしてまで連れて行く事は憚れるので一人で出かけようとした時にトゥユから呼び止められた。


「呼び出しって事は私が行かないと駄目だよね」


「トゥユはそのまま寝ていろ。私が報告をしに行く」


 トゥユがベッドから起きようとしているので慌てて支えに行く。ソフィアとしてはそのまま寝ていて欲しいのだがトゥユは言う事を聞かないだろう。


「私が行かないと折角ソフィアが頑張ってくれたのが無駄になっちゃうからね。大丈夫だよ戦いに行く訳じゃないし」


 その言葉に泣きそうになるが何とか涙を堪える。トゥユは何とか立つことができるのだが、まだ歩けるような状態ではないのでソフィアがおんぶして連れて行く事にした。

 隣の部屋の前を通ると聞こえていた怒声はすっかり聞こえなくなっており、不気味な静けさを醸し出していたが無視してエリックの元に急ぐ。


 砦の中で一番高い建物の最上階に将官用の会議室があり、そこに行くように建物を守る兵に言われ、トゥユをおんぶしたまま長い階段を登る。

 トゥユの体は軽く小さかった。この小さな体でどうしてあの巨大な戦斧を振り回せるのか不思議に思ったが、こうしてトゥユをおんぶして運べる事はソフィアにとってこれ以上ない幸せだった。

 幸せな時間も終わりを告げ、会議室の前でトゥユを降ろし、にやけていた顔を真剣な顔に戻す。


「ソフィア=エリクソン、トゥユを連れてただいま到着いたしました」


 中から「入れ」と低い声が響き、中に入ると中央にエリック、左右に将官と文官が机を挟んで座っていた。

 エリックの前にはソフィアが書いた報告書と、ベニテスの首が新しい布に包まれた状態で置かれていた。

 この砦におけるトップが全員揃っている事でソフィアは背筋を伸ばし緊張している様子が伺えるが、トゥユは相変わらず泰然自若で立っている。


「報告書は読んだが、直接口から報告を聞こうと思ってな。それでは聞かせてくれるか」


 エリックは観劇が始まる前のようにワクワクした面持ちで早く話が始まらないか待っていた。

 ソフィアは一歩前に出て報告書に記載した内容に加え、トゥユの奮闘ぶりを事々しく報告する。その口ぶりは報告というより物語を語っているようだった。

 綺麗な声で朗々と語られる報告は聞いている者にとって耳心地がよく、報告が終わるころには全員満足感で一杯だった。


「素晴らしい! 良くぞベニテスを討ち取り生きて帰って来た。トゥユと言ったな、其方は王国の誇りだ」


 エリックから最大限の称賛を受け、ソフィアは充実した表情で報告を終えた。エリックは報告が終わった後も何度も頷き今の内容を心で反芻する。


「トゥユよ。ベニテスを討ち取った功績を考慮し、十人長に任命する。何か欲しい物が有れば言ってみよ最大限融通を利かそう」


 エリックの発言に武官、文官の全員が驚きの表情を浮かべる。


「お待ちください! エリック様。入ったばかりの者をいきなり昇進させては他の者に示しがつきません」


 ダガン中将がトゥユの昇進に異を唱える。

 一般兵が昇進するには何度も戦場に出て、そこで功績を上げる事で昇進するのが習わしになっており、一度も戦場に出てない者が昇進するのは前例がない。


「五月蠅い! 私が決めたことに異を唱えるとは何事か!!」


 さっきまで上機嫌だったエリックは一気に顔を真っ赤にして捲し立てる。その剣幕にダガンは何も言うことができなくなり、逆恨みでトゥユの方を睨みつける。


「それで何か欲しい物はないか?」


 真っ赤な顔を元に戻し、自分の子供に語り掛けるようにトゥユに欲しい物を尋ねる。


「欲しい物はないけど、ソフィアを私の副官にして欲しいかな。後、ティートも一緒だと嬉しいな」


 トゥユの要求を聞いたソフィアは足が震えだした。


 ──自分はなんて幸せなんだ、こんな幸せで良いのか?


 そんな思いがソフィアの中を駆け巡り恍惚の表情を浮かべる。


「貴様!! 十人長のくせに副官だと? それにエリック様に向かってその口調は何だ!!」


 文官の一人がトゥユの要求と口調に怒りを表すが、当のエリックは怒るのも馬鹿らしいと思い文官を無視してトゥユに答える。


「良かろう。ソフィアとは隣に居る者か? ソフィアにトゥユの副官を任命する。ティートという者も部下に加える事を許可しよう。編成権はトゥユに一任するので特定の所属がない者で必要な物が居れば部下に加えるが良い」


 十人長の権限としては破格の物で、ほぼ千人長と変わらない権限をトゥユは与えられた。

 隊の編成権まで与えては隊のバランスが崩れてしまうと思うが、この事を言葉にする者はこの中には誰も居なかった。

 エリックは久しぶりの良い報告に気分を良くしたまま眠りにつきたいと思い、早々に会議を終了する事にする。


「今日の会議はこれまでとする」


 他の者から異論が出る前にエリックは会議の終了を宣言し、会議室を退出した。エリックが退出したのを見て他の者も退出していき、会議室にはトゥユとソフィアの二人だけになった。


「流石、ソフィアだね。エリックとかいう人も凄く喜んでくれていたみたいだし、私も昇進できたからウルルルさんを呼び戻すのも後少しだよ」


「報告書を書くのは私の得意分野だからこれ位の事は何ともない。それよりもやっと正式にトゥユの副官になれたな。これからも頼むぞ隊長」


 二人で笑い合いながら、話をしているが、あまり長い間トゥユをこのままにして置く事は体に障ってしまう。


「それじゃあ部屋に戻るか」


 ソフィアが再びトゥユをおんぶをし、会議室を退出した。

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