第16話 紹介の話


 ソフィアが来た所でトゥユは立ち上がってここに居る者を紹介する。


「こっちがティートでこっちがソフィア。そして私の頭に居るのがウトゥス」


 ティート、ソフィア、そしてウトゥスに向けて順番に指を指しながら簡単に紹介する。


「待て、待て、そこの獣人がティートという名前なのは分かったが、ウトゥスと言うのは前に少し聞いた事あるが、何処にいるのだ?」


 余りに簡単な紹介にソフィアはトゥユの前に手を上げて制した後、辺りを見渡した。

 ソフィアの目に映るのはトゥユ、紹介の有った獣人、そして散乱している死体だけで他に人が居るようには思えない。


「アハハハッ、何言ってるのソフィア。ウトゥスはこの仮面だよ」


 トゥユは屈託のない笑顔で仮面を指さすが、ソフィアはトゥユと仮面を交互に見るだけで声が出てこない。


『どうやらここに居る者は全員我の声が聞こえるようだな。今トゥユが言ったように我は仮面のウトゥスだ。よろしく頼む』


 ソフィアは脳に響く声に聞き覚えがあった。それは茂みの中でソフィアが飛び出すのを制止した声と一緒だ。

 話を聞いただけではとても信じられないが、実際にウトゥスが話しかけて来たのを体験してしまった今、疑えと言われる方が難しい。


「ふん、貴様、魔の森の出身だな。その瘴気のお陰で正気に戻れたが何を企んでいる?」


 鼻を鳴らしあっさりとウトゥスの正体を見抜いたティートはウトゥスを睨みつける。


『我の出身や正体が何であるかは問題ではない。ここにトゥユのために働きたいと思う者が集ったそれだけの事だ』


 ウトゥスは自分の正体について言及する事は無かったし、ティートの方もそれ以上は追及する事をしなかった。


「ウトゥスそれは少し違うよ。後、ウルルルさんも居るから忘れちゃ駄目だよ」


『そうであったな。ウルルルさんも我らの大切な仲間であったな』


 ウルルルさんという名前に聞き覚えのないティートが首を捻っていると、ソフィアから声を掛けられ視線そちらに向ける。


「ティートと言ったな。我々と一緒に行くとしてお前はそのままの姿で付いて来るのか?」


 ティートは自分の体を見て可笑しな所を探すように視線を走らせるが、特に可笑しい所は見当たらなかった。何が不満なのか分からないソフィアを睨みつける。

 目が合った瞬間、蛇に睨まれた蛙のように体が動かなくなってしまったが、自分の頬を殴りつけ気合を入れ直しティートを睨み返す。


「私が言っているのは体の傷の事では無い。その容姿の事を言っているのだ。私たちがこれから帰るのは王国軍の兵が集まっている所だ、お前がそのままの姿で行くと砦が大混乱になるどころか砦に入れて貰えないかもしれない。もし、そのまま付いて来ると言うならウルルルさんと同じ様にどこか違う場所で待っていて貰う事になる」


 赤くなった頬からジクジクと痛みが襲ってくる中、噛まずに言えたことに安心する。


「なんだそんな事か」


 そう言って立ち上がったティートは静かに目を閉じると、見る見る体毛が無くなり、人間と言われても可笑しくない容姿に変容した。

 身長は二メートル程に収まり、顔は犬科の動物の面影を残してはいるが、短髪黒髪の顔を見れば違和感を覚えるような感じではない。

 全身筋肉で覆われた肉体は凡そ人間が理想とする肉の付き方をしており、彫像作成のモデルになったら引っ張りだこになる程、見事な肉体美をしていた。


「っ!」


 ソフィアは上がりそうになった悲鳴を押し留め、顔を真っ赤にしてティートに背を向けた。ティートの見事な筋肉を見ながら視線を下げた所、男性の一物が視線に入ってしまったのだ。

 後ろを向いたソフィアは目の前にトゥユが居た事でティートの裸体は自分が壁になって見えていなかった事に安堵したが、念のためそっとトゥユの目に手を添える。


「貴様! 早く服を着ないか! トゥユが見たらどうするんだ!!」


 後ろを向いたまま空いている手でティートの方に指を指すのだが、姿が見えないので何処を指しているのか分からない。


「そう言われてもな。俺様は服なんて持ってないぞ」


 ティートは辺りを見渡すが服などなく、仕方が無いので周りに転がっている死体から服を剥ぎ取りそれを着用する。


「これで文句はないだろ。少し小さいが我慢するか」


 その声でソフィアは振り向くと明らかに体形に合ってない服を着たティートが仁王立ちしている。

 何とも言えない珍妙な格好に溜息を吐きつつ、トゥユの視界を遮っている手を離そうとすると急にトゥユを触っている感覚が消えた。

 咄嗟にトゥユの方に視線を戻すと、トゥユは座り込むように倒れていた。


「トゥユ!」


 真っ赤だった顔を真っ青に変えトゥユを抱きかかえる。苦しそうな顔で荒い息を吐くトゥユはかなりヤバい状態に思えた。

 最悪の展開が頭を掠めるが、首を振って払拭するとトゥユの着ていた鎧を脱がした。

 全身、血が滲んでいるのだが、その中でもお腹の血の滲み方が酷い。ベニテスから腹部を横一線に斬られ、更に剣を突き刺された所だ。


『かなり不味いな。早く手当をしないと最悪な事態になりかねん』


 ウトゥスが不吉な事を言ってくるがそんな事は言われなくても分かっている。


「ティート! 革命軍の荷車の中に包帯か綺麗な服が無いか見てきてくれ!」


 ティートは「なんで俺様が」と呟きながらも荷車の方に走っていき、何か使える物が無いか探し始める。

 荷車の一つはティートを運ぶための物でティート自身が壊してしまったが、もう一つの荷車は食料や衣類、武器などが積まれていた。

 どれが良いのか分からないティートは、取り敢えず持てるだけの衣類をもってソフィアの所に戻って来た。


「済まないな。トゥユを着替えさせるからティートは向こうを向いていてくれ」


 ティートは「なんで俺様が」と呟きながらもトゥユを見ないように後ろを向いた。

 ティートが持って来た服の中からトゥユのサイズに合う物を端に置き、ソフィアは「済まない」と言いながらトゥユの服を脱がせる。

 余っていた服でトゥユの体を拭き、綺麗な服を引き裂いて包帯を作ると腹部に巻き付ける。その上から置いておいた服を着せると「もう良いぞ」とティートに声を掛けた。


 ティートは持って来た服の中で自分に合いそうな服が合ったので、ソフィアがトゥユの着替えをしている間にティートも着替えをしていた。

 ちんちくりんな格好だったのが、少なくとも違和感を感じない格好になったティートにソフィアは荷車を持ってくるように命令する。


 ティートは「なんで俺様が」と呟きながらも先ほどの荷車の所まで戻り、荷車をソフィアの所まで引いてきた。

 ソフィアはトゥユと一緒に荷馬車に乗り込み、トゥユをそっと寝かせる。


「さて、余りここに長い時間居ると革命軍が何時やって来ても可笑しくない。そろそろ出発するとして、どうするか。馬は全部逃げてしまったしな」


 荷車を引いていた馬は戦闘中にすべて逃げてしまっていて、その姿は見る限り何処にも無い。

 ティートはソフィアと目が合うと、ソフィアが何を言おうとしているのか分かってしまった。


 ティートは「なんで俺様が」と呟きながらもソフィアに言われる前に荷馬車の軛を握った。


「道は私が指示するから、私の言う通りに進んでくれ。後、荷馬車はできるだけ揺らさず、それでいて最大限の速さで進んでくれ」


 流石に注文の多いソフィアにティートは一言いう事にした。


「おい、いくら何でも注文が多いぞ。俺様は貴様の召使ではないんだ」


「文句を言う前に早く出発してくれ、これでトゥユに何かあったら私は絶対に貴様を許さんぞ!」


 トゥユの事を出されてはティートも言い返す事ができず、不承不承ながら荷車を押し始めた。


「ちょっと待て!」


 折角押し始めたのに止められた事にティートは怒りをソフィアにぶつけようとしたが、荷車にソフィアの姿は無かった。

 ソフィアは死体の一つに近寄り、腰に下げていた剣で死体の首を切り離し、その首を余っていた服で包むと駆け足で戻って来た。


「一体何をしていたのだ?」


 怒りを忘れ、ティートはソフィアが何をしていたのかが気になった。


「ベニテスの首を持って来たのだ。これを上手く使えばトゥユは昇進できる」


 ソフィアは方頬に笑みを浮かべ、静かに笑うとティートに進むように命令した。


 荷車は最短の距離を進むため、森の中を木々を縫いながら進んでいく。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 革命軍の本陣ではブラートが未だ到着しない物資に眼鏡を弄って苛立ちを覚えていた。

 ブラートは革命軍の総司令で、革命軍立ち上げ時のメンバーの一人として作戦、外交等、その指揮を一手に引き受けてる。


「まだ帝国からの物資は届かんのか!」


 苛立ちをぶつけられた文官は体を竦めながら答える。


「総司令、お、落ち着きを。物資にはベニテスが護衛に付いておりますので心配はありません。間もなく到着するはず……です」


 額の汗を拭いながら周りを見渡すが、到着の報告は来ない。


「僕が見に行きましょうか?」


 顔立ちの整った青年が爽やかな笑みを浮かべながら天幕に入って来る。


「ジルヴェスターか。君には引き続き部隊の編成をやってもらいたいのでその必要はない」


 ブラートはジルヴェスターに視線を向け断りを入れると目を瞑り自分の世界に入って行く。

 他の者には帝国から食料の輸送を行っており、その到着を待って攻勢をかけると伝えてあるが、ブラートだけは物資の中身を知っていた。

 帝国がどのようにして獣人を捕まえたかは知らないが、獣人を王国軍の中に放り込んでしまえば人に抗う術の無い暴力が王国を壊滅に導くだろう。

 それ程までの兵器が王国に奪われては大変と思い、ベニテスを護衛に付けたのだが、嫌な予感がする。


 一人の兵が入って来て文官に報告を耳打ちすると、文官の顔は見る見る内に血の気が引いていく。


「それは誠か?」


 思わず漏れた声にブラートが目を開け、文官の方に目を向ける。


「あっ、も、申し訳ありません」


 文官はブラートの視線に気付き謝罪を述べるが、ブラートはその異変を目敏く見つける。


「どうした。報告があるなら報告せよ」


 その一言に覚悟を決めた文官は死にそうな顔で口を開く。


「た、ただいま……、ただいま入った報告によりますと、ベニテスが護衛していた輸送部隊が襲撃を受け、全滅したようです」


 その場にいた全員の動きがまるで凍り付いたように止まる。誰もが動けずにいた中、文官の一人が落としたグラスの音が静寂を破る。


「どういう事だ! 援軍は、援軍は必要か!」


 止まる事のない汗でハンカチが剣より重いと感じつつ文官は続ける。


「もはや戦闘は終わっております。ベニテスはその首が取られていたため、確実とは言えませんが、周りに彼の部下の死体が有った事を考えると首のない死体はベニテスの物かと……」


「ベニテスはよい! 荷物は! 物資はどうなった!」


 その物言いに違和感を感じるが文官は構わず、


「二台の荷車の内、一台は戦闘の余波で破壊されており、もう一台は敵の手に……」


 ブラートは思っていた中で一番最悪の事態が起きた事に開いた口が塞がらない。この荷車を運ぶためにわざわざベニテスを護衛に付けたのだがこんな事になってしまうとは。

 破壊された一台の方にに獣人が入っていたのだろう。そうなると獣人は解放され手当たり次第に破壊を繰り返しているはずだ。放置しておけばそのうち死んでしまうだろうが、作戦は変更する必要が出てきてしまった。


「追っ手を放ちますか?」


 文官は敵の襲撃と思い追っ手を提案するが、ブラートは静かに首を横に振る。獣人が暴れている中、部下が遭遇してしまうと無駄に兵士の数を減らしてしまう事を懸念したのだ。

 それに文官は敵襲と言ったが、何かの影響で獣人が放たれてしまった方が納得がいく。ベニテスを殺れる人物となると王国では『冠翼の槍』と言われるソル=スタイナーが思いつくのだが、彼の者は現在帝国と戦っていると報告を受けているのでソルの可能性は無い。

 ベニテスの首が無いのは気になる所だが、大方、獣人に潰されてしまったのだろうと納得する事にした。


「ジルヴェスター、部隊の再編を急がせろ。他の者は今聞いたことの口外を一切禁止する! 兵たちを動揺させるな!!」


 いつの間にか立ち上がっていたブラートは椅子に腰を下ろし、獣人を使わなくても何とか砦を攻略できる方法を考える。

 喉に小骨が刺さった様な感覚を残したまま。

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