第11話 徹夜の話


 トゥユとソフィアは無事に砦に着くとザック千人長に呼び出された。

 ソフィアが緊張した面持ちでザックの部屋をノックすると中から低い声で「入れ」と聞こえたので部屋に入り敬礼をした。


「ソフィア=エリクソン、ただいま戻りました」


 部屋に入ってきたソフィアにザックは視線を向けるとすぐに報告をするように求めた。


「私の力不足もあり、イヴァン百人長は敵の手にかかり戦死しました。隊長以外のイヴァン隊も敵の攻撃を受け全滅し私一人、恥ずかしながら帰ってきました」


 ソフィアはその時の様子を思い浮かべ奥歯を思い切り噛み締める。

 ザックは予想してた通りの報告だったが、それでもショックは隠しきれず眉間を手で押さえる。


「そうか、イヴァンが……。いや、今はソフィアだけでも戻って来たことを喜ぶべきか。それで敵の本陣の位置は分かったのか?」


「申し訳ありません、敵の本陣の位置を探っている時に襲撃を受けてしまったため場所までは……」


 敵の本陣も分からず、部隊もほぼ全滅……。ザックはダガンに報告に行く事を考えると気が重くなる。

 ダガンに限らず将官の機嫌は凄く悪い。それも当然で斥候を放つたびに悉く返り討ちにあい、尚且つ本陣の位置も分からないからだ。

 それでも報告に行かなければならない中間管理職の辛さを胸に仕舞い、


「そうか、わかった……。それでそちらにいる者は?」


 ザックはトゥユに視線を移し、ソフィアに何故小さな少女がここに居るのか説明を求める。


「はっ。この者はトゥユと言いまして私が革命軍に追われている所を助けて頂きました。話を聞くと王国軍に入りたいとの事でしたので連れてまいりました」


 トゥユもソフィアに倣って姿勢を正して立っているが、その姿を見たザックはトゥユの小ささに溜息が漏れる。

 ソフィアの優秀さはザックも分かっているが、いくら王国の人材が不足しているとは言えこんな小さな少女を連れてきて、どうするつもりなのだと思う。

 それでもこの状況で王国軍に入ってくれるのはありがたいので、配属だけは決めておく。


「トゥユ――と言ったか。君にはエットレの部隊に入ってもらおう。エットレには私から言っておくから後で挨拶をしておくように」


 言いずらそうに「それと」と言ってソフィアの方を向くと


「ソフィア、君には……」


 ザックはソフィアの希望している副官の仕事ではない……と、告げようとするとソフィアが割って入ってきた。


「私は! 私にはトゥユを連れてきた責任があります。世話係と言う事でトゥユの面倒を見る事ができないでしょうか」


 その発言にザックは目を見開いて驚いた。

 ソフィアは副官として仕事をする事に誇りを持っていたため、どう言ってソフィアを納得させるか思案していたのだが、ソフィアの方から副官としての仕事ではなく世話役をやると言ってきたのだ。

 どういった心境の変化かザックには知る由もなかったが、ソフィアからそう言ってくれるのであれば、それを利用しない手はないと思い、


「分かった。ソフィアにはトゥユの世話役を命じる。一緒にエットレの部隊に入り慣れていない所はフォローしてやってくれ」


「了解しました。私が責任をもってトゥユを兵士として育てます」


 ソフィアは敬礼をし、ザックからの命令を拝命する。


「うむ、よろしく頼むぞ、それでは下がって良し」


 ザックはそう言い終えると机に向かって頭を掻きつつ報告書を書き始めた。

 ソフィアは上手く行ったと思い、再度敬礼をしてトゥユを部屋から出るように促し、自分も一緒に部屋を出た。


 トゥユは部屋を出るまで一言も話す事はなかった。トゥユはどうもこのザックという人物を信じる事ができなかったのだ。

 どうして?と言われても理由などないのだが、トゥユの直感がザックを信じるなと警鐘を鳴らしているのを信じる事にした。

 そんな様子を見たソフィアがトゥユに声を掛けて来る。


「どうした? 何か問題でもあったか?」


「ううん、大丈夫だよ。それよりも上手く世話役になれて良かったね」


 トゥユが作戦の成功を喜ぶと、ソフィアはこんな事は造作もないと言った感じで顔をにやけさせた。


「私はソフィアに兵士としてこれから育てられるんだね」


 意地悪そうにソフィアに言うと「あの場では仕方なかったんだ」と言って慌てて謝ってきた。

 そんな慌てるソフィアの様子が面白かった。トゥユは一度だけザックの部屋を見返した後、エットレに挨拶をしに行こうと言う話になった。


 砦の中は兵士の宿舎や馬小屋などがあり、他には飲食をふるまう店もある。この砦の規模の大きさを伺わせた。そこには当然他の部隊の兵もおり、諍いが起こるのは日常茶飯事だった。

 ソフィアがトゥユを連れている所を見た男から声がかかる。


「よう、ソフィア。今回も隊は全滅したんだって? 死神の副官の名は伊達じゃないな。ガハハハッ」


 その男がソフィアを馬鹿にしたように声を掛けた事で周りからも笑いが起こった。

 ソフィアは足を止めその男を睨みつけるとその男に向かって歩き出す……所でトゥユに肩を掴まれた。


「気にしちゃ駄目だよ。私たちはあんな人を相手にするためにここに居る訳じゃないしね」


 その一言で落ち着いたソフィアは男から視線を切り再び歩き出した。


「なんだよ、俺たちの相手何てしてられないってか? 副長さんは大変だよな子供のお守りまでしなきゃいけないなんて俺だったらお断りだ。だが、その胸に付いている物の使い道ができて良かったな」


 ソフィアがトゥユから視線を外したのは刹那だった。だが、トゥユにとってはそれだけの時間があれば十分、男の懐に潜り込み鳩尾に拳を入れた。


「あんまりしつこい男性は嫌われちゃうよ。それに私は子供じゃなくてレディーなの、間違えないでね」


 男は急に襲った腹部の痛さに膝をついて見上げると、そこには子供とは思えない表情で、上から睥睨する少女が立っていた。

 その少女の姿に全身から汗を噴き出した男は腹を抑えつつ、よろける足を何とか動かして、


「覚えていやがれ! お前の事は忘れないからな!」


 そんな捨て台詞を吐いて立ち去る男をみてトゥユは意外に面白い人なのかも知れないと思った。


「全く、トゥユは私を止める役目ではなかったのか?」


 ソフィアが笑止顔でトゥユに話しかけると、トゥユは破顔一笑し返す。


「そんな役目を引き受けた覚えはないわ。ソフィアが世話役なんだから私を止めてくれないと」


 そんな事を言われても少し目を離した隙に行動されては止めようにも止める事ができない。

 幸いにして相手は所属の特にない傭兵だ。問題はないと判断し、レリアたちは再びエットレの所に向かって歩き出した。


 エットレの部屋は寄宿舎の一室にあった。百人長と言えど部屋は寄宿舎である。

 他の十人長以下の者は四人一部屋で過ごしているのだが、百人長は一人部屋として使用できる権利があり、エットレは広々とした部屋に一人ベッドに寝ころんでいた。

 寝ていたのだろうか不機嫌な顔でトゥユたちを見つめて来るエットレは一切起き上がる様子はなかった。


「私はソフィア、こっちがトゥユで、本日よりエットレ隊長の部隊に配属となりました」


 寝返りを打ってトゥユたちに背を向けたままの姿勢でエットレが口を開いた。


「あぁ、さっき連絡が有った。本日終課(夜九時頃)に門の前に集合だ! 以上!!」


 それだけ言うとエットレは再び寝息を立ててしまった。

 ソフィアはトゥユの方を見ると「仕方がない」と言ってトゥユを連れてエットレの部屋を後にする。

 現在九時課(午後三時)を少し過ぎた所なので終課までにはそれ程時間がないので砦内の説明は後回しにして自分たちの寄宿舎に行く事にする。

 女性用の寄宿舎というのはないが、部屋は女性だけで生活するようになっていた。ソフィアが部屋の前まで来ると扉が開き、中から女性が出てきた。


「あら、ソフィアお帰りなさい。私は用事があるから出て来るわね、それじゃあ」


 トゥユの事が目に入っていないのだろうか、さっさと行ってしまいそうになる女性にトゥユの紹介だけをしておく。


「ロロット、こちらは今日から同居する事になったトゥユだ、よろしく頼む」


「そう、私はロロット。よろしくね」


 それだけ言って立ち去ろうとしたが、トゥユの頭に付けている仮面が気になるのかロロットはトゥユの顔を見つめ、


「変わった仮面ね。貴方どこの出身なの? その土地の風習?」


 何か気になる仮面にロロットは大して興味がある訳でもないが、トゥユに出身を聞いてしまう。

 自分でもなぜそんな事を聞いたのか分からないが、トゥユはちゃんと答えてくれた。


「私はイーノ村から魔の森の方に行った所にある村の出身よ。その村は名前がなかったわ。そしてこの仮面は私が好きで持っているだけで出身とは関係ないわ」


 トゥユは笑顔で端的に質問の答えを返すが、ロロットは特に反応を示すわけではない。


「ソフィア、悪いわね、私急いでいるからこれで」


 何か違和感を感じたロロットはトゥユから視線を外し何処かに向かって歩き出した。

 同居人の少々失礼な対応に申し訳なくなってしまったソフィアはトゥユに謝罪する。


「すまん、どうやらタイミングが悪かったようだ。悪い人じゃないんだ仲良くやってほしい」


「急いでいたら仕方ないよね。それより中はどうなってるの? 私気になってしょうがないよ」


 大して気にする事もなくトゥユは自分が生活する所がどういう所なのかの方が気になっているようだ。

 その地に足のつかない様子はソフィアにとって、とても愛らしく感じた。


 さっそくトゥユを部屋の中に居れると、先程のエットレと同じ大きさの部屋なのだが、二段ベッドが二つありその分狭く感じる。

 トゥユの居た村では二段ベッドなどなかったのでベッドが浮いている事に凄く興味をそそられた。早速二段ベッドの上に上がり大喜びをしているとソフィアに向かって顔を出してきた。


「私こんなベッド初めて。ねえねえ、私、上で寝ても良い?」


 こういう姿を見ると見た目通りの年齢に思えるが、年の話をするとトゥユの反応が怖いので、ソフィアは何も言わず了承する。

 元々、ソフィアもロロットも下のベッドで寝ていたのでトゥユにはソフィアの上のベッドを使って貰う事にした。


「凄い。お空に浮いて寝て居るみたい。気持ち良いなぁー」


 実際は天井がすぐ近くなのでそんなに気持ちの良い物ではないはずなのだがトゥユが喜んでくれているならそれで良しとする事にする。


「トゥユ、喜んでいるところ悪いんだが、今日の終課には門の前に集合だ。何の任務か分からんがこの時間に集合って事は徹夜も覚悟しておいた方が良い。なので今の内に寝ておいた方が良いぞ」


 ソフィアは下のベッドに入り込み、既に寝る準備を始めているが、トゥユは未だに上で燥いでいる。迷惑なのだが初日と言う事もあり目を瞑ることにした。



 終課を知らせる鐘の音が鳴る前にソフィアはベッドから起き出し、上で寝ているトゥユを起こす。

 興奮してなかなか寝付けないようで、大人しくなったのはついさっきだったのだが、遅れる訳にもいかないので心を鬼にして叩き起こした。


 目を擦りながら何時までも愚図ってるトゥユの手を引いて門に到着するとエットレ以外全員集合していた。

 暫く待つとエットレがゆっくりと現れ作戦の概要を説明する。


「今から夜にまぎれ輸送部隊を急襲する。ペネロペの部隊が先行し安全を確保し、ジャヌレの部隊、俺の部隊が殿だ」


 他の兵は元々内容を聞いていただろうか特に疑問もなく頷いているが、トゥユたちは何も聞いていないのでどの部隊に入って良いのか分からなかった。


「すみません。エットレ隊長。私たちは何処の部隊で行動すれば良いのでしょうか?」


 ソフィアが手を上げてエットレに質問すると、舌打ちをして答える。


「お前たちは俺の部隊だ。足手纏いにならんように付いて来い」


 余りに酷い言い草にソフィアは食って掛かろうとするが、トゥユに手を引っ張られ気持ちを落ち着かせる。

 エットレは瞥見べっけんしただけですぐに出発するように命令した。


 砦の門を一人が通れる分だけ開けて貰い、一行は闇に紛れ、トゥユたちが砦に来た時の森とは反対の方の森を目指して進軍する。

 暫く歩くと森に着いたのだが、敵に見つかってしまってはいけないので危険を覚悟で松明を点けずに森の中を進んでいく。

 森の中は暗く、足元も見えにくいため、足を取られる者もいるが概ね順調に進む事ができた。


 森の途中にある川の前で一旦休憩することになった。

 この川は砦の前の平原を横切る上流部にあたり、船を使って渡った方が良いのだが、船など持って行動もできないのでそのまま渡る事になる。

 ソフィアはギリギリ川の底に足を付けても顔が出るのだが、トゥユだと顔が出ないのでソフィアにおんぶして貰う事にした。


「ウルルルさんより乗り心地は悪いけど私は我慢するよ」


 おんぶさせて貰う人の発言ではないが、ソフィアは世話役と言う事になっているので苦笑いをして我慢する。

 見た目以上に川の流れが速く、トゥユをおんぶして渡るのはかなりの労力だったが、何とか川を渡ることができた。


「全員渡ったな。夜明けまでには目的の場所に着きたいからこのまま行くぞ」


 他の兵は武器や防具、衣類を頭の上に乗せて渡っていたのでそれ程衣類が濡れていないのだが、トゥユたちは流石に衣類はそのままで川を渡ったため、びしょ濡れになっている。

 その上から鎧を装着しての森の中の行軍は川に入る前より何倍も疲労が溜まっていく。


 東の空から太陽が昇り始め、その光で森の中も少し明るくなり始めた頃、目的地に到着した。森の中から見るとすぐ近くに馬車が通れる程の街道があり、ここを通る輸送部隊を襲撃するようだ。

 エットレは早速、ペネロペの部隊を街道の反対側の森に隠れるように指示し、ジャヌレの部隊には輸送部隊の進行方向の前に隠れ輸送部隊が来たら進行を止めるように指示をする。

 エットレの部隊は輸送部隊が来たら、他の部隊に合図を送ると同時に後ろを塞ぐ役目のため、移動していったのだが、トゥユとソフィアは今の位置で待機するように命令された。


「私たちはここで待って居れば良いようだな。でもこんな所に街道があるなんて今まで報告になかったな」


 何度も斥候が放たれているので街道の存在を見つけていたとしても不思議ではないのだが、そう言う報告は一度もなかった。


「ふーん。そう……なん……だ」


 トゥユは二段ベッドで燥いで余り寝ていなかったのが影響し、時々船を漕いでいる。その度にソフィアが起こし、会話でもしていれば眠気も覚めると思ったのだが、あまり効果はなかったようだ。

 仕方がないのでトゥユを木にもたれさせるように座らせ、隊長からの合図はソフィアが確認することにした。


「これじゃあ、まるで母親だな」


 独り言ち、トゥユの顔を眺めるとソフィアは元の場所に戻って行った。


 太陽が中天に差し掛かる少し前、ソフィアの場所からでも砂煙を上げてこちらに向かって来る部隊が見えた。

 その部隊は二台の荷車に、前に一人、左右に二人ずつの護衛が付いていた。


「やっと来たんだ。もう待ち草臥れちゃったよ。」


 ソフィアが驚いて隣を見ると寝ていたはずのトゥユがいつの間にか隣に座っていた。


「びっくりした。いつの間に起きて来たんだ?」


「ついさっきだよ。ウトゥスが土煙が見えたから起きろって言うから起きてきたの」


 ウトゥスを知らないソフィアが辺りを見渡すが、それらしい人物は見つけられない。


「アハハハッ、辺りを見渡しても誰も居ないよ。ウトゥスはこの仮面の事だもん」


 トゥユは時々不思議な事を言うが仮面にまで名前を付けているのかとソフィアは変な関心の仕方をした。


「でも、なんで私たちだけこの場所に残したんだろう。ちょっと不思議じゃない?」


 ソフィアもその事は多少不思議に思っていたのだが、上官の命令だからと思い納得していた。

 だが、改めて言われると疑念が鎌首をもたげてくる。自分たちの位置では襲撃の際ほとんど役に立たないし、二人では何もできないのだ。


 そんな事を考えている時、エットレからペネロペ、ジャヌレの両部隊に対し合図が有った。

 両部隊は作戦通り、行動を開始し見事輸送部隊の進行を止める事に成功する。続いてエットレの部隊が後方を抑え、輸送部隊は前にも後ろにも進む事ができなくなった。


 輸送部隊を取り囲んだエットレは敵の隊長と思われる人物と会話をし、こちらに向かって合図を送ってきた。

 ソフィアがすぐに立ち上がってエットレの所に向かおうとした所をトゥユは手を引いて止めた。


「私が先に行く、ソフィアは私の後ろに居て私の指示にはすぐに動けるようにしておいて」


トゥユの顔には仮面が付けられており、只ならぬ雰囲気を感じたソフィアは「分かった」と言ってトゥユの後ろから付いて行くことにした。

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