第12話 裏切り者の話
エットレは王国に嫌気が差していた。
生まれは王国の端の方にある小さな村で、小さい頃から王国が領土を広げていった話を散々聞かされたため、何時の頃からか王国の兵士になるのが憧れだった。
王国の兵士になって目の当たりにしたのは出世争いのための足の引っ張り合い、騙し合いだった。
それはエットレが知る物語の中では一度も話されていない事だったので当初はこんな事はあるはずがないと戸惑ったものだ。
能力がある者が上の立場になるのではなく、いかに相手を蹴落として世渡りを上手くした者が上の立場になる世界。
平民出ではなかなか就く事のできない百人長の立場になってエットレの不満は限界を迎えていた。
戦争に勝つための戦術ではなく、上の人間の手柄を立てるためだけ、又は立場が悪くならないような立ち回りや報告を求められるからだ。
そんな時、先に革命軍に寝返っていたベニテスから革命軍に来ないかと手紙を受けた。
ベニテスは元千人長でエットレの面倒をよく見てくれていた人物で、信頼のおける上官の中の一人だった。
そんな人物が寝返ったと聞いた時は耳を疑ったものだ。ベニテス程の武勇と指揮能力を持つ者が寝返る程王国は腐ってしまっているのか?
エットレはベニテスからの誘いを受ける事にした。
だが、エットレも現在は部下を持つ身。自分だけ逃げるなんて事はできない。そこで意を決しペネロペとジャヌレにも話をする事にした。
下手をするとその場で裏切り者と切り伏せられる可能性もあったのだが、それは杞憂に終わる。
二人共同じ気持ちだったようで難なく受け入れてくれ、配下の部下毎全員が革命軍に寝返るのを決定したのだ。
ベニテスによると近々兵站の護衛で近くを通るとの事だったので、そのタイミングで裏切ることを二人に伝え部下にも言い含めるように言った。
エットレはザックに敵兵を拷問したら兵站を輸送する情報を得たので、その襲撃に自分が行きたいと進言した。当然、拷問なんてしておらずベニテスから手紙を貰っただけだが、そこは隠しておいた。
無事にザックから許可を得ることができたエットレに狂いが生じたのは決行当日の事だった。
そう、トゥユとソフィアが部隊に配属されてしまったのだ。決行を控え今更予定は変えられないので仕方なく二人を連れて行く事にした。
ベニテスに会うと予定より二人増えてしまったことを伝える。最初は難色を示したベニテスだったが、何とか二人も革命軍に入る許しが出た。
なぜ自分が今日会ったばかりの二人のためにこんな事を、とも思ったのだが、これも何かの縁だろうと思い、ベニテスを説得したのだ。
二人に合図を送ると森から出てきたのだが、一人が仮面を顔に着けている。行軍中は何もつけてなかったはずなのだが……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
トゥユを先頭にして、その後にソフィアが続いて森を出る。
エットレの近くに行こうとしたソフィアは立ち止まったトゥユにぶつかってしまった。
「す、すまん。急に立ち止まるものだから……」
そう言いかけたソフィアたちの前にエットレが進み出て来る。
「やっと来たか。俺たちはこれから革命軍に付くことにした。本来ならお前たちなんぞここで殺しても良いのだが、これも何かの縁だ。お前たちが頷けば一緒に連れて行ってやる。だが……」
手を上げて合図をするとトゥユたちの右側にはペネロペの部下が、左側にはジャヌレの部下がトゥユたちを取り囲み、剣を構えた。
トゥユは予想通りの動きに溜息を吐き、エットレに話しかけた。
「おじさんは裏切ったって事で良いんだよね?」
既にトゥユの中ではエットレは上官ではなく、ただのおじさんとなっていた。
眉をひくつかせるエットレを見たペネロペとジャヌレは自分たちに怒りが向かないよう、少しエットレから距離を取った。
「はん! 自分の上官をおじさん呼ばわりとは躾がなって居ないようだな。まあ、良い、その辺りは今度きっちり教えてやるとして、どうするんだ?」
鼻を鳴らしてトゥユの態度に不満を表すが、裏切るかどうかの返事が早く欲しいようだ。
エットレとしてもここで自分の管理能力を疑われる訳にはいかないので、内心早く頷けと焦っていた。
「アハハハッ、どうするって何? 私たちが裏切るとでも思ってるの? それなら土下座の一つでもしてみれば? それでも願い下げだけどね」
見る見るうちにエットレの顔が変わっていき、遂には鬼の形相になった。
「そうか、俺が折角、腰を折ってお前たちも連れて行けるよう交渉したのだが、無駄だったようだな。女を殺すのは趣味じゃないが、精々人生最後のダンスを踊って死ね!」
エットレの腕が下に降ろされると同時に周りを囲んでいた部下たちは一斉にトゥユたちに向かってくる。
「ソフィア! 私が良いと言うまでしゃがんで目を瞑っていて!」
事前に直ぐ動けるようにと言われていたため、ソフィアは何の迷いもなくその場に蹲り、両手で自分の顔を覆って目を瞑った。
トゥユが何をしようとしているのか分からないが、エットレの部下たちは声を上げながらなおも迫って来る。
ブオン!!
トゥユは後ろの引いた戦斧を地面に当たる位の高さで思いっきり振った。戦斧は団扇のような役割をし、地面にあった小石共々埃や砂を巻き上げ辺りは土煙に覆われた。
仮面を着けているトゥユは土煙の中でも問題なく相手の姿が見えているが、エットレの部下は行き成り舞い上がった土煙に目潰しにあった状態になり、動きが完全に止まっている。
ソフィアの手を掴んだトゥユは「目を開けずに付いて来て」と叫ぶと、三人程部下を切り伏せ包囲を抜け、ソフィアを森の中に隠した。
「もう目を開けても良いけど、ここからは動かないでね」
ソフィアが目を開けるとさっきまで居た場所は茶色の世界に代わっていた。
何が有ったのか聞こうと思ったが、その時にはトゥユは既に土煙の中に消えており、目を凝らしてもソフィアはトゥユを見つける事はできなかった。
土煙の中ではトゥユによって倒された兵の悲鳴を聞き、他の兵がパニックを起こし所かまわず剣を振り回し、同士打ちをしている所もある。
「落ち着け! 相手は一人だ! 姿が見えてから剣を振るうんだ!」
その声で同士打ちは無くなったのだが、トゥユは姿を見られる前に戦斧のリーチを生かし攻撃しているため、悲鳴が鳴りやむ事は無かった。
暫くして土煙が晴れるとその中からトゥユが姿を現す。やっと相手の場所が把握できたエットレは「居たぞ! 全員掛かれ!」と命令を出すが、その命令に答える部下は誰一人と居ない。
自分の命令を部下が無視するはずが無いと思い、辺りを見渡すが、部下の姿は何処にも見えない。
嫌な予感がエットレの脳裏を掠め、一滴の汗が背中を伝う。
トゥユの足元にはエットレの部下だった者たちの死体が転がっており、その中で平然と佇む少女の姿は悪魔の食後の風景かと思える物だった。
死体に中には隣に居たはずのペネロペとジャヌレの姿もあり、自分は今、わざと生かされているのだと分かる。
トゥユが一歩エットレに向かって踏み出すと、その一歩に慄然とし腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。
更に一歩トゥユが歩を進めようとした時、騎馬がトゥユとエットレの間に割って入ってきた。
「下がっておれ、ここからは俺たちが引き受けよう」
野太い声が響くと騎馬の前に剣を構えた男が三人と荷車の上で弓を構える男が出てきた。
どうやらそれは輸送部隊を護衛していたベニテスの部下たちのようで、徐々にトゥユを囲むような陣形を取りつつあった。
「よもや一人でエットレの部下を倒してしまうとはな。その武勇に敬意を表して名前を聞いておこう」
ベニテスから感じる雰囲気はエットレなど比べるまでも無い程強い物だった。
『トゥユよ、こやつは強いぞ。あそこで腰を抜かしているだけの無能とは訳が違う』
──分かってる。あの人強いよね。ちょっと本気出さないと厳しいかも。
ウトゥスからも警告を受け、トゥユは自分が感じたものが間違いないと分かり、気合を入れなおす。
「私はトゥユ、トゥユ=ルペーズ。貴方の名前は教えてもらわなくても良いわ。殺してしまう相手の名前を覚えておくほどお人好しじゃないもの」
ベニテスは口角を上げ何か嬉しそうな表情をした後、部下に命令を下した。命令を受けた部下の内、トゥユを囲んでいた三人が一斉に剣を振り下ろしてくる。
体を捻る事でその攻撃を躱し、距離を取ろうとした所で、弓兵から矢が放たれ動きを制限されてしまう。仕方なく、戦斧で受け止める事で事なきを得たが、この連携は今までトゥユが経験した事が無い物だった。
三人の剣士の連携も素晴らしい物で、一人が上段を攻撃すれば、次は中段、最後は下段と攻撃する箇所を分けると言う、嫌らしい攻撃がトゥユを苦しめる。
『あの男だけでなく、部下でもこの技量とは恐れ入る。もう一度目隠しでもするか?』
──ちょっと無理かな。距離が近すぎて思いっきり戦斧を振る時間が無いんだよね。
相手の攻撃を躱しながらウトゥスと会話をするがその余裕も段々無くなってきた。
──まずはあの弓兵を何とかしないと拙いかな。
弓兵はトゥユに矢を当てる事を目的としておらず、トゥユの行動を制限することを目的としているため、非常に厄介な存在となっている。
そんな中、トゥユは頭に浮かんだ案を検証する。
一つ目は戦斧を投げつけ弓兵を倒してしまう事だが、それをしてしまうと三人の剣士の攻撃を防ぐ事ができなくなるし、そもそもこちらを観察している相手に当てるのは難しい、なのでこの案は却下。
二つ目は三人の剣士の攻撃を潜り抜け、弓兵に攻撃するという物だが、弓兵の前に居るベニテスが何もせずに攻撃させてくれるとは思えない、この案も却下。
三つ目は弓兵を無視して剣士を先に倒してしまう方に注力する……としても弓兵が邪魔になるので却下。
──アハハハッ、全部駄目だった。これは厳しいな。
笑っている余裕などないが自然と面白くなってくる。
その間にも敵の連携攻撃は留まる事を知らず、徐々にトゥユの体に傷が増えていった。
──仕方がない、ウトゥス、力を借りるよ。
『おっ? 我に何かする事が有るのか? 何でも良い言うてみよ』
剣士が攻撃して来た所トゥユはサイドステップで避けると弓兵の射線を切るように剣士を間に入れ、完全に姿を弓兵から見えなくした。
別の剣士の攻撃を戦斧で受け止め、鋼がぶつかる甲高い音がすると徐に仮面を外す。
──ウトゥス、ごめん。
トゥユは手にした仮面を弓兵に見えるように大きく投げ捨てる。突然出てきた物体に弓兵が本能的に矢を放ってしまったのは、誰も責めれるものではない。
甲高い音が鳴り響き、ウトゥスはクルクルと独楽のように回転して地面に落下する。
トゥユは低くした姿勢の序に石を拾い上げると、剣士の陰から飛び出し手首のスナップを利かして弓兵に投擲。
徐々に加速する石は一直線に弓兵の元に迫っていき、腰に携えた矢筒からトゥユの方に視線を向けた弓兵の眉間を割った。
弓兵は蛙が引き潰されたような声を出し荷車から落下し、二度と動く事は無かった。
これで行動を制限される事の無くなったトゥユは剣士達の周りを自由に動きながら攻撃を仕掛ける。
余りのトゥユの速さに剣士達は段々と連携が取れなくなってきており、攻撃も単調なものになって行った。
「そっちに行ったぞ!」
「分かってる! だが……」
注意を促された剣士は後ろを振り返るのだが、そこには戦斧を十分に振るえるトゥユが待っており、剣を振り下ろす間もなく上半身が宙を舞う。
回転する上半身から噴き出す血を隠れ蓑にしトゥユは次に狙う剣士の死角に回り込む。
もう一人の剣士がフォローするようにトゥユに斬りかかるが、トゥユはそれを最初から狙っていたように剣士の首に刺先を突き刺すと、そのまま持ち上げ投げ捨てた。
残り一人になってしまった剣士は一歩後ろに下がるが、弱気になっている自分の心を戒め、トゥユに向かって地面を蹴る。
ただ突っ込んで来るだけの何の策のない攻撃を余裕で躱し、片手で戦斧を振るい剣士を両断した。
剣士達を倒し終わったトゥユはゆっくりとウトゥスが落ちている場所に歩いていくと再びウトゥスを顔に着ける。
──ウトゥスは良い囮だったよ。お陰で何とかできた。
『フハハハッ、我をこのように使うとはな。だが今度からは事前に言ってくれ』
仮面の中で舌を出しておどけるトゥユはベニテスの方に向き直った。
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