災害現場と違和感 Ⅰ
竜の大地上空の雲に突入し、一気に世界を渡ろうとする。
けれどもそこで明らかな空気の質の変容に気付いた途端、グウィバーの体が突風にあおられて揺れた。
「三人とも、気をつけよ。雨雲だ。境界でこれなら、表では相当に天候が荒れておるやもしれぬ」
単なる霧と同程度だったはずが、急に風が荒れて雨も吹き付けてくる。
雨雲といえば上昇気流の塊だ。飛行機さえガタガタと揺れるレベルの風なのだから、まともに受ければ少女と狼の体なんて軽く吹き飛ばされてしまう。
尤も、そうでなくともつるつると滑る竜の鱗に跨るのだ。
当然、何の用意もなしとは言わない。
「大丈夫。もう結界で覆っているよ」
これは常の事だ。ミコトは結界によって自分たちの身をしっかりと覆ってグウィバーの体に張り付いている。
むしろこれから心配すべきは人の目だ。
「こっちは昼みたいだね。認識阻害のまじないをかけておくよ」
「うむ。その辺りは任せよう」
ミコトは準備のためにショルダーバッグを探る。
魔術とはその神秘性が信仰となって力を左右するものだ。幻想種と同じく科学的に『あれは嘘八百』なんて断じられようものなら大衆からの信仰が薄まり、廃れてしまうだろう。
そのため、どの魔術でも隠匿の術は開発されている。
また、大衆も魔法といえば記憶操作や透明化なんてものを連想しがちだ。その証拠に、透明化に関するおまじないも世界には多く存在している。
その中でもミコトが多用しているのは、ワタリガラスの羽を利用した方法だ。
「ぐるぅ~……!」
「ああ、うん。そうだね、ライバル視しているんだよね……」
ショルダーバッグから件の羽を取り出した瞬間から、ゲリとフレキが唸る。毎度ながらフギンとムニンへの対抗心を示しているのだ。
このまじないは簡単である。
ワタリガラスが落とした羽を見つけ、夜闇に紛れて消えてしまうその性質を自分にも与えてくれと念じて前準備は終了。その羽を手放さなければ効果は持続する。
付与の技能を以ってその効能を少しばかり強化してやれば認識阻害の完成だ。
ゲリとフレキはワタリガラスと見ればいつもこうなので、羽不足に悩むことはない。彼らが突拍子もなく唸った際には、視線の先にワタリガラスの羽が落ちている。
材料が手頃な上に簡単なので必然的によく使う一手となっていた。
「ミコトよ。雲を抜けるぞ」
「うん。こっちはいつでも大丈夫だよ」
雨雲の中でも逸れることなく突き進んでいた白羽の矢を追いかけて降下していく。
さて、竜の想い人が見舞われた災難とは何だろうか。
いつまでも羽に向かって唸っているゲリとフレキを両脇に抱き寄せ、問いかける。
「はいはい、二人とも? それよりもあの子の魔力はどこに感じる?」
少なくとも、火事から想い人を守るために雨雲を呼んだわけではなさそうだ。
これより遠くで起こった事柄となるとミコトの索敵能力では正しく分析しきれるか怪しい。
問いかけてみると不承不承にお座りをした二頭は地表に目をやって首を傾げる。
「矢が飛んでいく先。地中に感じる」
「この街の地中でも別種の魔力が胎動している」
ゲリは白羽の矢が行く先を見つめ、フレキは右方の街中に視線を向けた。
それは何とも妙な話である。
「地脈を流れる魔素ではなくて?」
「どことも繋がっていない魔力」
「どちらかといえば神仏の魔力に近い」
ゲリとフレキの返答は否だ。
魔素は分解されきった魔法の素粒子で、濃度の多寡は感じられるが生物がそれを元に編み込んだ魔力のように圧を感じることはない。地脈も単なる魔素の流れなので違えることはないだろう。
ミコトは眉を顰める。
幻想種が追い出されたこの世界では基本的に感知できるほどの魔力はない。例外は神社や仏閣、曰く付きの土地など信仰が集まる場所や能力者の住まいなどだ。
随分と珍しいことではあるが、新たな土地神などが生まれようとしている――そう見るのが最も妥当だろうか。
いくつかのパターンは考えられる。けれども今その真偽を考えるのは時間の無駄だ。
「今は関係ないだろうし、こちらで発生するトラブルはこっちの人の領分だからね。ひとまず放っておこうか」
もしかすると今回の事件に何か関係があるのかもしれないが、対処するのはそれこそベネッタが協力している封律機構や地元の能力者だろう。
目的を成し遂げる上で障害になるならともかく、地中で間接的に何かをしている程度ならば後回しだ。
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