第10話 ヴェリン砦の話


 ヴェリン砦


 ヴィカンデル王国の要所として堅牢な守りで有名な砦だ。

 砦の背後は切り立った崖になっており、後ろからの攻撃を受けにくいばかりか、前は開けた平野になっており、敵の動きが丸見えになるため、攻めるのはとて難しい。

 革命軍は平野を横切る川の向こうの森の中に陣を構えていると言われているが、本陣が何処にあるのか正確には分かっていない。

 王国軍は何度も斥候を放ち敵の本陣の位置を探ろうとしているのだが、それが悉く失敗し、ある部隊は全滅し、またある部隊は行方不明になっていた。


 この砦の最高指揮官で、王国第三王子のエリックは顔を真っ赤にして手紙を読んでいた。


「ブラートの奴め勝手なことを言いおって。兵を寄越さずして早く革命軍を駆逐しろとは都合がよすぎるだろ!」


 ブラートと言うのは王都に居る宰相で現在は王に代わって全軍を指揮している人物だ。

 ブラートから来る手紙は応援に回せる兵はないと言う事と、早く革命軍を全滅させろの二点が書かれているのみだった。

 エリックは立ち上がり、椅子をけ飛ばすと、「会議を行う!」と部下に命令し、士官を集めさせ、怒りをぶつけるだけの会議を始めるのだった。


 会議に集まったのは将官以上の武官が三名に文官が三名、それにエリックの計七名だった。

 エリック以外の六名は一様に暗い顔をしており、エリックだけが顔を真っ赤にしていた。


「ダガン! 斥候はどうなった! 敵の本陣はまだ見つからんのか!」


 大声でダガン少将に斥候の状態を聞くが、そんな物は聞くまでもなく結果は芳しくないのは分かっている。

 素直に現状を言った所でエリックの怒りを増すだけなのでダガンは適当に時間を稼ぐことをする。


「先日の斥候の結果はまだ分かりませんが、現在、新たに斥候を再編成しており、本日中にも敵の本陣を調査する予定です。それと、敵の兵站の輸送部隊がこちらに向かっていると情報もあり、そちらに向けても兵を当たらせる予定です」


 輸送部隊の事はエリックは初耳だった。王国も物資の確保には苦労しているが、革命軍も王国以上に物資の確保に苦労をしているはず。ここで物資の供給を断っておけば多少は王国軍が有利になるだろうと考える。


「良し! 輸送部隊は必ず敵の手に渡る前に何とかしろ!」


 会議に出席している誰もがそんなのは無理だと思っているのだが、口に出す者は一人も居ない。口を開いてしまえば矛先がこちらに来てしまうからだ。

 輸送部隊の事を報告する事により、本陣の探索が上手く行っていない事を誤魔化す事ができ、ダガンは安堵する。

 次にエリックは文官の方を向くと文官達はこっちに来たかと体を小さくした。


「トルド! 敵の本陣が見つかった後の作戦は考えてあるんだろうな!」


 トルドは名指しされた事により筋肉が痙攣し体がビクッとしてしまう。


「はっ、それが、王都からの援軍がないと分かったのが先程で、敵の本陣の場所が分からない事には何とも……」


 段々小さくなる声にエリックは立ち上がって怒りを顕わにする。


「一体何をやっておるんだ! 王都からの援軍がないのを含めて作戦を考えておかんか! お前たちが現在いる兵でどうするか考えずしてどうする!」


 エリックの怒りは頂点に達した。唾を飛ばし怒鳴り散らすのを集まった者は皆、耐えるしかなかった。

 厳しい冬も春が訪れれば安堵できる。そのことを考え、早く冬が去っていくのを只々、待つのだった。


 その中でも厳しい冬に晒されているトルドは、


 ――エリック様が援軍が来るのは間違いないからその事を踏まえて作戦を考えておけというから考えていたのに援軍なんて来ないじゃないか。これで急に援軍がないのを含めてもと言われても思いつくわけないだろ。


 と心の中で愚痴っている。しかしそのことは決して顔には出ていない。


「他に報告のある者は! 誰か居ないのか!!」


 エリックが機嫌が悪いのが分かっているのにわざわざその中に飛び込むような者はこの中には居なかった。


 ――良かった。やっと終われる。


 会議に参加したものが全員そう思った時、部屋の中に入って来る者がいた。


「報告します! 先ほど放っていた偵察部隊より伝令があり、全滅したとの事です」


「ダガン! どういう事だ! また失敗しておるではないか!!」


 長い冬が明けるのはまだ先になりそうだ。出席者の落胆と反比例し、エリックの怒りは再び頂点を目指して走り出した。

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