第9話 仕官の話


 焚火を再び作り直し、トゥユとソフィアは今後の動きについて話し合いを持つ。


「私がトゥユの副官になるのはやぶさかではないが、一兵卒では副官を持つ事ができないがどうするのだ?」


 残り少ないのだが、どうしてもお腹が空いてしまったトゥユは干し肉をかじりながら視線を上に持っていき考える。


「そう言えば、ソフィアが居た部隊の他の人はどうなったの?」


「あぁ、私の居た部隊は私を除いて全滅してしまった。敵に奇襲をかけたのだが返り討ちにあってしまってな」


 ソフィアは歯がみして悔しがるがトゥユは運が良いと思った。部隊が全滅をしたと言う事はソフィアは現在無所属と言う訳だ。


「へぇー。革命軍ってそんなに強いの? 私にはそんなにも強いと思えないんだけど。」


 トゥユは先程の革命軍の兵を思い出すとどうしても強いとは思えず不思議そうな顔になる。


「そうだな。部隊によってかなり力に差があるな。王国から裏切った者たちの隊はそれなりの強さだが、農民や自警団だった者が参加している隊はそんなに強くない」


 革命軍は帝国との国境境のゼークト領で旗揚げをしてから周囲の領や村を吸収しつつ大きくなっていったので、元農民の割合が半分程になっている。


「そっか、だからさっきの兵はそんなに強くなかったんだね」


 トゥユは先程の革命軍の兵が元農民だと思っているのだが、実際は、王国兵の裏切り者達の隊であったため、それ程弱くはなかった。

 ただ、トゥユの強さがあの者達の強さを上回っていただけだ。ソフィアはさっきの兵が裏切り者だと薄々気付いていたが、トゥユが納得していそうだったので、その事を言う事はなかった。


「そうだ! 最初は私の世話役って事で手伝ってくれる事ができないかな? 軍には慣れてないので色々教える役目って感じで」


 トゥユは良い事を思いついたと思い声を上げる。ソフィアが無所属って事は世話役と言う形で自分の補佐をしてくれるのではないかと。


「うーん、ザック隊長が何と言うかだな。でも分かった、何とか交渉してみよう」


 顎に手を当てて考えていたソフィアだったが、砦に戻った時に隊長に掛け合ってみると約束する。


「それと一つ、馬は置いていった方が良い。騎馬隊に配属されるなら良いが、多分それは無理だろう。馬を一緒に連れて行くと徴発されてしまうぞ」


 ウルルルさんと見つめ合ったトゥユは狼狽し、ウルルルさんを抱きしめてソフィアを睨みつける。


「いや、そんな顔で見られると私も困ってしまうが、これは間違いないと思う。今、王国は帝国と革命軍の戦いで人も物も全てが足りない状況だ。そんな中馬を連れて行けば取られてしまっても仕方がない」


 トゥユが立ち上がり、ソフィアに向かって指を突きつける。ソフィアは何か拙い事でも言ったのではないかと思い、緊張していると、


「ウルルルさんの事を馬って言うのは止めて! ウルルルさんはウルルルさんなんだから!!」


 てっきり馬を取られないように何とかしてくれと言われるのかと思ったのだが、どうやらソフィアが馬と呼んだ事がトゥユには気に入らなかったらしい。

 トゥユにとっては馬は友達なのだろうと考えを改め、


「す、すまん。その馬……ウルルルだったか、ウルルルも私の命の恩人だったな」


 素直に謝罪するが、トゥユはまだ間違っていると癇癪を起したように首を振る。


「違う、違う、ウルルルさんは『ウルルルさん』までが名前なの。相手の名前はちゃんと呼ばなきゃ駄目なんだよ」


 頬を膨らまし、そっぽを向いてしまったトゥユに慌てて執り成し再度謝罪する。

 トゥユもソフィアが分かってくれたと思い、落ち着きを取り戻して再び焚火の前に座った。


「兎に角、ウルルルさんは連れて行かない方が良い。百人長以上になれば騎乗が認められるからそれまでは待った方が良い」


 後ろで座っているウルルルさんを撫でながらトゥユは逡巡する。


「分かった。ウルルルさんはここに居てもらう。そして、私が百人長になったら迎えに来る」


 ウルルルさんは最初、納得がいかないと駄々をこねていたが、トゥユの辛抱強い説得で何とか残ってくれる事を了承し嘶いた。


「それにしても王国ってそんなに物資がないの? 私はもっとお金持ちなのかと思ったのに」


 トゥユのイメージでは王国はお金持ちで、物資も潤沢な印象だったのだが、現実は少し違うようだ。


「昔は装備も物資も潤沢だったと聞くが、私が士官学校に入った頃には既にその印象はなかったな」


 ソフィアの装備も本来なら王国から支給されても良いのだが、マント以外は自分のお金で揃えたらしい。


「それにしてもトゥユは良い装備をしているのだな。その戦斧ちょっと見せてくれないか?」


 トゥユは脇に置いていた戦斧を手に取るとソフィアの方に差し出した。


「ソフィアに持てるかな? 気を付けてね」


 ソフィアは何だか馬鹿にされているような気がして不機嫌そうな顔になるが、気を取り直して戦斧を手に取る。


「うわっ! なんだこれは!?」


 トゥユが手を離した瞬間、想像以上の重さに体が戦斧の方に引っ張られ、戦斧を地面に落としてしまった。

 戦斧は地面にめり込むような感じになっており、あのまま握っていたり、足の上に落としてしまったりしたら潰されてしまっていたのではないかと思い、顔が青褪める。


「アハハハッ、ソフィアには持つのは無理だったね。やっぱりマールさんが言ってた通り、普通の人には扱えない物なんだね」


 トゥユはこうなる事が分かっているかのように笑っているが、ソフィアにとっては怪我をするかも知れなかったので堪った物ではない。

 が、ソフィアにとってはそんな事より、マールと言う言葉が気になった。


「この戦斧はマール技師が作った物なのか? じゃあ、その鎧も?」


 マールといえば一時王国で右に出る者は居ないとまで言われた鍛冶屋だ。突然その姿を消してしまった事に当時の王国では大変な騒ぎになっていた。

 しかも、マールの作品といえば目が飛び出る程の高額な値が付き、一般市民ではとても手が出せない物ばかりだった。


「うん、戦斧は元々あった物を貰ったんだけど、鎧はマールさんが私に合うように打ち直してくれたんだ」


 その時の事を思い出すとトゥユはそっと鎧に触れる。


「そうか、それなら戦斧も鎧も大事にしないとな。私の鎧なんてでき合いの物なので胸の辺りが苦しくてな」


 ソフィアは胸当ての所に隙間を作りながら苦しさをアピールするが、


「ソフィアってそんな嫌味な人だったんだ……。良いもん。私だってもう少しすればもっと大きくなるし……」


 自分の薄い胸を見て寂しげな表情になってしまうトゥユを慌ててフォローする。


「い、いや、胸なんて大きくても良いことないぞ。肩は凝ってしまうし、何よりも戦っている時には邪魔だからな」


 フォローをしたつもりが更なるトゥユの落ち込みを招いてしまい、ソフィアはどうして良いか分からなくなってしまう。


「そ、そうだ! 私の知り合いにロロットという女性が居るのだが、彼女の胸は私より凄いぞ。それに比べれば私なんて……」


 言葉の途中でトゥユの顔を見るとこの世の終わりと言わんばかりに落ち込んでいる。

 この話は駄目だ。何か話題を変えなくては……。そう思ったソフィアは無難な年齢の話に切り替えた。


「トゥユは今幾つなんだ? 随分と若く見えるが……」


 トゥユは顔を少しだけ上げ、「十六歳」と言うと再び塞ぎ込んでしまった。


「そうか、十六か。――十六!?」


 思っても見なかった年齢に思わず声が上擦った。確かにあの戦いを見れば歴戦の戦士と言われる年齢でもおかしくないのだが、容姿だけを見るとどう見ても十歳位にしか見えなかった。

 塞ぎ込んだトゥユから放たれる眼光は鋭く、これ以上は何を言っても藪蛇になるだろうと思い、


「も、もう夜も大分更けたし寝るとするか。明日は砦まで行かなくてはいけないからな」


 トゥユの視線を無視して独り言のように言うと、ソフィアはトゥユに背を向けて横になった。

 背中に視線を感じつつ、トゥユに胸と年齢の話だけはするまいと心に誓い目を閉じた。


 次の日、何時までも離れないウルルルさんを何とかトゥユが説得すると、ウルルルさんは何とか納得してくれたみたいで大人しくなった。

 何時までもトゥユの方を見ているウルルルさんに別れを告げ、トゥユたちは砦に向かって歩き出した。

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